オーバードゴブリン
戦闘が始まったのと同時に、あらかじめ設定しておいた命令に従ってそれぞれが所定の位置につく。
アリスは私のそばに、サクは前方に、カイルとアルルは左右に分かれて離れた位置へと移動する。
そしてリーナはその様子を私の後ろから確認して、それからバフを発動した。
「《戦術指南:攻撃策》――《展開》!!」
攻撃バフを表す赤い渦のようなエフェクトが弾けて、それからフィールド全体が淡く発光した。
バフの具体的な数値は見れないので実際にどうなっているのかはよくわからないけど、上手く行ってるはず。
というわけで、さらにサクのデバフも発動する。
「《月狼の咆哮》!」
私の声に反応して、サクは前足の爪をしっかりと地面に食い込ませて、それから息を大きく吸い込んで――
「――オオオオォォォン!!!」
敵に防御デバフと恐怖を与えるサクの遠吠えが谷に反響する。
オーバードゴブリンは一瞬ひるんだようによろけて、同時に一瞬現れた青い線状のエフェクトがデバフの成功をアピールする。
ただ、一瞬ひるんだだけで足がすくんだりとかはしてないので、恐怖はかかっていないみたい。まあそもそも正気を失ってるみたいだから恐怖心とかなさそうだし、恐怖は無効でもおかしくない。
……さて、予想通りゴブリンのボスなわけだけど、イメージしていたのは部下のゴブリンを呼び寄せる群れの長みたいなものだったので予想とは結構違っていた。
虚ろな瞳と異常発達した筋肉。三メートルはある巨躯にはぶよぶよとした腫瘍のようなものが至る所にあって、ゾンビっぽくも見える。
持っているのは身の丈と同じくらいの大きさの剣。剣と言っても完全に刃が潰れていて斬撃ではなく打撃に分類されるような見た目をしてるけど、どっちにしろ危険なことには変わりない。
「ガァァアア!!」
掲げられた剣が地面にたたきつけられて、局所的な揺れを起こす。
剣自体には誰も直撃していないけど、揺れによってアルルとカイル以外は足を取られて少しの間動けなくなり、さらに壁際に石の塊がいくつか落ちてきた。
その一つがカイルの羽に直撃してHPが削られる。致命傷ではないけど少し怖いのでいったんカイルを近くに呼び寄せて、回復形態にしたアリスの回復を受けてもらう。
アリスを私のそばに置いておいたのは、群体型ボスだった時に討ち漏らしたゴブリンに襲われないようにするための最終防衛ラインとして考えていたからだけど、単体のボスなら火力の高いサクを中心にヘイトが向くから私を守ってもらう必要もないし、これならアリスは回復形態のままにしておいたほうがいいかもしれない。
そう考えているうちに、攻撃の合間を縫って接近したサクが《クレセントスクラッチ》を放ち、その機に乗じてアルルが《銀閃》を発動。
光を伴った二種類の斬撃がオーバードゴブリンの身体を切り裂いて――そこから肉塊のようなものが二つ飛び出した。
「うわっ、なにこれ……?」
なんかちょっとグロい……けど、重要そうなので観察しないといけない。
飛び出した肉塊のようなもののうち、一つはカイルの左側あたりに落下して、もう片方はフィールドの奥のほうに落下した。
そして肉塊は落下した直後に一気にブクブクと大きくなり、私の身長と同じくらいの大きさにまで成長した。
そのグロテスクな見た目に圧倒されつつも、表示を見てみる。
[炸裂毒腫]
あっ、明らかにヤバいやつ……!!
どう考えても爆発して毒をまき散らすタイプのギミックだけど、ただ……こういうのって自分から破壊しないとマズいパターンと攻撃したらマズいパターンの二種類がある気がするんだよね……。
破壊しないといけないパターンは全部が一斉に爆発してどこにいても当たるようになってるからどれか一つを破壊することで安置を作るみたいなもので、攻撃したらダメなのは触れることが爆発のトリガーになってるもの。
数が少ないので後者だと思うけど、こればっかりは攻撃してみないとわからない。
「カイルっ、奥の毒腫に《鎌鼬》!」
「ピュィーっ!」
カイルの遠距離攻撃で、爆発しても比較的影響の少なそうな奥のほうの毒腫に攻撃してみる。
真空の斬撃が離れた位置にある炸裂毒腫に命中すると、毒腫はバシュっと音を立てて破裂して周囲に汁をまき散らした。
汁は地面に付着するとそこから紫色の霧を発生させて、たちまちに毒腫のあった辺りが霧に包まれてしまう。
「破壊するとダメージエリアができるってこと……かな?」
「まあとにかく破壊しないほうがいいってことだよね!」
「うん。自然に消えそうにはないし、戦闘が進むごとに動きにくくなる感じかも……」
飛べる二匹はほとんど関係ないけど、サクはある程度動き回る必要があるし体も大きいので後半になるほど厳しくなるかも。
そう考えつつ、攻撃の機会をうかがう。
オーバードゴブリンの攻撃は明らかに一撃が重く、動きがゆっくりだけどどの攻撃も範囲が広いので近づきすぎると攻撃を見てから回避するのがかなり難しくなってる。
アルルとカイルは遠距離から攻撃していればとりあえず大丈夫ではあるけど、遠距離の攻撃手段を持っていないサクでは不用意に近づいてしまえば一瞬でやられてしまいそうな感じ。
ただ、その代わりに攻撃後のスキがでかいという明確な弱点があるので、攻撃するならそのタイミングかな……そうなるとどうしても攻撃できる回数自体は減ってしまうけど、幸いサクには一発の威力が大きい《ヴォーパルバイト》がある。
攻撃の後隙を狙えばタメが必要というデメリットもほとんどないようなものだし、そこで活躍してもらおう。
「ゴァアア!!」
オーバードゴブリンが大きく剣を振り回す。
五回くらい回って、それから一方向に衝撃波を伴った強力な攻撃……狙われたカイルは持ち前の俊敏な動きで衝撃波を回避した。
「《ヴォーパルバイト》!」
オーバードゴブリンが叩きつけた剣を肩に担ぐまでの無防備な時間に攻撃を差し込むよう、サクに指示を出す。
サクは軽く跳躍してオーバードゴブリンの背後に立つと、ゆっくりと口を開き始めた。
鋭い牙は徐々に光を放ち、その光がひときわ強く輝いた瞬間、サクは勢いよくオーバードゴブリンに噛みついたのだった。
「ギァアッ!!!」
攻撃を食らったオーバードゴブリンは持ち上げようとしていた剣を取り落とし、そのまま地面に膝をついた。スタンみたいな状態かな。
膝をついたことによって見やすい位置にまで下がってきた頭部には心臓のように脈動する腫瘍があった。
明らかにここが弱点だと言っているような見た目をしているので《命令付与》で攻撃対象を設定し、一斉攻撃を行ってもらう。
カイルの《鎌鼬》とアルルの《銀閃》が連続でダメージを与えて、それからリーナの単体バフが重なってかかった状態のサクが再度《ヴォーパルバイト》を発動……
「って、サクが毒状態になってる……!?」
まだ一回も攻撃を受けてないし毒腫にも近づいてないのに何で……? と思ったけど、噛みつく攻撃がよくなかったのかもしれない。
そもそも炸裂毒腫ってオーバードゴブリンの体から飛んだものだし、普通の攻撃ならともかく噛みついたら毒状態になるのも仕方ないかも。
「アリス、サクに《パナシーア》!」
スキルの発動とともにアリスの頭部の鹿角が緑色に発光して、その先端からきらきらとした粒子が風に乗ったようにサクのもとへと飛んでいく。
その粒子が水滴のようなものを飛ばして消えると、サクの毒状態はしっかり解除された。
そうこうしている間にオーバードゴブリンはスタンから立ち直って、剣を担いで立ち上がった。
異常発達した筋肉は紫色に淡く発光していて、全身からゆっくりと蒸気のようなものが立ち昇っている。
早くも第二形態に移ったみたい。頭部への攻撃が結構効いたのかな。
「この調子なら簡単に行けるかもね!」
「油断はできないけど……でも、いいペースだよね」
同意しつつも、ちょっと蒸気が気になる。紫色だし、もしかしたら……と考えていると、自分のステータスに新たなデバフが追加された。
――――――――
[フィールド効果:毒霧]
1秒ごとにHPが削られていく状態。時間経過とともに1秒ごとのHPの減少量は増えていく。
状態異常解除ではその場しのぎにしかならない。
――――――――
……これ、事前に毒対策しないとキツいやつ……?
オーバードゴブリンは毒蝶森林でやばい毒に侵されてしまったゴブリンです。そこらのゴブリンではどうにもならないので囮とか使ってどうにか閉じ込めていました。




