新月の狼
黒狼の背から振り落とされた私の体が宙を舞う。
流れる景色とか、目の前で霧散するトゲとか、目に映る全てがゆっくりと認識できるような錯覚の中で、私の体は地面に激突――
「セーフ!!!」
「わっ!?」
地面に叩きつけられる寸前、私の体は何か柔らかいものに受け止められた。
慌てて下を見ると、リーナがうつぶせの状態で私の下敷きになっていた。
「あ、ありがとうリーナ!」
「これくらいお安い御用! ……っていうかエネちゃん無茶しすぎ! HPちょっとしかないし!」
「え? わっ、ほんとだ」
言われて気づいたけど、視界の端に映る自分の体力は残り2しか残っていなかった。
トゲを触ったときにダメージがあったりしたのかな……?
基本的に戦闘は使い魔が行なうわけだし、これまでまともに攻撃食らったことなかったからHPを確認する習慣がなかった。
リーナに回復してもらいながら、黒狼の方を見る。
背中に刺さっていたトゲは既に抜け落ちていて、身体を覆っていた黒い霧は徐々に晴れてく。
漆黒の毛は元からのようでそこに変化はなかったけど、トゲが刺さっていた位置から霧が噴出するごとに身体が小さくなっていってる。
『これどういう状況?』
『え、マジでテイムしたの!?』
『ボスってテイムできるのか……』
『ヤバすぎる』
「あっ、コメント見るの忘れてた」
戦闘中はちょっとそっちまで確認する余裕がなくて……大丈夫だったかな。まあリリィさんもそこまで気にしなくていいって言ってたし多分大丈夫だとは思うんだけど。
コメントは後で確認すればいいとして、今は黒狼を優先。
最終的に大型犬くらいのサイズになった黒狼は、完全に霧が抜けきったのと同時にゆっくりと立ち上がった。
それから辺りを少しの間見回して、私の方へと歩いてくる。
「…………」
黒狼は黙ったまま、私のことをじっと見つめている。
アリスもカイルも霧が抜け落ちると元の凶暴な外見的特徴は消えてたけど、黒狼はそこまで大きく変わっていないみたい。
ただ、どういう原理か乱雑に生えていた毛が整った感じになっていたり牙が短くなっていたりして、獰猛な印象から凛々しい印象に変化してる。
「えっと……どうしよう?」
「…………」
何をすればいいのかよく分からずどうしようかと悩んでいる間も、黒狼は何をするでもなくただこちらを見続けている。
このままだと一時間くらいこの状態のまま過ごしそうな気がしたので、意を決してアクションを起こしてみることにした。
「…………お手」
「ガウッ」
差し出した手に、黒狼の前足がぽふっと重ねられる。
適職診断の時みたいに噛みつかれるかと思ったけど、やっぱりお手は種族の垣根を超えるコミュニケーション手段だった。
そう安堵するのと同時にメッセージウィンドウが開く。
[ナヴァルーニエ・ヴォルクが仲間になりました]
あ、選択肢なしで仲間になるんだ。当然仲間にするつもりだったし問題ないけど。
とりあえず、まずはステータスを見てみる。
――――――――
個体名:命名待ち
種族名:ナヴァルーニエ・ヴォルク(♂)
レベル:1
HP:150
MP:50
STR:40%
VIT:20%
DEX:10%
AGI:25%
INT:10%
MND:10%
スキル
『クレセントスクラッチ』
『ヴォーパルバイト』
『新月狼の咆哮』
【魔爪】
【群れの長】
【騎乗適性Lv.2】
信頼度:1
――――――――
やっぱりボスだけあってステータスが高い。
分類としては物理アタッカー……のように見えてMPも結構あるのでどちらもいける感じなのかな?
スキルとかいろいろ気になる部分はあるけど、まずは名前を決めよう。
オスなのでかっこいい感じの名前に……と考えて、ふと黒狼の額に傷跡のようなものが見えた。
よく見てみると、額の一部分だけ毛の色が僅かに異なっているみたいで傷というわけではなさそうだけど、色の違う部分は三日月のような形をしているように見える。
スキル名にもなっている新月狼はこの黒狼のことなんだろうけど、もしかしてこの額の部分が名前の由来なのかな。
それなら、個体名もそこからつけてみよう。
「じゃあ……サクで」
太陽と月が同じ方向にある状態……つまり新月のことだけど、この状態のことを朔という。
もう少し付け足しても良いかなとも思ったけどシンプルなのもいいと思うし、ここまで三匹とも三文字の名前だったから流れを崩す意図もある。三文字縛りにするつもりはないので。
仲間になったことを察知したアリスがいち早くサクの背中に乗るのを見て癒されつつ、ボスモンスターを仲間にしたことによって流れ出した大量のコメントに関してはもう考えないことにしたのだった。
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