第4話
「なに、私の助けは、いらなかった?」
ゼミが終わり、学生たちが次々に部屋を出て行く中、いけ好かない女子が俺の顔をのぞき込んできやがった。やけにニヤニヤしている、何なんだこいつは。
―――こいつに全部やらせよう
―――逃げることはできそうだな
―――貸しを作るのは癪だな、俺はこいつの世話になんかなりたくない
「ああ、……助かったよ、よろしくね?」
「……あのね。おばけ君、ちょっと……私に付き合いなさい」
俺は、またもや女子に手を取られて!!!街路樹の前のベンチまで、無理やり、無理やり!!!
―――離せよバカ力!!!
―――恥ずかしいじゃないか!!!
―――変な関係に思われたくない!!!
無理やりベンチに座らされた俺は、思わず顔をあげてしまってだな!!!クソ、俺の顔には、思っていることが目いっぱい書かれているに違いない。俺の顔をまじまじと見ていた女子は、ぽすんと横に座った。
女子は俺の顔を見ることなく、空をぼんやり眺めている。クソ、気に入らないやつではあるが、悪い感情を伝えてしまったことには、心が痛む。……もしかしたら、傷ついているのかもしれない。思えば、サポート役を買って出てくれたというのに、俺、ずいぶんひどいことをしているな……。
「……私、青高出身なの」
女子がぼんやりと空を見たまま、ぽつりとつぶやいた。
「……へ?何、突然」
青高とは、俺の家のすぐ横にある学校の事で間違いないだろう。俺は少しばかり学力が足りなくて、家のすぐ横の青校には入れなかったんだ。自転車で少し遠くにある、住高に通っていた。
「毎日、サーキットJに、寄ってたの、……全田店」
サーキットJ全田店は、俺の、バイト先、だ。
……ちょっと待て、この女子は、もしや。
「ホット缶コーナーに、炭酸飲料水」
「シュークリーム、レンチン」
「週刊詩の棚にいやらしい雑誌」
「最後の一個の肉まん、落下」
「おでんのつゆ、入れ過ぎ」
「トイレの前の床が水浸し」
「フランクのケチャップ、酢味噌と間違える」
「フローズンデザートホットドリンクにする」
「タピオカに細いストローつける」
「ホットコーヒーのカップ渡し間違える」
「なぜか大量に並んでいる明太子のおにぎり」
「スプーンとフォーク間違える」
「おつり渡し忘れ」
「いつも指先、触っちゃう」
「ご、ごめんなさい!!!すみません、すみませええええええええん!!!」
「そう!!!!それよ!!!!!!!」
俺は高校一年生の春から、あの店でバイトを始めたんだけどさ。そりゃあもう、派手にいろいろとやらかしたんだ。レジの打ち方、接客、掃除に発注、陳列、商品管理にその他もろもろ!!!実に派手にやらかし、そのたびに俺はお客さんに平謝りし、店長に土下座し、奥さんを拝み、パートさんにボディーブローをお見舞いされ!!!
「あなたのその謝りっぷりを知ってたから、初めは同じ人物だと気が付かなかったのよ!!! レジ袋にケーキ入れる時に失敗して潰しちゃって、ごまかしきれずに謝り倒してたあなたが!!!いけしゃあしゃあと顔色一つ変えずに調子のいいことばかり言ってるんだもん!!!」
この女子……中山さんはだな、俺の正体を知っていたようだ。すぐに顔に出るからごまかせない、常に正直者丸出しの俺を見ていた、常連客だったに違いない。……見覚え、ないけどなあ。平日5時~9時の勤務だからわりと固定客は多いんだけど……。
「いつも一生懸命で、謝る時は本当に申し訳なさそうな顔して!! 私の体調悪いときは、本当に心配そうな顔して、雨が降ってる時は自分の傘差し出して何でもないって顔して!! 怖いおじさんに絡まれた時は怖いって顔しながら、一生懸命私の事守ろうとしてくれて! 警察来たときに一緒に泣いちゃったの、覚えてないとは言わせないわよ?!」
「は、はい?!あれはもっとこう、やぼったい感じの!!!ロン毛の眼鏡女子で、あんたみたいに派手な茶髪のショートカット女子じゃなく…て……」
俺の知る、出勤直後に毎日見かけていた、いつもミスを笑顔で許してくれた神そのものの女子高生は!!クソ長ったらしい三つ編みの、黒ぶちメガネの、でこ丸出しの、スカートの丈の長い、靴下が中途半端な長さの、笑うと八重歯がちょろりとはみ出す、女子で!!!こんなヤンキー色豊かな、ミニスカートの生足丸出し女子では……ない……。
「いわゆる大学デビューよ!!」
ちょ!!!!!!!!!!
にっこり笑った、その口元には!!!!!
八重歯、あるじゃん!!!!
「……さっきの。ゼミで京田先生とみんなに囲まれてた時。昔の、あなたの、姿が浮かんだの。おじいちゃんにレジ袋いっぱいよこせって言われて、本当に申し訳なさそうに、でも困った顔で、何とかしてあげたいけど、無理は通せないからどうやって断ろうか、怒らせたくないな、そういう正直者の顔が見えたから、……つい、助けたく、なっちゃったのよね」
あの三つ編みの神は、いつだって僕が落としてしまったおつりを拾ってくれたし、レジで会計中に割り込んできたおばあちゃんに笑顔で順番を譲っていたし、小さな子供が品物を探していた時も一緒に探してくれたし、レジ袋のおじいちゃんの時は、自分の袋の中身を出して差し出してくれて……。
「……正直、ここで会ったあなたは、薄っぺらくて、感情が顔に出てなくて、すごく、すごく……気持ち悪くて。本当に、おばけみたいな人だと、思ってた。昼と夜で、人が変わる? バイトと大学でこうも変わる人がいるのかってね。でも、ゼミの時は、少しだけ、なんていうか……昔のあなたを、感じることができたから。ちょっとだけ、うれしかったっていうか。」
「……言ってくれれば、良かったのに」
―――そしたら、お礼も言った
―――店に来なくなって、気にしてはいたんだ
―――最近はそんなにやらかしてないぞ!!!
中山さんは、空を見上げているから、俺の顔を見ていない。……安心して、空を見上げながら、頭の中でいろいろと考えてみる。
―――俺のヘタレた部分を知っているのか
―――じゃあ、カッコつけなくても大丈夫かも?
―――そもそも俺は、バカにされたくなくて帽子をかぶったわけで
―――でも、この人しか俺の本性を知らないわけだ
―――みんなは俺の本性がダメなやつだと知らないから気が抜けない
―――でも、誰か一人でも俺を理解してくれるなら、気は楽になる
―――思い切って、この子に全部ばらしてみようか
―――神客だったら、信じてくれそうだけど
―――ドン引きされるかも?
―――恥をかくは一瞬か、でもなあ
―――俺の力に、なってくれないかな
―――あの神っぷり、きっと……
「……何か、言いたいことあるなら、聞くけど!!!」
「へっ?! へ、へぁっ?!」
夢中になって考えていたら、いつの間にか中山さんが!!!
俺の顔をのぞき込んでるじゃないか!!!!!!
「も~!!!仕方ないなあ、聞いてあげるから、全部言ってごらんなさい!!!!!」
仁王立ちになって、俺を見下ろす女子の恐ろしさにビビってしまった俺は。
全部、洗いざらい、話すことになって―――!!!
……中山さんにすべてげろった俺は、やけにすがすがしい気持ちになった。今まで鬱々としてテンションだだ下がりだったのが嘘のようだ。むしろテンションが上がってきて、おかしなノリになってきた。隠す必要がないのだから、自分のダメなところを前面に出して、少しでも同情心を得ようとしているのだろう、多分。
結局俺は、ヘタレ中のヘタレだったという事だ。
帽子を手に入れるまでは、全てを見透かされて、周りのやつらにいじられまくって恥をかき。帽子を手に入れて一人前に気の利いたセリフが言えるようになったけど、チートアイテム喪失と共にまたヘタレに戻り。こうしてかつて恥を晒した女子の前で、再び違う恥を晒しているってね。どうせ恥ずかしい俺を知っているんだ、いまさら追加して恥を晒したところで元々恥ずかしい奴という認識は消えやしない。
つか、俺の人生の全ての恥を盛大に吐き出したら、めちゃくちゃ気持ちいいのな。わりとマジで、俺初めて誰かに弱音、本音ぶちまけた気がする。……うん、初めてだ!!!
「なんだ、そういうこと!変な薬でも使ってるのかと思ってたよ、まあ、似たようなもんだけどね!!」
奥さんに帽子の秘密をげろった時も、今にして思えばやけにこう、すがすがしかった。あれだ、秘密ってのは、共有する人がいると、ずいぶん心の負担ってのが……軽減されるんだな。
「帽子が治るまで、俺は休もうと思ってるんだ。悪いけど、その間もしディスカッションあったら出てくれない?」
―――よかった、これで何とかヘタレがごまかせそうだ
―――帽子がなければ大学には来れそうにない
―――頼りになる助っ人ゲットだぜ!
「……あのさあ、もう、帽子、やめてみない? 多分ね、みんな、堂島君が思ってるほど、気にしてないと思うよ?」
―――でも俺はヘタレで!
―――おかしなことを思い浮かべたら大変なことに!
―――みんな俺を馬鹿にするに違いない!
「そうかなあ?信じたいとは、思うけど……。」
「……もうやめなよ、そういうの。なんでこう、良いこと言おうとしちゃうの。素直になってみたら、案外うまくいくと思うんだけどな。みんなそんなに……子どもじゃないよ?フォローもしてくれるし、普通に怒ってくれるし、真面目に謝れば許してくれるし、認めてくれるはず」
―――俺は、やらかしがちだから失言が多い
―――俺は、不快感を与えてしまうかもしれない
―――俺は、皆が望むことを言ってあげたい
―――俺の顔を見て、誰かが傷つくこともあるはずだ
「無理だ、俺はあの帽子がないと、人の前に出ることが……できない。」
「じゃあさ、明日、一日だけ。私が一緒にいるから、絶対フォローするから、顔上げて過ごしてみて。もしおかしなことになったら、ゼミ代表もやるし、責任も取るから。ね?」
―――よし、絶対やらせよう
―――面倒ごと押し付け決定だな
―――どうせみんなヘタレの俺から離れていくさ
―――責任取れなかったら怒鳴ってやろう
―――みんなに笑われたくないな
―――みんなに嫌われたくないな
「うう、俺は、俺は心配でならない、みんな俺に呆れて去っていくとしか!!!」
「まあ、見てなさいって。おばけ君の化けの皮なんか、はがれたところでたいしたことない!!みんなの面の皮の方が分厚いって!」