第1話
なんと5日連続します。
ここに、帽子がある。
これは、魔法の、帽子。
これを、かぶると。
自分の考えている事を隠すことができる!
この帽子をかぶると、本心をばっちり隠すことができるのだ。
この帽子をかぶっていれば、本心が漏れ出すことはないのだ。
「学生部の役員、やってもらえないかな?」
―――ああ、いやだな。
―――ああ、メンドクサイな。
―――ああ、腹立つな。
―――ああ、適当なこと言って断ってやれ
「すみません、やってみたいとは思うんですけど、家庭の事情で引き受けることができません」
「そうか……残念だけど、しかたがないね」
今回も、うまく逃げることができた。
帽子、様様だ!
この帽子を手に入れたのは、大学生になってしばらくたったころだ。
たまたま通りかかった裏通りの八百屋の隣の空き店舗の軒下で、みすぼらしいババアがゴミを並べているのを見かけた。
―――私物売ってんのかな
―――ブルーシートの上にゴミが並んでら
―――貧乏人乙
「兄さん、いいもの買わないかい」
突然声をかけられたものの、俺は立ち止まる気は微塵もなかった。
―――キモイババアだ
―――買うわけねえだろ
―――うざ
頭の中で悪態をついた、その瞬間。
「・・・キモイババアだ」
「・・・買うわけねえだろ」
「・・・うざ」
「……っ?!」
思わず、目を見開き。
立ち止まって、しまった。
「これは、お前さんにぴったりの……帽子だよ?」
―――何言ってんだ
―――こんなの、偶然だ
―――薄気味悪いババアだ
「何言ってんだ」
「こんなの、偶然だ」
「薄気味悪いババアだ」
「な、何だよ?!なんなんだあんたは!!!」
「お前さんは、思ってることがすぐに顔に出ちまうのさ。私はそれを口にしたまで。この帽子はね、隠してくれるんだよ、あんたの本音ってやつをさ。どうだい、お買い得だよ、買わないかい?」
―――バイト代が入るまであと三日、家にはカップ麺が三つ
―――だまされてる?
―――財布の中には緊急時用の五千円札あるけど
―――不思議な婆さんだし、本物に違いない
―――1000円以内なら買いたいな
―――つか、無理してでも欲しい!
「バイト代が入るまであと三日、家には
「いくら?」
―――これ、5000円持って行こうと考えてるパターン?
―――お願いします、1000円で何とか!
「1000円でいいよ!」
……心を読まれて買った、代物だ。
1000円という破格の値段で買った、実に優秀な代物だ。
俺は今まで、ずいぶん損をしてきていた。
企みという企みはすべてバレ、本音が顔のふりをしてついているとまで言われる程の、豊かな表情。
うれしいことがあれば緩み。
嫌なことがあると強張り。
気に入らないことがあると歪み。
恐ろしいことがあると固まり。
人というのは、ポーカーフェイスができなければ、実に不利な生き物なのだ。
絶対的に不必要なもの、それを俺は持っていたのだ。
絶対的に不必要なもの、それに俺は蝕まれていたのだ。
ごまかしの効かない生き方は、そうとうに苦労を伴った。
例えば、嫌いな奴が同じグループになった時。
例えば、好きな女子が同じグループになった時。
例えば、ラブレターをもらった時。
例えば、バレンタインデーでおかしな物体をもらってしまった時。
例えば、クラスで一番の成績を取った時。
例えば、三点足りずに学年トップに入れなかった時。
例えば、カラオケにはまった先輩に同行した時。
例えば、特別奨学生の資格を得た時。
例えば、クラス内でいじめが発覚した時。
例えば、限定販売のゲーム機に当選した時。
例えば、クラスメイトが俺より上の大学に合格した時。
バレたくないことはすべてバレ、全て周りのやつらにいじられた。
全てお見通しの友人どもにいろいろ解説されてしまう日々に、すっかり意気消沈してしまったのだ。
どうせ全部バレている。
どうせ全部笑われる。
どうせ全部バカにされる。
どうせ、どうせ。
全部バレるくらいなら、それをいじるような人とかかわらなければいい。
俺は入学したばかりの大学で友達を作ることをあきらめ、孤立するしかないと考えていた。
周りがどんどんコミュニケーションの輪を広げていく中、俺は一人で黙々と授業に集中していた。
……だが。
この、帽子をかぶってさえいれば。
「ねえねえ、この問題、わかる?」
―――自分で考えろよ
―――こんなの分かんなくてよく大学生になれたな
―――写したいのか、クレクレくん!
「あ、わかるよ、よかったら、見る?」
「いいの?! ありがと!!!」
本音がバレないことに心から歓喜した俺は、友達を作ろうと考えを改めた。
考えていることがバレないのなら、どんな偽りの言葉だって言えると思った。
いい人間関係を築くために、良い人間であり続けることが可能になったと喜んだ。
いじられながらも、俺の周りにはいつも人が溢れていたから……正直、ぼっちは、寂しかったのだ。
いつも誰かに見透かされ、いつも誰かに笑われ、いつも誰かに怒られていた俺は、周りに誰もいない、誰も近寄ってこない状況が……快適であるはずなのに、求めていたはずなのに、とても……とても、寂しかったのだ。
「早く彼女欲しくってさあ!」
―――その顔で無理いうなっての
―――お前の前にまず俺だ
―――貧乏人は金貯めてからモノを言え
「三島君ならすぐにできるよ!」
バレないとわかっているから、どんな耳触りの良い言葉もするりという事ができた。
「ごめん、金貸して!一円もねえの!!!」
―――ゲームとか全部売り払え
―――返す気もねえくせにこっちくんな
―――俺の金は俺しか使えねえことになってんの
―――貴重な隠し財産は出せん!
「ごめん、俺もさ、ほら…あと3円しかないだろ?」
わりと人ってのは、簡単に騙せるんだと、思うようになった。
俺が何を思っていようが、何が事実であろうが、出した言葉はすべて信じてもらえたからだ。
だんだん、調子に乗ってきた俺は、少しづつ、少しづつ、大胆になっていった。
思ってもいないことをどんどん口にして、外面の良い人間へと変わっていった。
「好きです、付き合って下さい。」
―――デブは嫌いだ
―――髪型がキモイ
―――つか、かわいくない
「ありがとう、好きになってくれて。でも、応えることができないんだ。今好きな子がいるから。……ごめん」
気が付けば、俺はやけにモテる人間になっていた。
男も女も、同級生も後輩も、先生も……やけに俺を慕うようになっていたのだ。
……たった一人の、いけ好かない女子をのぞいて。
「なんか、堂島君って嘘くさい。人間味がなくて、キモイ。」
―――なんだこいつ、俺がモテるからって、やっかみか?
―――わざわざ言うなよ、腹立つな
―――まさにこういう物言いが友達少ない女って感じだな
「はは、人間になりたーい!なんてね!俺は君の事、ステキだと思うよ?」
「……っ!!!バーカ!!!」
キモいと思うなら近寄るな。俺はお前に近づく気はないんだ。
「なんだお前人間じゃなかったのかよ!」
「も~、中山ってばなんでそんなこと言うの?!堂島っち、かわいそー!」
「俺はお前がバケモンでも愛してるからさwww」
「ぎゃー!!BLおつ!!!」
気に入らないやつはいるにはいたが、わりと気のいい仲間に恵まれた俺は、ずいぶん騒がしい学生生活を謳歌していた。
ただ、通学時はもちろん、学食で飯を食う時だって帽子を脱ぐことはなかった。
さすがに授業中は脱いでいたが、勉強に集中しているから問題はなかったのだ。