大魔王の城
目が覚めると、俺は椅子に座っていた。
「ここは……?」
さっきは真っ白な空間だったが、今度は薄暗く、真っ黒な場所だ。
目の前に広がるホールは、磨き抜かれた黒い大理石のような材質で出来ている。
上を見上げれば、豪奢だが不気味な髑髏の飾りがついたシャンデリアが吊り下げられており、そこから青白い光が放たれ、部屋全体を妖しく照らしていた。
ホールの広さは、学校の教室よりひと回り大きいくらいのようだ。
まるで教壇から教室全体を見下ろすように、俺は椅子、もとい玉座から部屋を見渡した。
「これが、大魔王の城か……。それらしいと言えばそうだが、あまり趣味がいいとは言えない空間だな。」
♢
俺は玉座から立ち上がり、より情報を集めようと動き出す。その瞬間、バチッという衝撃と共に、酷い頭痛に襲われた。
「ぐぁッ……?!」
呻き声を洩らし、玉座に倒れ込んだ俺の脳内には、様々な情報が雪崩込んできた。
この異世界の言語や歴史、地理に始まり、魔法の術式と詠唱、果ては発生する魔物の詳細なデータまで、まるで俺の脳に焼き付けられているように、膨大な情報が流し込まれた。
「……ッはぁ……治まったか……?」
そう口に出した言葉は、もう日本語ではなかった。言葉の意味を理解できるのだが、感じる口の動きが全く違う。
強烈な違和感を感じながら、俺は痛みの治まった頭をゆるく振って、情報を整理する。
♢
この異世界の名前は、ユートリュクス。そして俺が今いるのは、パッヘルベルンという大国だ。
ユートリュクスで最も発達した文明を持ち、広大なこの国は、国民によって決められた王が治めている。
世襲制では無く、王を決めるための戦争などが起きた歴史は存在しない。国民の気質が温厚なこと、平和な治世が続いていることなどから、この制度は建国から今まで保たれているようだ。
♢
続いて魔法の知識だ。この世界の魔法は火・水・風・土の基本属性と、光・闇の特殊属性で成り立っている。
普通は最低でもひとつ、多ければみっつの基本属性を持って生を受ける。
全ての基本属性を持って生まれることはまず無い。努力次第では後天的に他の属性も得られるらしいが……。
特殊属性を持つ者は非常に稀で、先天的にしか得ることが出来ない。生まれた時には分からず、成長してから発現するパターンがほとんどらしい。
俺は、神様が「色々な魔法を使えるようにしておく」と言われた通り、全ての基本属性と、闇属性をもっていた。
「……さすがに、全属性は無理か。大魔王が光属性持ってたらおかしいもんな。」
最初から基本属性は全て使えるようだし充分だろう。
掌を開いたり閉じたりすると、使える属性の小さな魔法が発動した。
火は赤、水は青、風は緑、土は茶、闇は黒。それぞれの属性の光球が掌に浮かぶ。
光属性は白い光球が浮かぶらしいが、やはり何度試しても無理だ。
♢
最後に魔物の情報を反芻する。この世界で「魔物」と呼ばれるのは、体全体が真っ黒な生物で、全ての個体が闇属性を持っている。
それに加えて、基本属性を持っている特殊個体が存在し、そういった個体ほど強い魔力を持っている。
この世界での魔力の強さは、神様の説明に出てきた魔素が深く関係している。
人、魔物関係なく、体に蓄積された魔素の量によって魔力の強さは異なる。
しかし、魔素を溜め込みやすいかどうかは体質によって大きく変わり、また限界値というものがある。
成長するにつれて、魔素が体に蓄積され、どんどん強力な魔法が使えるようになるのは確かだが、個体によって魔素の溜めやすさや限界値が異なるため、使える魔法の強さ、つまり魔力は千差万別ということだ。
♢
あらかた情報を整理できたとひと息ついたところで、ふと、気配を感じた。
「ん?」
「ピィッ!」
だだっ広いホールの隅に、これまた悪趣味な壺がある。その壺の陰からまん丸の目がこちらを見ていた。さっきの鳴き声はコイツから発せられたらしい。
「……ダークバードの…雛か?」
ダークバードというのは、黒い羽毛に包まれた小型の梟に似た魔物で、基本属性を持っている場合、嘴の色が異なるらしい。
壺の影からヨチヨチとこちらに歩み寄ってくるのは、掌に収まるほど小型で嘴が赤色の個体だった。
「嘴が赤色ということは、火属性持ちか。そもそもなんでこんな所に……」
足元まで近寄ってきたダークバードの雛は、じぃっと大きな丸い目で俺を見つめて3秒後、嘴を開いたかと思うと。
「ピィーーー!!」
いきなり俺に向かって小さな火球を飛ばしてきた。
「ッあっつ!!!」
雛だと思って甘く見ていたら、ダメージをくらった。水魔法で咄嗟にガードしていなかったら、顔面大火傷だ。というか、既に前髪がちょっと焦げている。
♢
水魔法の【水鏡】を使って、他に火傷が無いか確認する。
「……特に火傷はしてないな。」
被害は前髪数本で済んだようだ。改めて水鏡に映った自分を確認すると、前世と同じくせっ毛の黒髪、つり目がちの黒目。
この世界では、持つ属性が髪や目の色に出やすいので、漆黒の髪と瞳は、大魔王らしい見た目だといえる。
水鏡を消して、前髪を焦がした犯人を見やる。ダークバードの雛はキョトリと首をかしげてまだ俺を見つめている。
「……確か闇属性の魔法に【テイム】があるな、試してみるか。」
テイムとは、主に動物を使役することができる魔法だ。普通、魔物には行わないが、俺がダークバードをテイムしても問題ないだろう。
ダークバードに手を翳して、【テイム】を発動させる。手から放たれた黒い光がダークバードに吸収された。
「ピピィ!」
ダークバードの様子に特別な変化はないが、テイムは成功したらしい。暫く観察していたが、もうこちらに火球を飛ばしてくるようなことは無かった。
俺の肩に乗り、クルクルと首を回しているダークバード。
思いがけず、相棒(?)が出来てしまった。
♢
今度こそ、落ち着いた俺は、やるべき事を確認する。
「まず、勇者の選定か……」
そう言って思い浮かぶのは、勇者選定の剣だ。剣を岩から引き抜いた者が勇者になるという伝説のアレだ。
「問題は、どこに設置するかだが……やはり王都か?」
勇者に相応しい者を選び出すには、大勢の適性を調べなければならない。多くの人が集まる王都ならば、それだけ勇者も見つけ出しやすいだろう。
そう判断した俺は、パッヘルベルンの王都、ベルリナへ向かうことにした。
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