神様との邂逅
短編を連載版にアレンジしました。
ーーー桜木 優也は超がつくほどのお人好しだった。困っている人を見過ごせない質で、すぐに助けようとする。……たとえその結果、自分の何かを犠牲にするとしても。
♢
俺は表情の変化が乏しく、「無愛想」「何を考えているか分からない。」と、よく言われる。
自分では結構笑うタイプの人間だと思っているのだが、口の端を僅かにあげる程度の笑い方なので、あまり「笑っている」と認識してもらえない。
そんな俺は、人の笑顔を見るのが好きだ。自分に出来ないことが出来る人へ憧れるように、満面の笑みを浮かべるひとを眩しく思った。
無愛想と言われる俺にも、人が笑顔を向けてくれる瞬間がある。……人助けをした時だ。電車で席を譲った時、重い荷物を運ぶのを手伝った時。
俺が手助けをする意志を示して、しっかりとやり遂げれば、最初は戸惑っていた相手も、最後には笑顔を見せてくれた。
人助けにやりがいを感じた俺は、将来も人のためになれるように、福祉の勉強ができる大学に通っている。
♢
大学からの帰り道、俺はいつもとは違うルートで家に向かっていた。
ルートを変更したのは、先程まで、駅前で道に迷っていたお婆さんを目的地へ案内していたからだ。
「あなた、今どきの若い人に珍しく親切ねぇ。こんなに遠くまで案内してくれて、どうもありがとう。」
にっこりと、笑顔でお礼を言ってくれるお婆さんに、俺は会釈を返し、帰路に着いた。
♢
随分遠回りになってしまったが、いつもと違う道を通るのも面白い。
(こんな所に、公園なんてあったんだな。)
そう考えながら歩道を歩いていると、公園の入口から黄色いゴムボールが転がり出てきた。
車道まで転がり出たボールを拾おうと歩み寄る俺より先に、公園から小学生くらいの少女が走り出て来てボールに近づく。
「ッ危ない!!」
前方から猛スピードで、少女に迫るトラック。
けたたましいクラクションの音が鳴り響いた。
俺は躊躇することなく、トラックの前に飛び出して、少女を歩道側へ突き飛ばす。
トラックが目前に迫り、次の瞬間強い衝撃と浮遊感が俺を襲う。二度目の衝撃を感じた直後、視界が暗転した。
♢
次に目が覚めた時、俺は真っ白い空間に居た。初めは、病院のベットの上にでも寝かされているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
俺は普通に立っており、周りを見てもシロ、しろ、白の不思議な場所だった。
すると、目前の白が滲んで色をつけ、いかにも好々爺という風貌なお爺さんが現れたのだ。
「おぉ、お前さんは珍しく落ち着いた青年じゃなぁ。普通、取り乱したりせんかね?」
「……充分取り乱しています。」
いきなり話しかけてきたお爺さんに、言葉を返すのがやっとだ。
態度には出ないだけで、頭の中はグルグルと混乱している。突然お爺さんが現れたことにも驚いたが、そんなことよりも、俺はさっきトラックに撥ねられた。つまり……。
「……俺は、死んだんですか。」
ポツリと、口から言葉が零れ落ちた。背筋のあたりに悪寒が走る。
「いや、まだギリギリ生きておる。だが、あとほんの少し時が過ぎれば死ぬな。」
まだ生きているという予想外の言葉に俺は目を見開く。しかし、続けられた言葉は無情だった。 もう少しで自分が死ぬという実感が湧かない。
「しかし、それはこの世界に留まった場合じゃ。ワシは、お前さんに違う選択肢を与えに来た。」
「……貴方は、神様か何かなんですか?」
俺の問いかけに、お爺さんは首をかしげて答える。
「そうじゃ、言ってなかったかの?」
……だいたい予想はついていたが、あっさりと言ってくれるものだ。
「……コホン。それで、神様のワシからお前さんに頼みがあるんじゃ。とある異世界に転移して欲しい。」
神様は、俺の目をまっすぐ見ながらそう告げた。眼差しが真剣だったので、俺は口を閉ざして、神様の言葉に耳を傾ける。
「お前さんは、本来まだ死ぬ予定ではなかったんだが、様々な偶然が重なってしまったんじゃ。」
今日は、いつもと違うルートで帰っていたのが要因かと、俺は考える。
「お前さんの身体を、事故で大怪我をする前の状態に戻したのだが、傷を回復させるのに生命エネルギーを多く使ってしまってなぁ……余命が一年程しかないんじゃ」
それなら転移ではなく転生でもいいのでは?俺が思考している間にも、神様はつらつらと言葉を連ねる。
「お詫びと言ってはなんだが、転移する異世界では、色々な魔法を使えるようにしておくからの。」
余命一年、というところが引っかかったが、魔法が使えるようになるという言葉でその引っかかりも吹き飛んでしまう。
「……君を転移させる世界はとても平和じゃ。だが平和すぎて魂と魔素のバランスが崩れ始めている。」
神様は目を伏せながら、異世界について俺に語った。
その世界では、空気中の魔素と呼ばれるエネルギーを、生きている時に体に蓄えて魔法が使える。そして死ぬ時に、魂とともに魔素を浄化し循環させるらしい。
「しかし、生まれる人間に対して、死ぬ人間の割合が少なすぎる。その反動で、魔素が浄化されず溜まり、もうすぐ魔物が大量発生して、世界が滅びるのじゃ」
随分あっさりと、世界が滅びるなんて言うんだな、神様だから言えることか。
「そこで、お前さんの出番じゃ。大魔王となって魔素を制御することがひとつ。そうすることで、魔物の発生が抑えられ、弱体化もする。」
俺の想像する大魔王とは随分、役割が違うな。というか本質的に真逆だ。
ひとつ、ということは、まだ頼みがあるのだろうか。
「そして、ふたつめ。これも重要な役目じゃ。その世界の人間の中から勇者を見出し、育て上げてくれ。その者に、魔物を倒させること。」
やはり、ふたつめの頼みがあった。
「それなら、大魔王になった俺が魔物を殲滅すればいいのでは?」
「ならん。魔素を制御する事と両立できん。それに、ただ魔物を倒すだけではいかんのじゃ。お前さんが魔物を倒しても魔素はほとんど浄化されん。属性が同じ魔の者になるからな。」
「だから、魔の者ではない勇者が必要になる……と。」
「そうじゃ。……勇者が魔の者を倒した時、魔素は浄化され、循環することが出来る。」
その言葉で、俺は悟ってしまった。この異世界転移の理由に。でも、俺は何も言わなかった。
「もうそろそろ時間じゃ。……お前さんには苦労をかける。頼んだぞ、桜木優也よ。」
神様が、ひらりと右手を振ると、空間すべてが眩い光に包まれた。
俺は光に飲み込まれた瞬間、意識を手放した。
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