彼と私
彼と私は幼馴染だった。毎朝毎晩顔を合わせ、その顔を見ないで済む日は無いほどだった。彼の行動範囲と私の生活範囲は同じで、私が出かければいつも必ず彼に出会うのだ。それも日に何度も。狭い土地柄、無理もない話だが、そうかと言って私たちは仲が良い訳でもなかったと思う。くだらないちょっかいはよくかけられていたが。
最初の頃、彼は体もそんなに大きい方でなく、目立たない地味な存在だった。
かと云う私だって一番チビだし、痩せっぽちだった。
近所には他に彼より立派な体格の男達がいて幅を利かせていたし、彼や私はなんとなく彼らの周りで大人しく群れているような感じだったし。
だから私も同郷の仲間の一人と思って特に彼のことを気に留める事もなく過ごしていた。
ある日、私達のリーダー格の男が仲間から喧嘩を売られて命を落とした。喧嘩を仕掛けた仲間はよく皆に嫌がらせをしていて前からあまり皆に好かれてはいなかったけれど、リーダー格の男が睨みをきかせていたから、そいつが問題を起こしても皆も気を落ち着けて穏やかに暮らしてこれていたというのに。
事件の後そいつは捕まって連れて行かれた。その後の消息は不明のままだ。でも誰も気にしなかったし、私もすぐに忘れてしまった。
リーダー達がいなくなった後、まるで何事も無かったかの様に元の静かな暮らしが戻ってきた。相変わらず彼は私の行く先々に現れて、会うと絡んできたり、ちょっとした意地悪をしてきて煩かったが、私はあまり相手にしない様にしていた。
季節が春から夏に移り変わり、私はある事に気がついた。
並んだ彼の体がぐんと伸びて以前より大きくなっている。小柄な私は残念ながら大きくなっていないというのに。
私は悔しく思ったけれど、彼の中身は相変わらず意地悪だったので、向こうが寄ってきてもツンとすまして去る事にしていた。
そんな私の身に思いもよらない事が起きた。なんと、誘拐されたのだ。犯人がなんの目的で私を拐ったのか、皆目見当もつかない私はただ只管怯え、震えた。狭い部屋に押し込められて、手足こそ自由にされ食事も与えられたが、意思を奪われ有無を言わせず連れてこられて監禁されている事に変わりはない。一体誰が?なんのために?
私はパニックになって部屋の中をぐるぐると回り続けた。何処かに出口はないだろうか。誰か私に気付いてくれないかしら。誰でもいい、誰か助けて…!
やがてある日突然に私は解放された。気がついた時には元の私の住んでいた場所に放り出されていた。全く訳が分からない。
私が我に返ってふらふらと進み出した時、どこからともなく彼が現れた。彼は私に近づくと止まって黙って此方を見つめた。もしかして私のことを心配してくれていたのかしら? 私は彼を少し見つめてから、つと視線を外すと取り戻した自由を実感しながら前に進む。彼は私の後からそっと静かに着いてきた。
私が右に曲がれば彼も右に。私が立ち止まれば彼も立ち止まる。私が近くの茂みに目をやれば彼は其れをじっと待つ。
いつもなら私の行く手の邪魔をしたり私が気を向けた物を横取りしたりと煩かった彼が、今は私の無事に安堵し、労り、見守るかの様に優しい眼差しで私を追いながら唯々側に黙って一緒にいてくれる。
彼をよく見てみれば、私より一回りも二回りも大きくたくましくなった体格はそのくせ流れるようにしなやかで、均整が取れたその美しい姿形は輝かんばかりに自信に満ちていた。
彼はいつからこんなだったのかしら?まるで紳士だわ。私ってばお姫様のようにエスコートをされてるみたい。
不覚にも彼にときめきを覚え、私はこの時改めて彼を見直したのだった。
この二匹のめだかの間に透き通った小さな丸い卵が生まれるのは次の日の夏の朝早く。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
うちのめだかちゃん、なんと、漢前&溺愛でした!
微笑ましく見守っております。