セレスティナ先生の創世記講義
「<なぜ、人は地を忌み嫌うのか>それを語るには、世界創世の話をする必要があるわ」
先生は、二人を見て楽しげに言った。
めっちゃ面白そうな話が始まるよ。うふふ
「神話の世界より更に気が遠くなるほど昔、夫婦の人神一組と、夫婦の龍神一組がそこにあった。4柱で居ることに飽いた夫婦神は、自分たち以外の物が生きる世界を創ることにした。まず、大地を作り、夫婦の龍神は山や草木、海を創った」
先生の話に合わせて立体映像が浮かんでいる。
ランツがコソッと「大地ってなに?」
と聞いてきた。
私を馬鹿にしてたの、忘れたのかな?
私はニヤリとしそうになるのを抑えた。
「茶色い栄養のある、小さい粒が一面に広がってて、
そこに草木や花が咲くの」
立体映像の土の部分を指して言った。
「木が生えるのに浮かんでないの?」
「大地は浮かばないんだよ」
「海は?」
「海はこれよ。塩辛い水が、どこまでも広がっていて、その中で生きられる生き物がたくさん居るの。植物もあるよ」海を指す。
「水?水雲ではないの?」
…水雲?ってああ、井戸みたいにして使う、雲の塊か。
「違うよ。海も浮かんでなくて、水雲はぎゅっと押し固めると水になるでしょ?海は最初から塩水のままなんだよ」
「そんなに沢山の水があるの?」
ランツが、目を剥いて驚いている。
「そう、どこまでも続いて見えるんだよ。それでね…」
私が続いて話そうとしたとき、ハッとして先生をみた。先生はさっきまでの面白いものを見る目ではなく、訝しんでいる。
…ヤバい。やりすぎた。
「…ま、まぁ、見たことないけどね」
先生は訝しんだものの、コホンと咳払いをして、「続けるわよ」と話を続けた。
「夫婦の人神は虫や動物、そして翼を持たない人を創った」
立体映像に、生き物が加わった。
ランツは、「翼ないの??」と小声で驚いていたが、話を遮るつもりはないようだ。立体映像を観ながら、先生の話を興味津々に聞いている。
「神々はしばらく、世界の進化や文化を育むのを見守っていた。その頃には、夫婦神にも子が生まれた。家族で世界を見守った。ところが、ある時を境に人々が争いを始めた。血を流し、草木を燃やし、海を汚した。神々は、争いを止めさせようと手を尽くしたが、争いは無くなるどころか広がっていった。怒り、呆れた神々は、大地を無くし、全てを海にして押し流した」
全てを押し流す映像が浮かぶ。
…ノアの方舟みたいな感じかな。まぁ、方舟的な救済措置は無かったみたいだけど。
「神々は大地を捨て、大空へ昇った。そこで新たに世界を創るのか話あっていた頃、龍神の2柱の息子神と、人神の2柱の息子神が、人神の娘神であるシュツェーリアを巡って、争いを始めた。4柱は周りが止めるのも聞かず、殺し合い、結局4柱とも死んでしまった。人神の夫婦神と龍神の夫婦神は、自分たちが大地の争いを見せてしまったせいだと、嘆き悲しみ、大空の果てに去ってしまった。残された、シュツェーリアと、龍神の三番目の息子神が夫婦となり、大空に世界を創った。同じ過ちを起こさぬために、そして人々は乗り越えられると信じて」
…夫婦で世界を創ったのに、今は、なんでシュツェーリア様だけが神として崇められてるのかな?
「自分たちの子供を王とし、更に王を支える魔力の無い人々を創った」
…なるほど。魔力は神の血を受け継いでるからか。
「あなた達、シュツェーリア様の像をちゃんと見たことがあるかしら?」
先生にそう言われて、私達は頷いた。
「では、シュツェーリア様の耳は覚えている?」
…耳?名納めの時にみたな。何が違うのか?
少し考えてはっと気がついた。ランツは分かってないようだ。
「…耳が、丸いです!」
私は勢いよく手を上げながら言った。
「ティナよく気がついたわね。そう、シュツェーリア様は私達と同じように翼はあるけれど、耳は丸い。王族も貴族も平民も耳は尖っているわ」
シュツェーリア様の立体映像が出てきた。
先生は、にこやかに言った。
「どうして違うのですか?」ランツが言った。
…本当に。なんでだろ?
「シュツェーリア様は人神でしょう?我々は人神と龍神から生まれたのよ。尖った耳は、龍神の血が流れている証。平民は神から生まれた訳ではなく、創られたものだけど、太古の昔に王族か貴族の血が混じったのだろうと言われているの」
…さっきの疑問を聞いてみるか。
「シュツェーリア様と、龍神の子がこの世界を創ったのに、どうしてシュツェーリア様だけ信仰されているのですか?」
私が質問すると、先生は、ふむと頷いた。
「そうね。その疑問は当然ね。世界を創り、しばらくは平和が続いていたのだけれど、夫である龍神が心を病んでしまった。シュツェーリア様は何も悪くないのだけれど、自分たちの親や兄弟がいなくなったのは、シュツェーリア様のせいだと考えるようになってしまったの」
…えー。シュツェーリア様だって同じように親兄弟居なくなってるのに。旦那だったら最悪だな。今の自分の子供達のこと考えてよ。って、神様に不敬かしら。
「争いを最も厭う夫婦だったので、夫神は自分の親と同じように大空の果てに行ってしまったの。残されたシュツェーリア様は、自分の創った世界に責任を持つためここに残り、今でも我々を守ってくださっているのよ」
…一見良いように言ってるけど、奥さんに丸投げして失踪したって事でしょう?最悪。そら、崇められないわけだな。
「大地の争いは総てを血で汚し、家族離散を生んだ為、シュツェーリア様は大地を厭った。転じて大地を彷彿とする<床>は不浄のものとなったのよ」
…結構こじつけだな。まぁ、そんなもんか。
先生の話が終わったようなので、質問をする。
「シュツェーリア様は争いがお嫌いってことですが、世界で今まで王座争いとか、領地争いとかなかったんですか?」
先生のは、困ったわと頬に手を当てて「どう話せばよいかしら」と言いながらも教えてくれた。
「シュツェーリア様は一人になってしまった後、大地に創った世界が終わってしまったのは、自分たちが手を出したからではないか、と考えるようになったの。例え争いが起こったとしても、手を出さずに見守ろうとお決めになるの。ただし、人々の縁となる信仰を王族が守るようにと言いつけたのよ。その為、神殿は王族が管理することとなり、御遣い様は王族から選出されているの」
…上手いこと言ってるけど、要は争いはあるって事ね。
「神殿と礼拝堂が別々なのは、どうしてですか?神殿は神様がおわす場所という意味なら、礼拝堂を指す気がするのですが」
常々の疑問もついでにぶつける。
「さっきも言ったように、御遣い様は王族。即ち神の血を継いでいるので、御遣い様が生活をしたり、事務作業をする場所を神殿と呼んでいるのよ。お祈りをする場所と分けるためそうなったの」
…御遣い様は王族か。なるほど…って!
「セレスティナ先生も王族なのですか?!」
驚いて声を上げてしまった。
「まぁ、そうなるわね」うふふと、先生は笑う。
王族に手習いって、ヤバくない?粗相しようもんなら、命すら危ういんじゃ…私やらかしてないよね?
私が顔色を無くしてる間に、ベルが鳴った。
「時間が来たようね。あなた達が優秀でとっても楽しかったわ。ではまたね」
先生が笑顔で退出するのを、バッテンお祈りポーズで見送った。
先生が居なくなると、ランツがばつが悪そうにこっちを見ながら言った。
「お前、凄いんだな。さっきは無視して悪かったよ。皆が色々言ってるのを信じて馬鹿だった。友達になってくれるか?」
おずおずとこっちを見る。
…ランツいい子じゃん。しかし、皆何を言ってるのか。
「ううん。よく知らなかったんだし、仕方ないよ。こちらこそよろしくね」
私が言うと、ランツの顔がパァっと眩しい笑顔になった。
「セレスティナ先生の魔法凄かったな!この国の全部見られたし、お話のも凄かったな!」
ランツは立体映像に興奮気味だ。うんうんと頷いておく。
「ところで、皆が私のこと…」
ランツに皆の噂を聞こうとしたとき、エリスとカルムが戻ってきた。
「ティナ帰るよ」
「あ、うん。ランツまたね」
ランツの兄弟もやってきたようで、手を振って別れた。
…先生の話は面白かったけど、ランツの話が気になるなぁ
姉兄に連れられて帰る間、そんな事を考えていた。