手習いは神殿へ
転生して早5年。驚くことばかりで、今でも戸惑っている。中でも貴族社会でありながら、平民の識字率がほぼ100%なことだ。
日本は、江戸時代から平民が読み書きが出来るのは当たり前だった。しかし、国民のほとんどが読み書き出来る国は現代でもなかなかない。なので、当然この世界でも、高い教養を求められる王族や貴族の識字率は高いにしても、平民はそれほどでもないと勝手に思っていた。
この国アトワーフでは、5歳から12歳まで、各町の神殿で、読み書きや色々な職業に就くまでの、いわばチュートリアルのようなことを教えてくれる。それを手習いと呼び、週3日通うのだ。
そもそも、この国の平民は、「王族や貴族に召し抱えられる為に」あるのだ。いつお呼びがかかってもいいように、子供の時から教養を学ぶ。各神殿の手習いで才能を認められた、ほんの一握りは、首都カストンの学園で学ぶことができる。手習いをする子供達は、学園の入学を許可されることを目指す。平民でも富豪の子供は、手習いはせず、学園で初めから学ぶことができる。普通の平民には夢の夢だ。学園を卒業すれば、王族や貴族の下働きとして、王都や貴族街で住むこともできる。将来を約束されるのだ。
「さぁ、ティナ。今日から手習いよ。エリスもカルムもいるから、心配していないけど、しっかりね」
お母さんが、少し心配そうに言った。
「お母さん、大丈夫よ。エリスもカルムも一緒だもん」
任せてと、胸を叩いて言った。
「エリスもカルムも、ティナをよろしくね。…特に翼の事は…」お母さんが、物凄く困った表情で二人を見た。
「ティナと通うのは一年だけだけど、ティナは守るわ」
「僕とは、読み書き以外は離れてしまうけど、できる限り頑張るよ」
エリスもカルムも請け負ってくれた。
カルムは兵士見習い希望なので、読み書き以外のカリキュラムは別だと言う。私は、一年は読み書きのみで、来年何の手習いをするか決めるのだ。
心配そうなお母さんを後に、3人で神殿へ向かった。
…まだ、そんなに上手に飛べないから、二人が手を繋いでくれると助かる。朝は全学年で読み書きらしいけど、そんなに大きな教室あるのかな?
首都の礼拝堂の横には神殿は無かったように思うが、聞けば、貴族街と呼ばれる三層にあるらしい。平民は許可なく入れない。この町フリアの神殿は、礼拝堂の横に建っている。名納めは首都の礼拝堂へ行くが、普段のお祈りは町の礼拝堂へ行く。首都に行くのは、やはり特別なようだ。
首都の礼拝堂の半分にも満たない程の礼拝堂の横に、更に一回り小さい神殿があった。
…首都の礼拝堂を知ってると、凄く小さく見えるね。
神殿の天井近くから中に入り、しばらく進むと、開けた場所に出た。大学の講義室のように、すり鉢状に席が並ぶ。
「前から歳は関係なく、読み書きがどれくらいできるかで、席が決まっているの。ティナは初めてだから、一番前の真ん中に座って」エリスに促されて、一番前の真ん中に座る。
席は10段ある。振り返ると、カルムは5段目、エリスは7段目に座っている。人はまばらで、まだ集まっていないようだ。
それぞれの席には羽ペンと、インク壷が置かれている。
おお、ファンタジー!
羽ペンに興奮していると、いつの間にか、何人かやってきていた。私の隣には男の子が座った。
…同い年かな?挨拶しとくか
「はじめまして。私ティナ。今日が初めてなの。貴方も?」
飛びっきりの笑顔で声を掛けた…つもりだった。
男の子は、私を一瞥して「フン」と馬鹿にしたように笑うと、私を無視した。
…なんじゃこのガキゃー!!!
私が、隣の男の子に憤慨していると、先生らしき人が入ってきた。当然、神殿なので御遣い様である。
先生が教壇に来ると、全員立ち上がり(飛んでるんだけど)、お祈りのバッテンポーズになった。私も慌ててバッテンポーズになる。
…ホバリングまだ、苦手なんだよぉ
「大空を護る総ての母シュラーリア様。今日の良き日を迎えられましたことを感謝致します。」
全員でお祈りをする。昨日練習した。
「お座りなさい」
先生は、お母さん位の年齢の女性だ。優しげだけど、いかにも先生然とした、聡明な感じだ。
「手習いを始めます。…30人全員揃ってますね」
…え?この町の子供30人しかいないの?
「今日から、二人加わります。ティナ、ランツ前へ」
私が驚いていると、呼ばれた。
…あいつ、ランツって言うのか。覚えたからなっ!
「こちらが、ダスリーさんの次女ティナ、こちらがケルスさんの三男のランツです。皆仲良くしてあげてください。ティナ、ランツ。私は読み書き担当のセレスティナです。よろしくね。はい、お座り」
前に呼ばれたが、自分からの挨拶などはなく、すぐに席に戻された。
…自己紹介すんのかと、ちょっと緊張したけど、よかった
「まず、皆さんの読み書きの試験をします。合図をするまで手は膝に」
そう言うと、教壇から紙の束を出した。右手を紙の束に翳したとたん、紙が一枚ずつ飛び出して、一人一人に配られた。
…凄い!魔法だ!
私が感動して、目を見張った。ふと、隣を見ると、ランツも目を輝かせていた。私の視線に気が付いたとたん、少し恥ずかしそうにして、ぷいと横を向いた。
…やっぱり、魔法は珍しいんだね。ちょっとランツ可愛かった。
最期に、私とランツにも紙が届いた。
「始め!」
セレスティナ先生の言葉と同時に、紙に目を落とす。今日試験があるのは、エリスとカルムから聞いて知っていたし、随分前から知識を増やす為に字を二人から習っていた。二人が手習いに行っている間に、家の本を読んでいたので、かなり自信がある。家にあるのは、羽ペンじゃなくて、小さな黒板と石筆だけど。
…簡単なんてレベルじゃないんたけど。
高校生にアルファベットのテストさせるレベルだ。
すぐに終わらせて、どうしようかキョロキョロしていると、セレスティナ先生が近付いてきた。
「ティナどうしました?」
「終わったのですが…」
「早いのね。では、数枚渡すので、できる限りやってみなさい」
セレスティナ先生は、そう言うと、5枚プリントをくれた。
所謂、国語のテストのようなものだった。本を読みまくっていたし、中身はおばさんなので、スラスラ解ける。
あっという間に、5枚終わらせた。周りをみても、まだ、皆途中のようだ。
「貴女、なかなかやるわねぇ」
セレスティナ先生が、面白い物を見るように、私を見た。
「では、これを」
今度は10枚渡された。10枚目を終えたと同時に、終了の合図があった。
「回収します」
ひょいと先生が手を一振りすると、一斉にプリントが飛んで行って、先生の前に纏まった。
「では、ティナとランツ以外は、各手習いへ移動なさい」
皆が各々飛んでいく。エリスとカルムは私に後でねと声を掛けて飛び去った。
「さぁて、どうしましょうね。ティナとランツでは、読み書きのレベルが違いすぎるのよね」
セレスティナ先生は、困ったわと手を頬に当てて首を傾げた。
ギロリと、ランツに睨まれた。
…睨んだって仕方ないじゃん。ふん。
「ランツも初級の読み書きはできるので、読み書きではなく、この国のお話をしましょうか」
…なるほど、国語じゃなくて社会ね。楽しみ
セレスティナ先生の、社会の講義が始まった。
次話では、この国の詳しい話をします。