名納め
私が街の景色を堪能しようとしたのも束の間、「さぁ、行くぞ!」と、お父さんが飛び上がった。
フリアの町と同様に、ガストンの街もドーナツを階段状に重ねた形だ。中央の通路と呼べる空間をぐんぐん昇っていく。ゲートのあった層を除いて三層過ぎた辺りで、通路の真ん中に巨大な建造物が浮かんでいるのが見えた。
「礼拝堂だ!何度見ても大きいねぇ」カルムが言った。確かに、とても大きい。入口付近まで上がってくると、その大きさがよくわかる。建物は円錐形で、十字のラインに塔がある。そこが入口だ。
入口から中へ進むと、開けた所に出る。当然吹き抜けになっていて、中央に床から天井までの巨大な女神像が建っている。その女神像の周りで色んな人がお祈りをしている。蜂鳥がホバリンクしているように、その場を動かず、翼だけ羽ばたいている。手は、食事の時のお祈りようにクロスして胸に当てている。
…めちゃめちゃ広いね。1万人規模のコンサートホール位はあるよ。
あまりに広く厳かな空間に圧倒された。
「よし、シュラーリア様にご挨拶してから、名納めに行くぞ」
お父さんの後に続いて、お母さんやエリス、カルムもシュラーリア像に近付く。
「大空を護る総ての母シュラーリア様。今日のよき日に、ティナの名を納めますことをお許しください」
…わたしもバッテンしとくか。
「お父さん!ティナがお祈りしてるよ!」「本当だ!僕達の真似してる!」「おお!流石私達の子だ!」「まぁまぁ、ティナは本当にお利口さんねぇ」
…ただ、バッテンしただけで、この喜びようは恐縮します…
「ダスリー、名を納めに行きましょう」興奮さめやらぬお父さんをお母さんが誘導する。
「そうだな。お前たち行くぞ」
気を取り直したお父さんは、そう言うと、シュラーリア像の右肘の横辺りにある、出っ張りに向かった。
…ロミオとジュリエットのジュリエットのバルコニーみたいだな。
よく見ると、そこには白地に金の刺繍の入った服を着ている、優しそうな顔のおじさんがいた。
「御遣い様にご挨拶を忘れるなよ」お父さんが、エリスとカルムに言うと、おじさんに近づいた。
…御遣い様って神官みたいなもんかな?
「御遣い様、シュラーリア様へ名を納めに参りました」とお父さんが、バッテンポーズをすると、お母さん、エリスとカルムが、「御遣い様、よろしくお納めください」とバッテンポーズをした。
「よくぞ詣られた。この名納めにより、正式に国民と認められる。1年よく生きた。では、魔晶石を」
御遣い様がそう言うと、お母さんは私の晴れ着に包んだ魔晶石を晴れ着ごと渡した。御遣い様は魔晶石を取り出した。「手を」そう言って、お父さんが、差し出した私の右手を取った。
右手の甲に魔晶石を当てると、魔晶石が光り出した。
「父はダスリー、母はシラーナ、姉エリス、兄カルム。フリアの町。太陽の希、日の日生まれ。名はティナ。相違ないな?」御遣い様が言うと、
「相違ございません」お父さんと、お母さんが同時に言った。
「ここに、アトワーフの新たな国民が生まれた」
御遣い様がそう言ったとたん、私の手の甲も魔晶石と一緒に光った。
…うわ、ファンタジー
私は眩しくて目を細めた。
御遣い様は、私から手を離すと、晴れ着に魔晶石を包み込んだ。晴れ着に包まれた魔晶石を両手で包み込むと、光があふれた。光が収まると御遣い様が手を開いた。中には白い繭があった。
「納めなさい」御遣い様かそう言うと、お父さんが繭を取った。「魔晶石はどこへいったの?」エリスが小声で言う。
…魔晶石もだけど、晴れ着もだよ
私も驚いた。
「この繭が、ティナの魔晶石だよ。さぁ、納めに行くぞ」お父さんが、エリスとカルムに言うと、「シュラーリア様に感謝を」と御遣い様に挨拶をして飛び上がった。
「どこに納めるの?」カルムが聞く。
「壁を探して。光ってる所はないか?」
お父さんは、キョロキョロ見回している。
「ありませんねぇ。エリスやカルムの時はすぐ見つかったのに。」お母さんが困惑している。
「壁の光っているところが、この繭を納める場所なんだが…」お父さんも困っている。
…どこだろ。あ、あれじゃない?
私はシュラーリア様の頭付近に光を見つけ、指差しだ。
「ん?ティナ。何か見つけたの?」エリスが私に近付いて、指の先を見た。「お父さん、あそこは?」エリスがお父さんに教えてくれた。
「どれ?どこだ?…バカな…そんな…」お父さん、困っていると言うより、焦ってる。どうしたのかな?
「ダスリー…。まさか。どうしましょ」お母さんも見たことがない慌てっぷり。
…天井近くに納めるのはヤバいことなのかな?
「あそこだったら、何かダメなの?」
カルムが不思議そうに訊ねた。
「平民の名がシュラーリア様の肘より上に納められるなど、聞いたことがない」お父さんが焦って言った。
「ダスリー、一度御遣い様にお聞きしましょう」お母さんの提案にお父さんが頷き、さっきの御遣い様の所に戻った。
「どうかしたかね?」御遣い様が言った。
「御遣い様、ティナの納めの光が、シュラーリア様のお頭付近に出まして…」お父さんが、恐る恐る言った。
「まさかっ!」御遣い様が目をむく。「今、名納めを始めたのは、其方等だけだ。しかれば、光っているのは、その娘となる。我が確かめよう」そう言うと、御遣い様が飛び出した。
「お前達はここに居なさい」そう言うと、お父さんだけが私を抱えたまま、後を追う。
シュラーリア像の眉毛の左側付近がぽわっと光っている。
「ふうむ。確かに光っている。名のある貴族や王族でさえも、ここまで上部に納めの光が出たことなど、私の記憶にはない」御遣い様が信じられないとばかりに、頭を振った。
「その娘の納めの光であれば、魔晶石は納められる。間違いであれは、納められぬ。やってみるがよい」御遣い様はその場をお父さんに譲った。
お父さんは頷くと、繭を光に近づけた。すると、光が溢れ出し、繭を包むと、光と共に壁に消えた。
「納まりました…」「納まったな…」お父さんも、御遣い様も、分かっていたがやはり驚いたのが、唖然と見つめた。壁には何か書いてある。私には読めない字だ。
「確かに、フリアのティナと、名が刻んである」
御遣い様は壁の文字をなぞって言った。「この事は、神殿長にもお話しておこう。あまり、口外せぬ事を勧める」御遣い様が、お父さんを見つめた。
…勧めると言いつつも、口外するなっていう命令だな。こりゃ。
「…もちろんです。人に言える話ではございません」
お父さんも、真剣な面持ちで返した。
御遣い様は私をみると、にっこり笑って
「とはいえ、名は納められた。息災に育ちなさい」そう言って、私の頭を撫でた。
…悪い人ではなさそうだね。
皆の所に戻ると、御遣い様へ別れの挨拶をして、礼拝堂を出た。
ゲートへと無言で飛ぶ。途中でお父さんは私の頭を撫でながら、「よく頑張ったな」そう言ってくれた。
…おめでたいはずの名納めが大変なことになったね。街に出て色々見たかったのにそれどころじゃなくなったし。残念。
私はふぅと溜め息を付いた。
家に着いてから、お父さんは、エリスとカルムに今日のことを誰にも話さないように、念を押していた。
「ティナの翼の事と同じように、名納めの場所の話はしてはいけないよ」「わかった」「誰にも言わない」
エリスもカルムも真剣に請け負っていた。
…私、順調に育つんだろうか?
ちょっと先行きが、不安になった。疲れて眠ってしまったから、深く考えずに済んだけど。
次から幼少期になります。