ゲート
この世界には、個室がない。と言うより、部屋という概念がない。家の型は羽根のない風車小屋のようで、1軒1軒の背が高い。羽ばたき易いようにか、吹き抜けになっている。柱がないのに、どうやって建っているのか解らない。素材も不明だ。木や煉瓦ではないし、漆喰や土壁のようでもない。
ベッドは、螺旋状に1台ずつ壁から生えているかのようだ。私のベビーベッドは、落下防止のため、床に置かれている。浴室とトイレだけは区切られているようだ。壁の途中に扉がある。
家具は全て作り付けのようで、壁に沿って本棚やクローゼットなどがある。横ではなく、縦に連なっているのが、不思議に感じる。床に置かれているのは、ダイニングテーブルと私のベビーベッドくらいで、ソファもない。ベッドのように、壁からポコポコ飛び出ているのが椅子らしく、家族がよく座っている。
…大分日本とは常識が違うから、しっかり理解しないと大変だわ
私はどんなことでも吸収するべく、目と耳と鼻をフル稼働した。
…赤ちゃんだし、いくらでも吸収するよね
何だか口の中が痒いなと思い、モゴモゴさせながら、家の中を見回していた。
「そろそろかしら?」そう言いながらお母さんが近づいてくると、私のほっぺをむんずと掴んだ。
何するの?!お母さん??
耐えきれず口を開けた。
「生えてるわね。これで大丈夫」そう言ってに、にっこり笑って手を離した。
生えてる?と思いながら、口に手を突っ込むと、上下の前歯が生えていた。
…いきなり4本!
私の2人の子供も、3本同時に生えてきたが、しっかり生えるまで、何日もかかったもんだ。昨日まで何の面影もなかったのに、いきなり生えるのはビックリする。
無事に歯が生えたので、家族と一緒に食卓を囲む。私用の椅子も用意してある。食卓の椅子は、翼が邪魔にならないように、背もたれは低い。
並べられた食事は、スープ(ミネストローネっぽい)、ソーセージ(何肉かは不明)、芋の炒め物(ジャーマンポテトかな?)、主食らしき薄いパン(フォカッチャよりも薄いが、チャパティよりは厚い)が大皿で置かれている。各自取り皿に取って食べる様だ。スープ以外は手掴みみたいだね。
「さぁ、食事にしよう」
お父さんの言葉で、お祈りが始まる。皆、手を胸でクロスしている。
「大空を護る総ての母シュラーリア様。今日のこのお恵みに感謝いたします」「感謝いたします」
復唱すると、食事が始まる。
「ティナ、あーん」お母さんが、スープをあーんしてきた。
やった!やった!ご飯だぁぁぁぁ!!
「あむ」
…久しぶりのご飯うんまい!
世界が違うので、味覚も違ったらどうしようとは思ってたけど、思いの外美味しくて驚いた。絶対お母さんは料理上手だね!野菜も呼び名は違うかもしれないが、元の世界と、大きな乖離はないようだ。
私は久しぶりの食事を大いに楽しんだ。…ちょっと歯がなくて苦労したけど。
そして露の日、首都カストンの礼拝堂へ赴くべく、朝早くから準備をしている。皆が。
「はい、ティナ。ソクイ履きましょうね」
…ソクイ?何だ?
私が首を傾げていると、お母さんが、麻の靴下を履かせてくれた。
…ああ!足衣って事か。そういや、歩かないから、靴要らないもんね。
「ちょっと邪魔かもしれないけど、これも着けようね」
お母さんが、私の翼にカバーを被せた。
「お母さん、ティナの翼どうして隠すの?」
カルムが不思議そうに訊ねた。
「ティナの翼はちょっと皆と違うでしょ?お外で目立って綺麗だからって、悪い人に連れ行かれるかもしれない。お母さんはティナを絶対守ってあげたいの。カルムもティナの翼の事は内緒にしてね」
「うん!ティナ居なくなったら、僕嫌だもん。内緒にする!僕もティナを守る!お父さんみたいに守るんだ!」
カルムが、真剣な顔で言った。
「何を守るの?」
エリスがやってきた。
「ティナの翼が、キラキラなのは内緒なんだ。悪い人に連れて行かれないように、僕が守る!」
「ええ!ティナの翼が綺麗なのは、人に知られちゃいけないんだ…」エリスが驚いたように言った。
「お母さんが、お披露目会の後から縫ってたのは、翼のカバーだったんだね…。私も内緒にするよ。ティナ、私達が守るからね!」
2人は決意を決めた顔で頷きあっている。
…良い家族だなぁ。ありがとう。私守られてるよ。あ、お父さんが感動して泣いてるわ。
「エリず…ガルぶ…おばえだぢ、ぼんどうに、いいごに育っで…」
…ガチ泣きしてますよ。お父さん…
「あらあら、ダスリーったら。そんな顔では出掛けられませんよ」お母さん呆れてますな。
何とか準備を終えて、家を出る。私はお父さんに抱えられて、大空を飛んでいる。前は気が付かなかったが、町ごとシャボン玉のような膜に包まれている。町自体は、ドーナッツを階段状に重ねたような層になっている。真ん中の穴の部分は上の層に上がる通路だ。
町の一番上の層にやってきた。ここは、他の層より小さく、建物が1つ在るだけだ。その建物は門兵の詰所だろう。
詰所の横にある丸い大きな輪が見えてきた。
「ゲートに着いたぞ」
大きな輪は直径20mくらいはあった。これが町の門だ。ゲートの横には2人の門兵がいる。
「よぉ。ダスリー。首都へ行くのかい?」
1人の門兵が声を掛けてきた。
「ああ。下の娘の名納めなんだ」
お父さんは私を抱えたまま、笑顔で門兵に近づいた。家族もそれに続く。
「ええっと、ダスリーに奥さんのシラーナさん、エリスとカルム。だな。赤ちゃんはダスリーがしっかり抱いててくれよ。じゃ、翳して」
門兵が門の近くにある、金属のポールを指した。
「シラーナから行ってくれ。それからエリスとカルムだ」お父さんに促され、お母さんがポール手の甲を翳した。すると手の甲が光り、紋章が浮かんだかと思うと、ゲートもオレンジ色に光った。
「では」と、お母さんは門兵に笑顔で会釈すると、ゲートをくぐった。その瞬間吸い込まれたようにあっと言う間に姿が見えなくなった。エリスやカルムも同じように手の甲が光り、ゲートに消えて行った。
…ええっ!なに?!ちょっと怖いんですけどっ!
「よい旅を!」門兵が笑顔で手を振った。
「ありがとう!」お父さんも笑顔で返すと、ゲートに吸い込まれた。
…ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
すごいスピードの風にのって、上昇する。
おと、おと、おとーさん、私を離さないでよぉぉ
パニックである。風で目が開けられない。
長く感じたが、一瞬だったようだ。
ゲートを抜けると、カストンの街に着いた。カストン側でも手の甲を翳すと、街に入る許可をされた。
「さぁ、礼拝堂へ行くぞ!」
私が街の大きさに圧倒される間もなく、お父さんは羽ばたいた。
赤ちゃん編終わりませんでした。次で終わります。