幕間〜とある侍従の回想(1)〜
私はセレスティナ姫様の侍従、カインバルドと申します。姫様の秘書兼執事の様なことを努めております。
姫様との出会いは、彼此20年ほど遡ります。もちろん、当時の王様の第二王女であらせられる姫様の事は、以前から存じておりました。姫様が私を認識されたのが、20年前の貴族院入学の折でございました。
貴族院には10〜15歳くらいで入学し、5年で卒業致します。成人前なら入学可能でございますが、卒業と共に成人するのが一般的であり、子息で13歳、息女で11歳の方が多ございます。私も姫様も、例に漏れずその年齢での入学でございました。左様でございます。私は姫様より2つ程年上となります。
初めて間近でご尊顔を拝した際には、あまりの可憐さに、息を呑むほどでございました。まるで夜空を写したかの様な美しい濃紺の御髪と瞳。紛れもなく豊富で濃い魔力の証でございます。微笑むお顔は、夜空に浮かぶ月を思わせ、大変眩しくございました。
侯爵家の跡継ぎでもない、長兄の予備たる私でございましたが、幸いにも貴族の中において魔力量が豊富でございました。おかげ様で、姫様と同じクラスと相成りました。
ああ、説明を失念しておりました。貴族院では、魔力量でクラスが分かれます。王族だとて、魔力量が少なければ下級クラスとなるのです。だからといって、差別があるわけではございません。魔力量に合った扱いを学ばねば、命の危険がございます。魔力量が低くとも、補う魔術具がございますので、然程苦労はございません。あるに越したことはございませんが、こればかりは体質でございますので、シュラーリア様でも分かりますまい。
姫様は、大変優秀でございました。座学、実技共に学年で首席でいらっしゃいましたので、男女問わず憧れの的でございました。私も、同じクラスメイトと云うだけでございましたが、誇らしい心持ちが致しました。
誇らしく思っておりました。ええ、その時までは。
その日は、昼食前の座学ができた者から終わってよしの授業でございました。姫様は早々に終えて、教室を後にしておられました。私も、早く終えて、食堂へと向かっている所でございました。渡り廊下に差し掛かった辺りで、
「むふふふ」
と、よく分からない、音なのか声なのかが聞こえました。気のせいかと、通り過ぎようとした時に、また
「むふふふ。やったわ…うふふ」
どうやら、声だった模様です。興味を惹かれ、声のする方へ行ってみたのでございます。
そこには、高い草をかき分け、泥だらけの手で何かを掴んで頬ずりしながら不適に笑う姫様がいらっしゃったのです。
お恥ずかしながら、あまりの光景に絶句してしまいました。不浄な泥に顔を汚す王族など、考えられません。誰かに話したとて、信じてもらえないでしょう。
暫く頬ずりしていた姫様でしたが、私に気が付き慌てていらっしゃいました。
「あら、カインバルドではないの。何をしていらっしゃるの?」
澄ましたお顔で、平静を装っていらっしゃいますが、泥の付いた植物は隠せておりませんし、お顔も泥だらけにございます。
私は、吹き出しそうになるのを必死に堪えながら、ハンカチーフを、差し出しました。
「あら、有り難う存じますわ」
姫様は優雅にハンカチーフを受取り、お顔を拭われました。
…拭うどころか、拡がっております。私にお渡し下さい。ああ、濡らさねば無理ですね。
「…姫様、失礼を承知でもうしますが、お着替えあそばされた方が宜しいかと。侍女を呼びましょうか?」
「いえ、結構よ」
心なしか、お顔を赤くされて、翔んでゆかれました。あ、頬ずりまでしていた植物を忘れていらっしゃる。これは…
それは、沼端などに生える植物で、魔力凝固症に用いられます。栽培はできず希少な為、あまり研究も進んでおりません。
私は、その植物を掴んで姫様の後を追いました。姫様の部屋の手前で、
「み、みられた。どうしましょう。あれ程、お父様やお母様に気をつける様に言われていたのに。お姉様に知れたら…恐ろしいわ…お兄様に縋りましょう。お兄様なら…」
大きな柱の陰で、ブツブツと呟く姫様を見つけました。思わず、ぷっと吹き出してしまいました。
「?!?!」
姫様は、驚いて声も出ない様でございました。完璧な姫かと思っておりましたが、人間らしい所がございますのが親しみを覚えました。
「姫様、お忘れ物でございます。早々に湯浴みを。不敬罪が恐ろしいので、この光景は胸に仕舞っておきます」
それから、二日ほど経った日、勅命がございました。私が姫様直属の侍従に任命されたと。姫様の侍従に選ばれるなど、大変名誉な事でございます。長男でない私が伝手を頼ることなく、何の労もなく卒業前に職を得られるなど、大変有り難い事でございました。
…しかし、やはり何らかの力が働いたことは、想像に難くございません。ですが、無闇に藪を突いて、この職がご破算になっても困ります。飲み込む事に致しました。
数年後に、この事を姫様に尋ねた事がございます。何でも、泥だらけで真っ赤な顔をして自室に戻った姫様を心配した侍女が、上司に報告したとの事でございます。王様や王妃様からご指摘を受けた姫様が、観念して全て打ち明けたそうにございます。話を聞いた王様は、大層お笑いになり、
「ユニスヴェール侯爵の子息が、王族であったなら、嫁がせたものを」
と、宣われたそうにございます。ああ、ユニスヴェールとは、私の家名にございます。
神の子たる王族は貴族と交じることは叶いません。王族は親兄弟以外の王族か、他国の王族とのみ婚儀を結べます。貴族と恋仲になってしまった場合は、王族から席を抜かれ貴族に降嫁(婿)となり、例え離縁したとて、二度と王族に席が戻ることはございません。
このお話を伺った際に、貴族である事にどれ程安堵したことか。このお転婆姫を娶るなど、悪夢より恐ろしい事でございます。
王様は婚儀を結べぬのなら、侍従として側に置けとおっしゃられたそうにございます。陛下は、次女のお目付け役に目処がつき安心なされたのか、そのしばらく後、第一王子に王位を譲られました。
貴族院では、可能な限りお近くで侍りました。私になら素を出しても構わぬと、珍しい素材の収集に駆り出されました。
通常、王族の王女であれば、生まれて間もなく許婚がいらしてもおかしくございません。遅くとも貴族院の入学前には選ばれて然るべきでございます。ところが、体外的には才色兼備な第二王女であるのにも関わらず、姫様には婚儀を約束された殿方はおりませんでした。
最も、素の姫様をご存知であれば、お相手を探すのが難しい事は、納得できてございます。正直、卒業後間もなく行われた、兄である王の第一息女婚約の儀において、隣国の第三皇子から見初められるなど、誰が考えましょうや。しかも、パーティーの間に抜け出して、庭に生えていた珍しい草木を採取している所を気に入ったなどと…
…おかげで、私も隣国へ向かい、伯爵家の令嬢であるマリアネッタと出会えましてございますが。その事は感謝しております。
隣国でも、姫様のライフワークと言うべき研究が続けられ、順風満帆と思われました。しかし、たった10年で旦那様である、第三皇子が星になられるとは…
大変仲睦まじいご夫妻でございました。姫様は気丈に振る舞っていらっしゃいましたが、深い悲しみに包まれていらしたのが、私にはわかっておりました。
姫様はご息女とご子息と共に、アトワーフへ帰国され、再婚なさることなく、御遣い様となられました。御遣い様のお仕事と平行して、研究所も建設され所長を兼任なさいました。悲しみを振り切るかのように、お仕事に没頭されるお姿は、大変痛々しくございました。
アトワーフでの生活にも慣れ、忙しい日々を送る中で、姫様が在りし日の、面白いものを見つけた時の顔をされた日がごさいました。
「バルド!面白いものを見つけましたの!絶対に手に入れてみせますわ」
…その面白いものが、まさかあの方だとは
前話でセレスティナ先生が少し言っていたバルドの回想です。




