「「ふざけるな!!」」
作戦決行の朝。
俺は最初に落ちてきた落とし穴の底に来ていた。
明かりで周りを照らせば、確かに大量のスライムがそこには居た。
「お前たちもこれが済んだら地上に帰してやるからな」
「ぽよ?」
「いや、手助けはなくて大丈夫だ。浮気は良くないからな」
あいつらが「自分たちが居ないのを良いことに他所の子に手を出すなんて!!」とか言い出すとは思わないけど、やっぱり俺にはあのスライムじゃないとな。
じゃあなんでここに来たかというと、爺さん曰くここは元々井戸だったという情報を得たからだ。
明かりを上に向ければ、上に真っすぐ空洞が続いていることが分かる。
同時に穴の周囲はレンガのような石を積み上げた壁になっている。
つまり手を掛ける場所も足を掛ける場所も幾らでもある訳で、これはもう登るしかないだろうとなった。
登攀スキルは8まで上がってるからな。
スライムの補助が無くても余裕だ。
でも一応。
「万が一落ちてきたらフォローよろしくな」
「ぽよ!?」
不安げに俺を見上げてたスライムに一声掛けてから壁をよじ登り始める。
爺さん達は先に陽動を仕掛けているはずだから急がないと。
そうして30分ほど登ったところで天井にぶつかった。
この壁の向こうが教皇の部屋だろう。
壁に耳を当てれば教皇のどなり声が聞こえてきた。
『ええい、暴動はまだ鎮圧できんのか!!』
『お言葉ですが首謀者は病死したと言われていた前教皇様です。
その無事な姿を見て寝返る者も多数出ており現場は混乱の極みにあります。
やはりあのような政策は無理があったのです』
『うるさいっ。貴様、いつから私に意見できる立場になった』
『今現実を一番見ていないのはあなただ。
聖神教はもう終わりだ。
あなたが教皇についてからのお布施の増額で民心が離れていったのに何も手を打たず、今街がどうなっているかも分かっていない。
既に街は人っ子一人居ない廃墟だぞっ』
『ふんっ。天界への門を私が管理している限り最後に笑うのは私だ』
『……その天界への門がもう、彼らによって占拠されると言っているんだ!!』
『それを防ぐのが貴様らの仕事ではないか!!』
『…………』
『分かったらさっさと持ち場に戻って奴らの首を刎ねてこい』
『…………もういい』
『何?』
『やめだ。俺も向こうに付く。貴様なんかにこれ以上付き合っていられるか!!』
『貴様、裏切るのか!!』
『もともと俺は先々代に恩義があって残ってただけだからな』
『ふんっ。ならば死ねっ』
『なっ!?』
目の前でパカっと天井が開いた。
向こうからしたら床か。そして叫び声を上げながら落ちていく青年が1人。
下にはまだスライムたちが居るはずだから大丈夫だろう。
折角開けてくれたからな。この隙に上るか。
「よっと」
「ちっ、黙って落ちておけば良いものを戻って……き、貴様!?」
さっきの人が戻ってきたのかと思ったみたいだけど残念。
戻ってきたのは俺だ。
「やぁ。昨日振り、かな」
「貴様、生きていたのか……そうか!今回の騒動も全て貴様の差し金だな!!」
「いや、元々計画されてたみたいだぞ。俺はそれを数日早めたにすぎん」
「ふんっ。どうだかな。
だがこれで貴様さえ処理すれば良いことがはっきりしたな」
教皇はそう言うとバッと椅子の裏に回り、その後ろにあった扉から出ていった。
って、まさかこのタイミングで逃げるのか。
「逃がさないぞ」
俺の役目は教皇がおかしな行動を取らないように抑えることだからな。
慌てて教皇の後を追って扉をくぐると、バスケットコート程度の広さの部屋に出た。
教皇もこれ以上逃げる気が無いようで、部屋の向こう側で腕を組んで俺を見下している。
さて、戦場を変えたってことは新手の罠が仕掛けられているのか?
慎重に周囲を警戒していたら教皇から声が掛かった。
「ふんっ。安心せい。この部屋には罠はない。
代わりにあるのはこれだ!」
ぱちんっと教皇が指を鳴らすと入ってきた道が閉ざされ、天井の一部がキラリと光った。
あれは……カメラレンズ?
「この部屋は元々全世界に向けて神の言葉を届けるための部屋だ。
今からこの部屋で行われることは全世界に放送される。
そう。
貴様がスライム教の教主の地位から転げ落ち、私こそがすべての民とスライムの上に立つ者であることが証明されるのだ!!」
「そうか。無理だろうけど頑張れよ~」
高らかに宣言する教皇に対して投げやりな返事を返しておく。
別に俺は教主の地位に拘りがある訳じゃないからな。
代わってくれる奴が居るならいつでも変わるんだけど。
そんな俺の適当な態度が更に奴の気に障るかと思ったけど、意外と上から目線のままだった。
「ふんっ。馬鹿にしおって。そんな態度もこれを受けてもまだ取れるかな?ふんっ!!」
教皇が手を振った瞬間、足元に魔法陣が現れた。
慌てて飛びのいたけどピッタリ俺の下に付いてくる。
「無駄だ。それからは逃げられん」
強制イベント? なら少なくとも即死じゃないはず。
何が起きても大丈夫なようにガードを固めていたら、いっそう魔法陣が光ったかと思うとそのまま消えた。
ダメージとかは受けてないな。うん。
「あれ、なんともない? いったい何をしたんだ?」
「ふん。鈍いやつめ。
貴様の最も得意とするスキルや魔法を我がものとしたのよ」
「なんだって!?」
そう言えば爺さんもスキルを奪われたとか何とか言ってたな。
慌ててステータスを確認すると確かに召喚スキルが黒く塗りつぶされていた。
しかも横に簒奪状態って書いてあるんだけど……あれ?
「なぁ、今のスキルって教皇が使えて良いスキルなのか?」
「ふ、ふんっ。な、何のことかな」
あ、これは黒みたいだ。
封印じゃなく簒奪だからな。完全闇サイドのスキルだろう。
その証拠に目に見えて教皇が慌てている。
「とにかくだ。
スライム教の教主はスライムを召喚出来てこそだろう。
スライムを召喚出来なくなった貴様など、もうスライム教での立場はない。
そして!!
スライムを召喚出来るようになった私こそが新たなスライム教の教主なのだ!!
そこで絶望のまま見ているがいい。召喚『スライム』!!」
教皇が両手を広げ高らかに召喚魔法を唱える。
途端に現れ始める召喚の魔法陣。
まるで見せつけるようにじっくり時間を掛けて出来たそれからスライムが召喚された。
「ずらっ」
「ずら?」
あれ、若干声が違う?色合いもちょっと濁ってるような気がする。
だけど教皇にとってはどうでもいいみたいだ。
「見たか。全世界のスライム教の信者たちよ。
このとおりスライムは我が元に下った!
これはスライム教そのものが我が元に下ったことの証である。
よって今よりスライム教の教主は我が兼任する。
その最初の儀式として元スライム教の教主としてこの世界を混乱させたこの男を、スライムによって断罪するとしよう」
教皇がそう宣言するとスライム?が一歩前に出た。
その軽快な動きは確かに高レベルなスライムのそれだ。
感情の見えない瞳が俺に向けられる。
「スライム」
「……」
声を掛けても返事は返ってこない。
完全に心を閉ざされているようだ。
それを見た教皇は満足そうに頷いた。
「さぁやれ、スライム!」
「ずらっ」
教皇の指示でスライムが飛び掛かってくる。
まるでドッジボールの様に飛んできたスライムを横に跳んで避けた。
「スライム?」
「……」
振り向きながらもう一度声を掛けてみたけどやっぱり返事は無し。
壁にぶつかったスライムは跳ね返って再び真っすぐ飛んできた。
なので、今度はタイミングを合わせて蹴り上げる。
ぽんっと大した抵抗もなく飛んでいくスライムを茫然と見送る俺。
「スライム……」
「……」
放物線を描いて落ちてくるスライム。
地面に降り立つと同時に再び俺の方に飛んできたので、再度蹴り上げた。
まるでお遊びだな。
その様子に俺だけじゃなく教皇もイライラしていた。
「何をしているんだ! まったく。そんな男さっさと殺せ!
スキルがあるんだろ。スキルを使え、スキルを!!」
「ずらっ」
教皇の命令を受けて分裂スキルを使うスライム。
10個の野球ボールサイズに分裂したスライムが俺に殺到する。
余りの事に俺の視線が冷たくなっているのが分かる。
「スライム、それで本気か?」
「……」
俺はアイテムボックスから網を取り出してスライムに被せた。
ただそれだけでスライムの持つスキルの中でも優秀なはずの分裂スキルが、本当にそれだけで防げてしまった。
捕まったスライムは網から抜け出そうと色々なスキルを使って藻掻いていた。
粘着、刺突、毒、麻痺……延々と同じような動きをしている。
この状態からでもちゃんと考えれば抜け出すことは可能なんだけどな。
「……」
「ずら……」
「くそっ。一度戻れ!
まったく、なんだこの召喚スキルは。全然使えないじゃないか!」
網に捕まったスライムが消えた。
そして教皇はブツブツ言いながら再度召喚スキルを使い始めた。
うーん、今目の前で展開されている一連の光景は一体なんだろうか。
…………って。ああ、そうか!!
「教皇さ。もしかして奪えるスキルって1つだけなんだろ」
「ん?それがどうした」
「しかも元よりもある程度劣化した状態でしか使えないんだろ」
「だからどうしたというんだ!!
今スライムを使役できるのは貴様ではなく私だ。その事実は変わらん。
よし、ようやく再召喚出来たか。
今度こそやれ!」
「ずららっ」
再び突撃を仕掛けてくるスライム。
今のやりとりで、このスライムがこうなっている原因は分かった。
でもな。ほんと。
これを見てると心の底から怒りが湧いてくるな。
「ふざけるなよ、教皇」
「な、なんだ」
単調な攻撃、使いどころの誤ったスキル。
召喚にも異常に時間が掛かってるし、反応速度も悪い。
色艶も悪いし肌触りも光沢もいまいちだし声も濁ってるし、かわいくない!
「なにより許せないのはなぁ」
飛んできたスライムをバシッと受け止めながら教皇を睨みつける。
スライムは毒撃とかを使ってくるけど、俺には効かない。
そんな劣化スキルが効く訳が無い。
何が許せないってホントさ。
「俺のスライムが」
掴んだスライムを思いっきり振りかぶる。
教皇の顔の顔が驚きにゆがんだが知ったことか。
ふざけるなよ、まったく。
スライムってのはな……
「こんなに弱いはず無いだろうが!!!」
「なっ!?!?」
俺は全力でスライムを教皇に投げつけた。
光の弾丸となったスライムに吹き飛ばされる教皇はそのまま壁も突き破って消えていった。
後書きスライム掲示板:
No.1 通りすがりのスライム
すらっ。すらら。
No.2 通りすがりのスライム
すら?すららぁ。
No.3 通りすがりのスライム
すらっ……すらっ!!
……ザザッ……少しお待ちください……ザザッ……
No.4 通りすがりのスライム
マスターひとりで大丈夫かなぁ
No.5 通りすがりのスライム
僕たちのマスターがやられることなんてないよ
No.6 通りすがりのスライム
そっちの心配はしてないけど
また何か大変なことに巻き込まれに行ってそうで
No.7 通りすがりのスライム
あーそれは確かに。
なんて言ったっけ。引き寄せ体質?
No.8 通りすがりのスライム
主人公属性じゃなかった?
No.9 通りすがりのスライム
どっちでもいいけど、もし困ってたら
そばに居たいのに~~
No.10 通りすがりのスライム
この壁邪魔だね
壊しちゃう?
No.11 通りすがりのスライム
でも凄く硬いよ、これ。
僕たちが数体集まったくらいじゃビクともしないよ。
No.12 通りすがりのスライム
それなら、みんな呼ぼうか
No.13 通りすがりのスライム
みんな?
No.14 通りすがりのスライム
そう、みんな。
この近くにいるのは1000……2000……3000ちょっとかな
みんなも心配してるだろうし、呼んであげようよ
No.15 通りすがりのスライム
そうだね♪
それにみんなが居ればこの壁も壊せるかもしれないし。
No.16 通りすがりのスライム
あ、あれ??
マスターの気配が地上から消えちゃったよ!!
No.17 通りすがりのスライム
どういうこと!?
異界に行ったとかじゃなく?
No.18 通りすがりのスライム
うーん……あっ。
地下に居るみたい。
でも地下って知覚しにくいんだよね~
No.19 通りすがりのスライム
うぅぅ~もどかしいよ~
やっぱり絶対なにかに巻き込まれてるよ~~
No.20 通りすがりのスライム
ん?いまなんかザワってしたんだけど、これなんて言うんだっけ?
No.21 通りすがりのスライム
えっと、これは確か……『他の女の匂いがする』って奴かな
No.22 通りすがりのスライム
多分地下に居た子がマスターを手助けしてくれたんじゃないかな
No.23 通りすがりのスライム
うん、そうだと思う。
あとでお礼言いに行こうね~
No.24 通りすがりのスライム
そうだね~~
No.25 通りすがりのスライム
……うーん、マスターまだかなぁ
No.26 通りすがりのスライム
あっ、地上に戻ってきたみたい!!
No.27 通りすがりのスライム
元気そうだね、良かった~
No.28 通りすがりのスライム
!!!!??
No.29 通りすがりのスライム
なにこれなにこれ!!
No.30 通りすがりのスライム
わかんない。
わかんないけど緊急事態だよ!!
No.31 通りすがりのスライム
うわっ。
なんかものすごく気持ち悪い気配がする。
No.32 通りすがりのスライム
あれを見て!
マスターが映ってる!!
No.33 通りすがりのスライム
ほんとうだ。
それとあの子は何!?
No.34 通りすがりのスライム
あんなの……
あんなの、違うよ!!
No.35 通りすがりのスライム
あんなのがマスターのスライムなんてひどい侮辱だ
No.36 通りすがりのスライム
そうだそうだ!
僕たちがあんな弱いはずがないじゃないか!!
No.37 通りすがりのスライム
みんな!
こんな壁ぶち壊してマスターを助けに行くよ!!!
No.38 通りすがりのスライム
おお!!
No.39 通りすがりのスライム
やるぞーー!!
No.40 通りすがりのスライム
待っててねマスター!!
すぐ行くからね!




