スライムさん最強説
後書き掲示板を表に持ってきたような回です。
その日、世界中の人達が街の広場に集まり、そこに映し出された光景に釘付けになっていた。
<ワールドアナウンス
本日10:00より、スライム教国VSクラン【バイキング】のクランバトルを開始します。
バトルの様子は完全生放送にて皆様に提供致しますが、公正を期すためにバトル終了まで一切バトル参加者との連絡は取れなくなります。
なお、バトル終了まで他のプレイヤーは戦場フィールド内に入れませんのでご注意ください>
1時間前にプレイヤーに通知されたその内容は、預言という形で現地住民たちにも知られるところとなった。
その為、一部の街の広場ではスライム教の信者で埋め尽くされる場所もあったようだ。
また同時に、このクランバトルが起きた経緯も周知される。
「バイキングの奴ら、居ない居ないと思ったらそんなことしてたのか」
「島の住民全員を強制的に奴隷化って完全に侵略者だな」
「隷属の首輪を自作出来るようになったことだけは評価するけど、犯罪に使っちゃだめだろ」
「いま公式の賞金首リストに【バイキング】クランの全員が載ったぞ」
「仕事が早いな。この異常な早さは運営も一枚咬んでるかもしれないな」
そんな会話が各所で飛び交っていた。
そしてまた、
「スライム教国って、あれ?いつの間にか国になってたの?」
「いや、広場の掲示板に掲載されてたじゃん」
「複数の国家が正式に認める署名付きだったな」
「あれ?じゃあ昨日バイキングの奴らが言ってたジャパング(笑)は?」
「それはあいつらが勝手に名乗ってただけ。多分どこも認めて無いからこの世界的には無効だったはず」
「つまり既に教主様は世界に認められたということだな」
そして10:00になると、どの広場も一瞬、沈黙に支配された。
同時に膝をつき手を組み祈りを捧げる人が多数。
その全員の頭に一つの単語が浮かび上がる。
『神罰』
そう、まさにそれは神の怒りを買ったものに与えられる罰だった。
空は黒く染まり、海は怒り狂い、そして大地が塗りつぶされていった。
「これがたった1人のプレイヤーが起こした現象だというのか」
「ひでぇ。砦が粘土細工のように一瞬で崩れ落ちていくぞ」
「落ちてきたのって、スライム、だよな?」
「あ、ああ。動きがヤバいけどな。見た目は、スライムだな」
「うわっ。3次職の奴らがほとんど何も出来ずにタコ殴りにされてる」
「1人につき10体。武器破壊に前後左右上下から一斉攻撃」
「えげつねぇ」
「全周囲バリヤーに張り付いてじわじわ浸食。中の奴、涙目だ」
「傷口が紫になってる。毒だなあれは」
「ってか、あれであいつら良く死なないな」
画面の向こうではプレイヤー達がスライムに囲まれ、武器を奪われ、手足を砕かれ、繰り返し吹き飛ばさる光景が映し出されていた。
しかし不思議な事にどの場面でもプレイヤー達にとどめを差すことは無く、むしろ敢えて逃げ道を与えていることが見て取れる。
もっとも。実際に襲撃を受けている奴らがそれに気付くほどの余裕があるとは思えないが。
スライム達は逃げ出したプレイヤーを追う事はなかった。
代わりに道中に降り立ったスライム達によって石が投げられ吹き飛ばされ、休む間は与えられなかった。
そして敗残兵よろしくズタボロになったプレイヤー達が東の海岸に辿り着く。
観ている人達からは当然、岩陰に隠れている村人も見えている。
「よしそこだ」
「いまこそ恨みを晴らすチャンスだ」
「そんな奴らぶっ殺せ!」
そんな罵声も各所であがる。
だがしかし。村人は誰一人飛び出すことはなく、段々彼らの表情から怒りが薄れていくのが見て取れた。
「まさか……許すっていうのか」
「あいつら鬼人族なのに優しすぎだろ」
「いやでもこれで良かったのかもな」
「ああ、憎しみのまま殺してたら、彼らの心に暗い影を残すことになってたかも」
「スライムさん達、そこまで分かっててギリギリの状態で送り出したってことなのか」
一方、本丸とも言える要塞の様子も映し出される。
最初は強固な要塞に見えたそれも、スライム達によってあっさりと壁が切り崩されていった。
「なぁ。切断面、随分きれいじゃないか?」
「あ、それ俺も思った。まるで切ったみたいにスパっといったよな」
「あの丸い体でどうやって……」
「見ろっ。今身体の一部が薄くなった。そして回転したかと思ったら豆腐を切るかのようにあっさりと」
「これじゃ籠城の意味が無いな。壁ごとプレイヤーが切り飛ばされてるし」
「既に1階部分の風通しが物凄く良くなってる」
「なんであれで崩れないんだ?」
「良く見ると要所だけちゃんと残してる。まさかそこまで計算してるのか」
「2階に取り残された奴ら涙目だ」
「階段があった場所にいつの間にか剣山が作られてるし、逃走不可」
戦争開始から20分。
たったそれだけの時間で強固に見えた要塞は崩壊寸前に追い込まれていた。
そして時間的にはその少し前。
新光鳥に乗って島を一回りしたシュージが要塞中央の最も高い階層へと突撃を仕掛けていた。
「おおぉ。とうとう大将同士の直接対決!!」
「てか、わざわざ自分で行く必要なかったんじゃ」
「いやぁ、それだと向こうも納得できないんじゃない?」
「それもそうか。もう全部スライムさんがやっちゃってる感じだしな」
「むしろ教主居なくても」
「いや、あのスライムさんを従えてるんだぞ?
もしかしたら化け物並みに強いという可能性もある」
対面したシュージが必死に笑いをこらえてぼそっと呟いた声はしっかり拾われていた。
『5レンジャー(笑)だな』
「ぐふっ」
「5レンジャー(笑)。確かに」
「5レンジャー(笑)。いいねそれ」
「5レンジャー(笑)。今度見かけたらそう呼んでやろう」
クライマックスが台無しである。
傍から見たら3次職5人 VS 1次職1人。
普通に考えれば後者に勝ち目はない。そのはずだが、見る者全ての共通認識はどちらが勝つか、ではなくどうやって勝つか、それだけだった。
そして程なくしてそれは示された。
「あ、投げた」
「ああ。投げたな」
「下に『時速320km』って出てるんだけど?」
「運営楽しんでるな」
「ボウガンの初速並みに早いって、どんな肩してるんだよ教主」
「今ので魔法使いが怖気づいてる。というか、あ~あれ。リアルで漏らしてるんじゃね?」
「あり得る。すぐ後ろでドゴッって凄い爆砕音したし普通にビビる。
そしてあの速度で投げられたスライムさんは無事だ。崩れた壁からこっそり出てきて魔法使いの背後を取ってやがる」
「という事は外したのもわざとか」
「当然だな」
スライム投げに驚く面々だったが、すぐにそれは序の口でしかないことを悟ることになった。
「……は? 今度は飛んできた矢を掴んだぞ?」
「『神弓』って3次弓の速度重視のスキルだよな」
「さらに爆裂矢の爆発もガードしてる。というか、あれ食らっても死なないのかスライムさんって」
「それよりさ。教主さっきから何匹スライムさん召喚してるの?」
「言われてみれば。再召喚時間とか無視?」
「あぁ、それは多分『高速召喚』ってスキルのお陰じゃないかな。
レベルカンストで再召喚時間半減だから」
「スライムさんの再召喚時間って1秒無いから。ほぼノータイムで召喚しまくれる」
「でもこの同時召喚数は異常。外のスライムも含めれば多重召喚LV10は超えてる?
俺も召喚士だけど多重召喚なんてやっとLV3になったところだ。もしかしたらスライムさん特有かもしれないな」
「あ、こけた」
「こけたな」
「いやまて。あいつらの足元にスライムさんがくっ付ている」
「いつの間に。あれで足を床に釘付けにしたんだな」
「そして当たり前のように関節技を極めに行くスライムさんって」
「あ~あれ、教会でやられたことあるわ」
「俺がやられた時は、あのまま麻痺と毒の状態異常になって段々目の前が暗くなっていったな」
「うわぁぁぁ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「……なんかすまん」
どうやらトラウマを植え付けられた者たちが多数混じっていたようで、混乱が伝播したところもあるとか。
そしてとうとう大将同士の直接対決。
「あれでバイキングのクランマスターもトップ攻略メンバーだからな」
「ああ、油断さえしてなければ普通に強い、はず」
「それ言ったら他の4人もそうだけどな」
「……言われてみれば」
そう言っているそばから画面が炎に染まる。
もう見ている人達にまで熱が伝わってきそうだ。
「おぉ、しょっぱなから広域範囲攻撃!!」
「これは流石に教主もただでは……済むのか」
「後ろで他の仲間が焼かれてる」
「ちゃっかりスライムさん達はあいつらの影に隠れてるし」
「そしてオダの必殺技が連続で炸裂!!」
「なんか教主すっげぇ余裕そうなんだけど。あれ本当に1次職か?」
「っ。ふみこんだ!」
「はえぇ!!」
「アッパーカット決まった!!これはダウンか!?」
「いや、空中ホールドだ。いつの間にか後ろにもスライムさんが配置されてて前後から空中コンボの滅多打ち」
「やめて、ボスの体力はもうゼロよ!?」
「……いや、ギリ残ってる、というか残してるっぽい」
「回復薬掛けながらの無限サンドバッグ。普通あそこまでしない」
「しかも敢えて顔面を狙ってる節も見受けられるな」
「冷静に見えてたけど、実は教主すっごい怒ってたとか?」
「あ、あり得る」
「あ、捨てた。って、あれ? そこで帰るの?」
5レンジャー(笑)に背を向けて壁の穴から外に出るシュージ。
次の瞬間、ジェンガが崩れるかのように崩落する要塞に誰もが開けた口を塞げなくなっていた。
もう要塞のあった場所には瓦礫しか残っていなかった。
シュージはもうもうと立ち昇る土煙が晴れるのを待たずに東へ飛び、村人たちとの合流を果たしていた。
しかし観客たちはそのまま映し出される要塞跡をじっと見ていた。
「教主、詰めが甘いよ」
ぼそっと誰かが呟いた。
それが聞こえた訳じゃないだろう。
瓦礫の一部が動くとそこから這い出すようにオダが姿を現した。
「あれで生きてるって凄い執念だな」
「ああ。しかしあの状態でどこに向かってるんだ?」
「方角的には西だけど、あっちって特に何もなかったよな」
……
…………
「すげぇ。海岸に辿り着いた」
「執念の為せる業。さっきから漏れ聞こえる呪詛がやべぇ」
「あ、見ろ。あんなところに船を隠してた」
「あれで一人逃げるつもりか。確かに西に逃げればまだプレイヤーは誰も居ないだろうしな」
ちょうど船が島を離れた所でそちらの放送は途切れた。
「復讐を誓ったオダがいつか第七天魔王となって帰って……あれ、なんか今見えなかった?」
「最後、海の向こうに影があったような……」
「それより東側。逃げたあいつらの船が大爆発」
「この戦いの最後を飾るにはふさわしい送り火ね」
そうして燃える船の影をバックに放送は終了した。
皆の胸に残る共通の思いは『スライム教国やべぇ』だったという。
某所
木造の廊下に若い女性の声が響き渡った。
「左将軍!兵の準備はどうなっておる!?」
「はっ。先遣隊200名が正午には出立する予定です。
その後、本隊1000名が明朝出立出来る見込みです」
それに答えたのは40過ぎの白髪の男性だ。
それを聞いてため息をついたのは最初の女性。
年のころは20歳に満たない頃か。服装と立ち位置からして将軍より上の立場のようだ。
将軍の話を聞いて顔をしかめた。
「ではかの地に着くのは早くて夕方か」
「そうなります。賊は東の大陸から来たという話。
海戦の経験は少ないと思われます。夜戦であればなおさら」
「ふむ。むしろ好都合ということか。
しかし小さな子供たちが人質に取られたと聞く。
作戦は神速を尊ぶぞ」
「はっ、心得ております」
「皆無事であればよいが」
そう言って東の海を挟んだ地を見やる。
彼女は、あの島には小さい頃に何度も遊びに行った記憶があった。
脳裏には世話になった村人たちの顔が浮かんでは消えていく。
「くっ。こうしてはおれん。やはり私自ら乗り込むぞ」
「なりませんぞ姫。
今こちらの島に流れ着いた大量のゴミと、共に流れてくる謎のスライム。
これらもポンシュ島を襲撃した者たちの差し金かもしれません。
せめてこれらの意図が分かるまで、姫はここに留まりください」
今にも飛び出そうとする姫をなんとか抑える将軍。
その元に1羽の鳥が降り立った。
足には紙が括り付けられている。
「伝書か。どれ……ほう。なるほど。
喜べ将軍。スライムの正体が分かったぞ」
「本当でございますか!?」
「ああ。これを読んでみろ。イナホ島からだ。
あのスライムは賊とは無関係だそうだ。
どうやら海の掃除の為に派遣された使い魔らしい」
「……なるほど。
確かに海上や浜に辿り着いたゴミを食べ続けているという報告があります」
「馬鹿者!なぜそれを先に言わん!!」
「人を襲わないという保証は無かったもので」
「もうよい。
これで後顧の憂いは無くなった。私も出るぞ!!」
「お、おおおまちください、姫!
せめて先遣隊により敵の戦力を確認したうえで。ひめ~~~」
ドタバタと走り去っていく二人を他の従者たちは「いってらっしゃいませ~」とのんきに見送った。




