秘密の花園へようこそ
後書きだけで1話作っても良いんじゃないかと思う今日この頃。え、今更?
ダンジョンに入った俺を待っていたのは、リアルの生垣の迷路よりも富士の樹海に近いものだった。
生垣の壁はそのままに、高さ10メートルを超える巨木がそこかしこに生え、太陽の日差しを遮っている為に日中なのに薄暗い。
更には足元には根が張り出している為、気を付けないと転びかねない。
これは魔物が出ないとは言っても周囲を気にせずに散歩とは行かないな。
かと言っても、警戒しすぎると長丁場を越える前に気疲れでへたり込むことになるだろう。
「さて。正しい道順の判別方法があるとは聞いてたけど、簡単に分かるとは思えないしな。
俺は俺の得意分野で攻略するか。
行こう、スライム」
「「すらっ」」
俺は最初の分岐に来たところで立ち止まるとスライム達を両方の道に先行させた。
そしてその先で見つかった分岐で更に人数を半分ずつに分けて全ての分岐を進ませていく。
早いところだと2つ曲がったところで行き止まりになるので、引き返して反対のルートに合流してもらう。
そうしていくと右側の分岐に進んだスライム達が全てのルートで行き止まりになった。
「ふむ。右はアウトか」
さて、左の道に進む前に左右の道の違いを考えてみるか。
道幅は……ほぼ違いはない。
壁の様子は? これも大した違いはないな。植物に詳しい人なら何か見つけられるかもしれないけど、俺には無理だ。
あとは地面の様子も脇に生えている草も特に違いは無し、か。
まぁそんなに簡単には分からないか。
ならとにかく進もう。
そうして15か所めの分岐を曲がったところでダンジョンの様子が変化した。
より辺りは暗くなり、さっきまでは足場が悪いとはいえ平らな地面だったのに、この先は坂道やトンネルなども出てきた。
またただの行きどまりではなく道がループしていたり、穴に落ちた先に道が繋がっていたりする。
また先行しているスライムが光に変えられる事が出てきたので、行き止まりの罠も用意され始めた。
ここから先は闇雲にスライムを進ませるだけだと正解のルートを見つけるまでにかなりの時間が掛かるな。
既にここで3時間足止めをくらったままだ。
それなら改めて正解ルートとそれ以外の違いについて考えよう。
先に挙げた項目については何度も確認してきたけど違いらしい違いは無かった。
他に見落としている点はなんだ?
そう言えば伯爵は、伯爵家に伝わる攻略法は「教えても使えない」と言っていた。
それは異界の住人には使えない、というよりも、伯爵家の人間にしか使えないというニュアンスだった。
伯爵家の特徴と言えば、虫系の獣人であることか。
虫と言えば……
誘蛾灯のように光に引き寄せられるとかかな。
なら人の目には見えない紫外線や赤外線が放射されているとか?
うーん、あり得なくはないか。
続いて、花の匂いに惹かれたり、もしくは汗の臭いに惹かれたり、ってそれは蚊か。
でもこれも人の鼻では嗅ぎ分けられない微量な臭いとかあるかもしれない。
あれ? そういえばスライムって臭いとか分かるのかな。鼻は無さそうだけど。
「なぁ、お前達って臭いとか嗅ぎ分けられるのか?」
「すらっ」
おぉ、分かるらしい。
流石ファンタジー。感覚器官なんて無くても何とかなるようだ。
「じゃあ、例えば目の前の分岐の中で、花の匂いやリンゴの臭いがするルートがどれか分かるか?」
「すら……」
それぞれのルートを交互に行ったり来たりするスライム。
しかし明確に「これ!」というのは無いようだ。
うーんダメか。
そう思った時。残っていた別のスライムの所に来たところで大きく反応した。
「すらっ!!」
「は? スライムからリンゴの臭いがする?」
なんだそれは?
そりゃ今日に至るまで何度かスライムにリンゴも食べさせてたけど、別の個体のはずだし、臭いが今も残ってるっていうのは変な話だ。
でもスライムは嘘をつく筈がないから、確かに臭うのだろう。
……あ、そうか!
以前のイベントのボスドロップ。あれを確かスライムに与えていたな。
あの時はただ食べたというより、取り込んだっていうのに近い状態だった。
だからスライムの体からリンゴの臭いがするのか。
でまぁ、全てのルートにスライムが先行しているからどのルートからもリンゴの臭いはすると。
「よし、スライム達、一旦集合だ。先に進んでるやつは撤収な」
「「すらっ」」
「方針を変更する。これまで虱潰しにルートを調べて貰ったけど、複雑になったのと1本1本が長くなったからな。
このままやってもゴールは見つかるとは思うけど時間が掛かり過ぎる。
なので、まずは通路から皆の臭いが無くなるまで待った後、改めて臭いをチェックすることにする」
「「すらっ!」」
「1時間くらい待てば良いだろう。
その間に皆も休憩しながら何か見落とした点が無いか考えてみてくれ」
「「すらら」」
スライム達がのんびりしている姿を眺めながら俺は俺で考えてみる。
とは言っても一度頭をリセットした方が良いか。
ならお茶でも入れて一服しよう。
そう思って携帯コンロを取り出してお湯を沸かす。
……あれ、こんなことしてたらまた臭いをまき散らす事になるか?
まぁリンゴ系の臭いじゃなければ良いよな。
今回は煎茶にしてみよう。
茶請けは……あ、団子とどら焼きがあったな。
「スライム達も食べるか?」
「すらっ」
「団子とどら焼き、どっちがいい?」
「す……すらっ」
団子の方が良いらしい。
絵面的にミニミニスライムを食べるスライムの図だ。
ちょっと面白い。
その姿にほっこりしている俺の目の前をお茶の湯気がスーッと流れていく。
ん?流れる先は迷路の入口側だ。
という事はこの風は出口側から流れてきている?
そもそも臭いが流れてくるとしたらそれは風に乗ってか。
なら風の流れてくる元、それもリンゴの臭いを運んでくる風を選んで追っていけば行けるかもしれない。
「試してみる価値はあるか」
「すらっ」
「ん?まぁそうだな。まずはゆっくりお茶を楽しむか」
そうして小一時間後。
「よし。では改めて出発だ」
「すらっ」
「今回はおまえの嗅覚と肌感覚が頼りだからな。頼んだぞ!」
「すらっ!!」
元気よく返事をしたスライムは真剣な表情で通路の先に目を凝らした。
「……すらっ!」
「よし、行くぞ」
こっちだと力強く跳ねるスライムを追って迷路を突き進む。
これでダメだったら改めて1からやり直そう。
万が一の場合はスライムが居るから帰り道も分かるしな。
気楽に行こう。
そうして何度も分岐を曲がり、似たようなトンネルを何度か抜け、日が暮れかけた頃。
唐突に俺達の視界が開けた。
「どうやらここがゴールだな」
「すらっ」
広場の中央には巨大な樹木が1つ。
青々と茂る枝には真っ赤なリンゴが幾つも生っていた。
『よくぞ試練の迷宮を踏破してきた。異界の冒険者よ。
我は英知を司るユグド』
おぉ。目の前の木が喋ったよ。
特に人面樹って訳じゃないんだけどな。
『冒険者よ。まずは名を聞こうか』
「シュージだ」
『ではシュージよ。
我が問いかけに答えよ。さすれば汝の望みを叶えよう』
まるでスフィンクスだな。
なんて俺の感想を無視して話を続ける。
『よく聞け。我はこの地における至高の存在へと至った。
そこでだ。この先の我の道を示してみせよ』
……は?
道を示せって、どっちに行けばいいか困ってるから教えてってことか。
「えっと……ユグドよ。お前、あほなのか?」
『なんだと!?』
ダンジョン全体がユグドの怒りに合わせて揺れ動く。
地面から木の根が槍のように突き出し、俺をロックオンする。
その様子を見ながら俺は慌てる事無く言葉をつづけた。
「まぁ待て。言葉が足りなかったな。
俺の世界にこんな言葉がある。『井の中の蛙大海を知らず』ってな。
自分で至高だと言っておきながら他者に道を尋ねる。
本当に至高ならそんなことをしなくても道ぐらい自分で分かるだろう。
というか、そんなことは分かってるよな。
だからそんな言い回しを敢えてしたんだ」
『……なにを言っている』
「なら聞くが、なぜ『この地における』なんて言ったんだ?
それはこの地以外では至高でもなんでもないかもしれないと自分で分かっているんだろう?」
『…………』
「今のままだとお前はうちのスライム以下に成り下がるぞ。
うちのスライムは日々進歩してるからな。
成長性という意味ではスライムの圧勝だ。近い将来、あらゆる面でお前を抜くぞ」
『ふざけたことをッ』
「俺に言われて怒りを覚えるって事は、やっぱり自分でも痛いところを突かれたと思ってるんだよな。
そうでなければ『この馬鹿な人間は何見当はずれな事言ってるんだ』って鼻で笑って終わりのはずだからな」
『ぐッ』
俺を狙っていた周囲の根は力なく垂れ落ちていく。
その姿がユグドの心をそのまま表しているようだ。
『……我は、どうすれば良いのだ』
「逆に聞くがどうしたいんだ?
今のままこの地でふんぞり返っていたいなら、そのままで居ればいい」
『否だ。思考の停止は存在の死と同義。何か手を打たねばと思うもののここで出来ることはし尽くした』
「なら俺から出来る提案はここから出れば良いんじゃないかってだけだな。
まぁそれだけだと無責任だから行き先の提案と多少の面倒くらいは見れるが」
『……その話、詳しく聞こう』
「この地の東側に死の大地と呼ばれる場所があるのは知ってるよな。
そこにある俺の拠点の傍なら土地は余っているし、ここには無い刺激であふれているからな。
今のユグドにも良いカンフル剤になるだろう」
『死の大地だと!?そんなところに行ったら殺されるのがオチだ』
「そこは俺がサポートするさ。それに安全ばかり求めていては成長は見込めないのは確かだぞ」
『……………………分かった。だが保険は残させてもらおう』
「そうだな。それくらいが丁度良いだろう」
そうして話がまとまった所で、ユグドの根元に近い太い枝がバキバキと折れて地面に落ちた。
『その枝を持って行ってくれ。我の分魂が籠められている』
「分かった。ではこれを向こうに植えてくるとしよう」
回収すれば無事にアイテムボックスに入ったので、全部収納していく。
「じゃあな。また結果を報告しに来た方が良いか?」
『それは不要だ。我と分魂は常に繋がっている』
「そうか」
『入口まで送ろう。よろしく頼んだぞ』
その言葉を最後に、俺はダンジョンの外へと転送された。
そこにはずっと俺の帰りを待っていたらしいコンディさんが居た。
「シュージ様!」
「ただいま帰りました」
「はい。お帰りなさいませ」
そうして俺はコンディさんを連れて伯爵邸へと戻ったのだった。
一方、イニトの街にて。
かつてスラムの一角にあったおんぼろ教会。
今では教会を通り越して聖堂と呼んだ方がしっくりくる荘厳な佇まいの礼拝堂でシスター・ローラは毎朝の日課の祈りを捧げていた。
「神よ。シュージ様にどうかご加護を」
コツコツっ
静かな礼拝堂に来訪を告げる足音が小さく響く。
「この前来た時より一段と立派になったわね」
「エリーゼさん。ようこそ、いらっしゃいました」
「お祈りの邪魔をしてしまったかしら?」
「いえ、大丈夫です」
入ってきた冒険者ギルドの受付嬢エリーゼを迎え入れるローラ。
ここ最近、エリーゼは事ある毎に教会の様子を見に来ているので二人は仲が良い。
「お茶をお入れしますね」
「ええ、ありがとう」
「それで? こんな朝早くにいらっしゃるのは珍しいですが、何かありました?」
「ちょっとね。大した事じゃないんだけど。
王都にある転移門が数百年ぶりに開通したそうよ」
「それ、かなり大事じゃないですか」
「まぁね。王都ではお祭り騒ぎだったそうよ。
言ってもこの街に居る私たちにとって、そこはそれほど生活に影響が出る話じゃないのよ」
「そこは、というと他にもなにか?」
そう尋ねるローラに対し、エリーゼは一口お茶を飲んでからこういった。
「落ち着いて聞いてね。
どうもその門の開通にシュージさんが関係しているそうなのよ」
「!!?」
思わずカップを落としそうになるものの寸前で何とか堪えた。
「シュージ様はお元気なのね?」
「少なくとも転移門が開通する際に、魔族領の王都に居たのは間違いないわね」
「そう、良かった」
「それにしても、魔族領行の行商の護衛依頼を紹介したのは私だけど、何をどうしたらそんなことになるのかしらね」
「それは、シュージ様だもの。
この教会を救って下さった時もまるで散歩するかのように気負うことなくやってしまわれたわ。
今もこうして穏やかに過ごしていられるのも全てシュージ様のお陰だもの」
夢見る乙女のようなその姿にエリーゼは小さくため息をついた。
こうしてお茶をしていると3回に1回はシュージの惚気話になるのだ。
教会を救った時の話などもう10回は聞いている。
そんなローラにちょっぴり意地悪をしたくなった。
「でもそんなシュージさんなら向こうでもモテモテでしょうね」
「えっ?」
「素敵な女性を見つけて、向こうで暮らす、なんて言いだしたりして」
「……まさか」
「わっかんないわよ~。外国の異性は5割増しで魅力的に見える、なんて言うしね。
それに彼、お人よしだから。向こうから頼みこまれたら『仕方ないな』って言いながらOKしちゃいそうだし、もしかしたら」
バタンッ
エリーゼの言葉を遮る様にローラが立ち上がった。
そしてエリーゼが声を掛ける暇もなく部屋を飛び出していった。
すぐさまローラの声が廊下に響き渡る。
「ジョン!ミーニー!みんなも今いいかしら」
「どうしたんだ? シスター、そんなに慌てて」
「お姉ちゃん、何かあったの?」
集まった子供たちはローラの様子からただ事ではないと察して緊張した面持ちだ。
そんな子供たちを見渡して、ひとつ深呼吸をして落ち着いてからローラは話始めた。
「みんなよく聞いて。
私はこれから急ぎ王都に行かねばならなくなりました。
恐らく数日は帰って来れないでしょう。
だから私が居ない間、この教会をお願いね。
ジョンはみんなのお兄さんだから、スライムと一緒にみんなを守ってあげて」
「お、おう。まかせとけよ」
「教会の運営はミーニー、出来るわね?」
「うん。ずっとお姉ちゃんのやってたことは見てたから大丈夫!」
「ほかの皆も二人を手伝ってあげてね」
「「うんっ」」
ローラはみんなの頭を優しく撫でた後、教会の外へと向かった。
「クディ、お願いがあるの。私を王都まで乗せていってくれないかしら」
「クディーーッ」
普段は教会の屋根で日向ぼっこをしている新光鳥のクディがローラの声を聞いて、そのそばへと舞い降りて身をかがめる。
「クディー」
「ありがとう、お願いね。
それじゃあみんな、行ってきます!」
見送りに出てきた子供たちに手を振って、クディに乗ったローラは教会から飛び立った。
ローラたちを見送ったジョンがポツリと呟いた。
「シスター何しに行ったんだろうな」
それに答えたのは普段、一番ローラのそばで頑張っていたミーニーだった。
「あら、決まってるじゃない。女の戦いに行ったのよ」
「は?なんだそれ」
「男の子には分からないわ。
さぁ、私たちはお姉ちゃん達が帰ってくるまで、しっかり教会を守るわよ」
「あ、おい。ちょっと待てよ」
教会の中に戻るミーニーを慌てて追いかけるジョン。
その姿を見ながらエリーゼは苦笑いを浮かべるのだった。




