奉公に出した娘が男を連れて帰ってきた
2週間前の構想段階ではデルモント家のデの字も無かったんですけどね。
どこをどうしたらこんなルートになったのか。
小説は現実よりも奇なり、ですね。
女性の準備は時間が掛かる&仕事の引き継ぎの為、出発は明後日の朝になった。
まぁ、里帰りと言っても俺(使者)が向かうのだから先触れなり準備なりが向こうにも要るのだろう。
俺も買い物とかしたかったし丁度いいと言えばその通りだ。
そして当日の朝。
王城の中庭に設置された転移門前に集合した。
街の転移門じゃないの?って一瞬考えたけど、転移門の中央には先日渡した魔石がはまっているのが見えることから、ちゃんと約束通り魔石を活用してるってのを見せたかったんだろう。
魔王様自らが見送りに来ているから間違いない。
「それでは陛下。行って参ります」
「うむ。彼の事をよろしく頼んだ」
「はい」
「シュージも、見事、死の大地との良好な関係を盤石なものにしてきてほしい」
「お任せください。万が一これが上手くいかなくても他の手を講じるだけですから」
「うむ、期待しておるぞ」
「ええ。ではコンディさん」
「はい、お手を失礼しますね」
デルモント領都の転移門を俺は登録していないのでコンディさんに送ってもらうために手を繋ぐ。
そして挨拶を済ませ転移門を起動してもらえば、無事に俺たちはデルモント領へと転移していった。
転移先には送迎用の馬車が待機しており、その前には老執事が立っていた。
老執事は俺達の姿を認めると静かに近づいてきて礼をした。
うーん、一分の隙も無い見事な所作だ。思わずセバスチャンとか呼んでしまいそうだな。
「おかえりなさいませ。コンディお嬢様」
「ただいま戻りました。爺や」
「して、隣にいる方が?」
「はい。お伝えしていたシュージ様です」
「ほうそうでしたか」
和やかに挨拶を交わしていたコンディさんと爺やさんだったが、こちらを見た爺やさんからは殺気にも似た視線が飛んできた。
「ようこそ、デルモント領へ。シュージ様。
大したおもてなしは出来ないかもしれませんが、我々はあなた様を歓迎いたしますぞ」
「ご丁寧にありがとうございます。よろしくお願いします」
何だろう。言葉は穏やかなのに緊張が止まらないというか。
もしかして大事な娘に付いた害虫と思われてる?
と、その爺やさんの視線がふと地面に釘付けになった。
「すらっ?」
「こっ、こちらのスライムは?」
「あ、それは俺の召喚獣です。もしかして従魔を街中で出しておくのは問題ありますか?」
「いえいえ。あばれでもしない限りは大丈夫でございます。
しかし不思議ですな。シュージ様のスライムは大変色艶がよろしゅうございます」
そう言って爺やさんはスライムに手を差し出す。
スライムは一度俺の様子を窺った後、その手の上に飛び乗った。
「ほほぉ。実によい触り心地で。
柔らかな中にもしっかりとした芯がある。
この触り心地、まるで若かりし頃の……」
顔を綻ばせる爺やさん。どんだけスライムが好きなんだ。
でもこのおかげでさっきまでの張りつめた空気は無くなっていた。
世の中何が功を奏すか分からないものだな。
「ごほんっ。失礼致しました。
どうぞ馬車へ。領主館へとご案内いたします」
最後何言いかけた爺さん。
まぁ聞かなかったことにしてあげるべきか。
スライムも意外なところで役に立ったな。
そうして程なくして馬車は領主館へと到着した。
馬車を降りて案内されるままに玄関扉の前へ。
自動扉のように触れることなく開いた扉の先には映画とかにありそうな使用人総出のお出迎えが待っていた。
その先頭にはビルマックさんの姿もある。
「「ようこそお越しくださいました、シュージ様。おかえりなさいませ、コンディお嬢様」」
「おぉ~」
「ふぇ、え。あの、皆さん??」
俺が感動していると、なぜか慣れているはずのコンディさんがあたふたしていた。
この様子からして、コンディさんにしても予想外の状況らしい。
まぁ確かに。家長が帰ってきたっていうなら分かるけど、コンディさん3女だって話だからな。
ビルマックさんが楽しそうだからきっと彼の差し金に違いない。
さてどうしたものかと思っていたら奥から一人の男性がこちらへと歩み寄ってきた。
「やあ、お帰り、コンディ。元気そうで何よりだよ」
「お父様!」
この40前後のナイスミドルの哺乳類よりも虫に近い獣人の姿をした男性がデルモント伯爵のようだ。
驚くコンディさんを優しくハグしてるところを見ると良いお父さんなんだろう。
そっとコンディさんを離したデルモント伯爵は次はお前だと、笑顔を俺に向けた。
「やあ、君がシュージ君だね。話はビルマックから聞いていたよ。
まさかこのような形で会うことになるとは思ってもみなかったがね」
「は、はぁ」
「では歯を食いしばってもらおうか」
「は?」
笑顔のまま右こぶしを振り上げる伯爵。
え、なにこれ。あれ?もしかして?
「スライムっ」
「すら!」
伯爵の右ストレートにスライムが下から体当たりで軌道をわずかに逸らす。
その隙間を踏み込んでアッパーカットを伯爵のあごに叩き込んだ。
「ごはっ」
「「おぉぉ~~~」」
パチパチパチパチッ
吹き飛ぶ伯爵。巻き起こる拍手。
これが伯爵家なりの挨拶なんだろうか。
誰も慌てていないところを見ると日常茶飯事なのか?
「はいはい、あなたたち。お客様をいつまでも玄関に立たせておくものじゃないわ。
あなたも、気は済んだかしら?」
そう言って2階から飛ぶように降りてきたのは鳥獣人の妙齢の女性。
見た目からしてコンディさんのお母さん、伯爵夫人だろう。
夫人の指示でテキパキと動きだした使用人たち。
ついでに伯爵も足を持って運び出されていく。
「さぁ。お茶にしましょう。聞きたいことも沢山あるし、あなたからも何か話があると聞いているわよ」
「あ、ははっ。お手柔らかに」
応接室に移動した俺とコンディさん、いつの間にか復活した伯爵と伯爵夫人。あとビルマックさんの5人で机を囲んでいた。
「それで、式はいつにしましょうか」
「お母さま!?」
「ふふっ。冗談よ。ディーちゃんの様子を見ればまだそこまで進んでないことは分かるもの」
夫人の言葉にタジタジになっているコンディさん。
ディーっていうのはコンディさんの愛称かな。
しかし伯爵はまだブスッとしたままだ。
「わ、わたしはまだ認めた訳じゃないぞ。
聞けば君は異界の住人だそうじゃないか。それではこの地に留まることはできまい。
いつか娘を泣かせると分かっているのに、そんな男に娘を渡せるか」
「あら『たとえ明日死ぬ運命だとしても君と一緒に居たい』。
そう私に仰ってくれたのはどなただったかしら。
それともあれは嘘だったのかしらね」
「いや、断じて嘘ではない。1分1秒でも君と一緒に居たいということに偽りはない」
「なら良いじゃありませんか。
例えこの先何が起きても、すべてはディーちゃんの糧となってくれますわ。
大事なのはディーちゃん自身がどうしたいのかよ。
たとえ親だとしてもそれを捻じ曲げてはいけないわ」
「ぐ、しかし、だな……」
ぐうの音もでない伯爵。これは完全に尻に敷かれてるな。
しかしどうしたものか。
いつの間にか結婚話になってるんだが?
「あの、伯爵夫人」
「あらあら、ごめんなさいね。置き去りにしてしまったかしら。
私の事はお母さま、もしくはコリンちゃんって呼んでくれればいいわ」
「ではコリンさん。
伯爵も先ほど言ったように、俺は異界の住人です。
残念ながら結婚してこちらに居着くということは出来ません」
「つまり、ディーちゃんが嫌いな訳じゃないということよね?」
「それはまぁ。というより、まだ出会ってからそれほど時間も経ってないですし」
「それなら問題は無いわ。時間なんてこれから作れば良いだけだし。
確かあなた方の世界にはファミリー制度があると聞いているわ。
それにディーちゃんを迎え入れてはもらえないかしら」
ファミリー制度?
なんだそれ。初めて聞いたぞ?
……あ、もしかしてステータスの『傘下』がそれか?。
「確かに俺の傘下にはすでにこの世界の住人が何人も入ってますが」
「あらやるわね。ふふふっ。
これはディーちゃんもうかうかしてられないわね」
「それとまだ、彼女から俺とそういう関係になりたいとは伺ってないのですが」
「それは大丈夫よ。ね、ディーちゃん」
「あうぅ」
コンディさんは真っ赤になってあうあうしてる。
これはまともに会話できそうにないな。
代わりにコリンさんが説明してくれる。
「男を連れて家に帰ってくるっていうのは、身も心も捧げたい人が出来ましたっていう事なんだから」
「一応今回の訪問って魔王様の命令でもあるんですけど」
「それでもよ。嫌だったら断るなり別々に移動してくるなりすれば良かったのよ。
それが仲良く手を繋いで転移門を通ってきたそうじゃない。
そ、れ、に。
あなた、ディーちゃんに特製アップルティーを淹れてもらったんじゃなくて?」
「それってスイートハートっていう品種の?」
「そうそれ。
まったくディーちゃんってば、何も説明してないのね。
それ、我が領でのプロポーズアイテムの一つよ。
『私の心をあなたへ』っていう。ね」
そうだったのか。全然知らなかった。
そう言えばミーシャもこの地域独自のルールとか決まり事があるって言ってたか。
これもその一つってことだな。
「でも俺、コンディさんとは数度しか会ってないですし、特に惚れられるような何かをした記憶もないのですが」
「そうねぇ。多分、匂いでしょうね。
私たち鳥人族を始めとした蜜や果物を好む種族ってね。匂いに惹かれるのよ。
多分あなたの匂いがディーちゃんの好みだったのね。
あと。誰かを好きになるのに時間なんていらないわ。
一目見た瞬間にこの人だって思うから一目惚れっていうのよ。
次に会える保証なんてどこにもないのだから。
1度目が偶然の出会いなら、2度会えたのならそれはもう運命なのよ」
「そういうものですか」
コリンさんはかなりのロマンティストなのかもしれない。
その娘のコンディさんもその血を色濃く継いでいるってことなんだろうな。
「でもま、ディーちゃん。ちゃんと口にしないとダメよ?」
「はぅ。いまここで?」
「そうね。それが出来れば私もこの人も二人の事を認めてあげるわ」
「いや私は」
「良・い・わ・ね?」
「は、はい」
頑張れ伯爵。と、応援している暇は俺にはないな。
コンディさんが真剣な面持ちのまま俺の方に向き直った。
「シュージ様。もし叶うなら私をシュージ様のファミリーの一員として迎え入れては頂けないでしょうか。
必ずお役に立ってみせます。
決してシュージ様を束縛することはなく、我儘を言わず、ご命令に背かないと誓います」
三つ指を付く勢いで頭を下げるコンディさん。
これは本気で応えないといけないやつだな。
「分かりました。ですが……」
「やっぱりこんな私ではダメでしょうか。シュージ様のお役には立ちそうもありませんか?」
「いえ。俺が言いたいのはそういうことじゃなくてですね。
別に役に立つからそばに置くとか、役に立たなくなったら捨てるとかそんなことはありません。
家族ってそういうものじゃないじゃないですか。
束縛とか我儘とか、度が過ぎると困りますけど、多少ならあって良いと思います。
命令は、するとしたら『自分の命を粗末にするな』ぐらいでしょうか。
それ以外の命令をし出したら俺が傲慢になった証拠です。
その場合はぜひ叱って頂きたい。
お互いに道を外れたら戻してあげられる関係が理想だと俺は思いますから。
それでいいですか?」
「はい、宜しくお願い致します」
そうしてコンディさんはふたたび深々と頭を下げるのだった。
<コンディが傘下に入りました>
後書き掲示板:
No.232 通りすがりの冒険者
おれ次のイベントが終わったら結婚するんだ
No.233 通りすがりの冒険者
>>232
どうした急に
No.234 通りすがりの冒険者
>>232
早まるな、傷は深いぞ!
No.234 通りすがりの冒険者
>>232
イベントが終わる前に振られるに1票
No.235 通りすがりの冒険者
>>234
ちょ、何気に一番ありそうで怖えぇよ
No.236 通りすがりの冒険者
で、実際どうしたん?
No.237 通りすがりの冒険者
よくぞ聞いてくれた!
実は西の港町のとある女性からプロポーズされたんだ!!
No.238 通りすがりの冒険者
なぜにイベント後まで引っ張るんだ?
まだ半月以上あるんだからさっさと結婚すればいいのに。
その反応からしてそれなりに好みのタイプなんだろ?
No.239 通りすがりの冒険者
そこは何というか、向こうの家庭の事情?
今家がゴタゴタしてるから式は少し待ってほしいって。
No.240 通りすがりの冒険者
ゴタゴタ?
No.241 通りすがりの冒険者
詳しく話すと巻き込んでしまうから言えないって。
無事に解決するのに色々入り用だからほんの少しだけ手伝ってほしいとしか言われてないんだ。
No.242 通りすがりの冒険者
あ……
No.243 通りすがりの冒険者
あ~~
No.244 通りすがりの冒険者
なるほど、そう言う事か。
No.245 通りすがりの冒険者
え?え!?
なにみんな。何か分ったの?
No.246 通りすがりの冒険者
俺から言えることは『強く生きろよ』ってだけだ
No.247 通りすがりの冒険者
やっぱ経験が人を成長させるって言うしな。
No.248 通りすがりの冒険者
ただ馬鹿は死んでも治らない、なんて言葉もあるし、何度経験してもダメなやつはダメだけどな
No.249 通りすがりの冒険者
むしろリアルは大丈夫なのかって心配になってくるな。
No.250 通りすがりの冒険者
ちなみにゲーム内で結婚するとどうなるんだ?
No.251 通りすがりの冒険者
場合によりけりかな。特に現地民との結婚は。
職人の工房に弟子入りしてそこの娘さんと結婚、とかなると工房を継ぐルートに入ったりするらしい。
No.252 通りすがりの冒険者
貴族を口説き落としてセレブプレイとかも出来るって
No.253 通りすがりの冒険者
>>252
それって一歩間違えれば没落ルートじゃん
No.253 通りすがりの冒険者
後は現地冒険者と何度か組んでたら結婚じゃないけどパートナー契約は結べるらしい
No.254 通りすがりの冒険者
自分で会社立ち上げて現地民を雇用すると雇用者と被雇用者の関係になれる
No.255 通りすがりの冒険者
クランに普通に現地の人とか入れれるしな。
やっぱ自由度高いわ、このゲーム。
No.256 通りすがりの冒険者
ブリーダー系職業なら人以外でも従僕化できたりする。
No.257 通りすがりの冒険者
対してプレイヤー同士の結婚については何もないという。
No.258 通りすがりの冒険者
教会で式は挙げられるけど、特に何か特典があったり、誓約があったりはしないらしい
No.259 通りすがりの冒険者
リアルでは離婚率って5割超えてるしな~
No.260 通りすがりの冒険者
人はどうして離婚すると分かっているのに結婚するのか
No.261 通りすがりの冒険者
ちょ、リアルの鬱話はやめようぜ




