天災と呼ばれるもの
結局、リャンさんが散歩から帰ってきたのは空が白み始めた頃だった。
戻ってきたリャンさんは地面に倒れている俺を見つけて慌てて駆け寄ってきた。
「シュージくん。随分ボロボロだが何があったんだね?
モモが呑気に寝ている所を見ると魔物が襲ってきたという訳では無さそうだが」
「いやぁ、ご心配をおかけしてすみません。
スライムと朝稽古をしていたらやり過ぎてしまいまして」
「すらぁ」
それを聞いたリャンさんからため息が聞こえてきた。
「シュージくん。
召喚士を始めとした魔物を使役する立場の者がおいそれと自分の従魔に無様な姿を晒すのは良くない事だよ。
まして手合わせしてボロボロにされるなどあってはならない事だ。
たとえやる前からそうなると分かっていてもね。
魔物によっては強さのみが信頼の証っていうものもいるんだ。
それじゃなくても強いものに従いたいっていうのは生き物としては当たり前の事だからね。
終いには召喚に応じなくなったり、命令を聞いてくれなくなったりするよ」
「あぁ、やっぱりそういうケースもあるんですね」
うちのスライムに限ってそんなことないだろう、と言いたいけど、もしかしたらもしかするんだろうか。
特にクディやローラさんは特別、契約なんかで縛ってある訳じゃないので、何かのきっかけで離れてしまうことも有るかもしれない。
今の状態を当たり前と思っちゃいけないって事だな。
帰りに何かお土産でも持って行ってあげようかな。
「それより朝食にしましょうか」
「そうだね。期待しているよ」
手早く身嗜みを整え朝食を摂った俺達は移動を再開した。
予定では昼頃には境界村に着くそうだ。
このまま何事も無ければ良いねって笑うリャンさんを見た俺は、そうですねと答えつつ、それはフラグって奴だろうなと内心思っていた。
そして予想通りと言っていいのか、それはやってきた。
「GYAOOOO!!!」
ビリビリと大気を震わせる咆哮が響き渡る。
流石モモはビクッと震えつつもパニックは起こさず、一旦歩みを緩めた。
「何事かね!?」
「あれ、でしょうか」
指さした先に見えたのは青空に煌めく赤い光。
それは秒単位でどんどん大きくなっていく。
ここは身を隠そうにも周囲は何もない草原だ。遠くに見える林にたどり着くよりも向こうの方が早いだろう。
そうして1分と掛からずに肉眼でも確認出来る距離にそれは来た。
「ドラゴン、ですか」
「いや、あれはただのドラゴンじゃないね。
炎帝龍と呼ばれる北の火山地帯の主ね」
答えたリャンさんは意外と冷静だった。
行商を長年続けていたら、ドラゴンを見る機会も多いのかもしれない。
「なぜこんなところに? こういう事はよくあるんでしょうか」
「この辺りで見掛けることは滅多にないね。時々餌を求めて巣を出ることはあるだろうけど」
「たまたま通りがかっただけで、通り抜けてくれれば良いんですけど」
「そうね。流石に炎帝龍と戦って勝てる見込みは無いからね」
だけどその願いは脆くも崩れ去った。
距離にしてまだ数キロはあるはずなのに、ギロリと向けられた視線が突き刺さる。
それはまるで目障りなハエを見つけたような殺気とも違う何かだった。
「これはまずいね」
「リャンさん。俺があれの気を引きますから、その間に荷馬車をしまってモモに乗って逃げてくれますか?」
「死ぬ気かい?」
「いえいえ。全力で抗ってみますし、死ぬ気はないですよ。
それに俺は異界の住人なので、最悪イニトの街に叩き返されるだけです。
護衛依頼が途中までになってしまうのが心苦しいですが」
「それは私が無事に村に辿り着ければ何も問題はないよ」
そうこうしている間にドラゴンが大きく息を吸って攻撃態勢に入った。
「さぁ、行ってください。どうせリャンさん達がここに残っても結果は変わらないですから」
「そうね。分かったよ。もし生き残れたら美味い酒でもおごるよ」
「ええ、楽しみにしておきます」
ドラゴンがブレスを放つと同時に走り出すリャンさんを見送り、俺はスライムを手に取る。
スライムから力強い反応が返ってくるのが心強い。
「結局俺にはお前しか頼れる奴がいないんだろうな」
「すらっ」
「ああ。やってみようか。
最弱と呼ばれたスライムが最強のドラゴンにどこまで抗えるか!」
そうして。
俺の召喚したスライムとドラゴンのブレスが激突した。
一瞬で光になるスライム達。
俺はブレスを押し返すように全速力でスライムを召喚しまくった。
その召喚したスライムも姿を視認出来る前に光に変わっていく。
もう俺の視界はマグネシウムを燃やしたように激しく光り輝いていた。
そう言えば昔、いや昔って程前でもないけど、高速召喚なんてゴミスキルだって思ったことがあったな。
今はそのスキルのお陰で生き延びている。
これ少しでも間が空けば、それだけで俺はスライム同様消し炭も残さず消えるだろう。
それが高速召喚のお陰で召喚に掛かる時間は0.1秒を切っている。そのお陰で均衡を保っているようなものだ。
ただ秒間数十回スライムを100体単位で召喚し続ける今、当然魔力も砂漠に零した水滴のように一瞬で消えていくので、アイテムボックスからMP回復ポーションをバケツをひっくり返すように使用していく。
そうして、物凄く長く感じた時間は(実際には数秒だったのかもしれないけど)唐突に終わりを告げた。
ブレスが晴れた後には、青空と俺を見下ろすドラゴンだけがあった。
周囲を見渡せば飴状に溶けた地面が広がっており、遠くにリャンさんとモモと思われる影が走り去っていくのが見えた。
良かった。どうやら無事に逃げ切れたみたいだな。
そう安堵していると上から声が掛かった。
『我の一撃を受けて無事で居られるとは驚きだな。小さき者よ、名は何という?』
「シュージだ。そういうあなたは?」
『我に名を尋ねるというのか!!』
ビリビリと怒りを伴った声に世界が揺れる。
だけどここで少しでも引いたら間違いなく死ぬだろう。
だから俺は腹に力を入れて何とか言葉を絞り出した。
「先に聞いたのはそちらだろう。
相手に名乗らせておいて自分は名乗らないのは礼を失した行いに見えるのだけど?」
まさか俺に口答えされるとは思っていなかったんだろう。
ドラゴンは地上に降り立ちながら楽しそうに笑った。
『ガッハッハ。それもそうだ。
我が名はマグール。炎帝龍マグールである』
「そのマグールさんがなぜ俺を攻撃してきたんだ?」
『なに、古き友から面白い奴が居ると聞いてな。
暇つぶしついでに見に来ただけよ。さっきの一撃は小手調べを兼ねた挨拶のようなものだ』
「そんな挨拶でいちいち殺されてたら堪ったもんじゃないんだけどな」
『ガハハハッ。まぁ生きていたのだからよいではないか』
うーん、大雑把な性格はドラゴン故か。
『しかし、おぬしのスライムはどうなっておる。特に進化した様子もなし。
通常なら我のブレスの前には一瞬も耐えられるものではない筈だが』
「そうだな。実際一瞬で光になってたし。でも幸いゼロではなかった。
だから消えるそばから次を召喚し続けただけだ」
答えながらさっきやった高速多重召喚をやってみせる。
うーん、埋まった。
手の届く範囲に100体も召喚するものじゃないな。
それを見たドラゴンは三度笑いだした。
『おぬしは確かに面白いな。
永い事生きてきたが、スライムばかりそんなに召喚する者など初めて見たわい』
そうなのか。
この世界に固有召喚士がそんなにいないのか、居てもスライムを扱う人が居ないのか。
まぁ後者か。
俺だって転職が可能だったらすぐにジョブチェンジしてただろうし。
そういう意味ではあのデバフ称号に感謝だな。
『ふぅ。久々に笑ったわい。
しかし笑ったら腹が減ったな。何か食い物はあるか?
おぬしは食べ物を振舞うのが趣味なのだろう』
「誰がそんなこと言ったんだよ。全く。
ドラゴンの巨体を満足させられる食材って言ったら……牛肉が部位ごとに100キロあるな。いつの間に。
これでステーキでも作るか」
『ブラックホーンの肉か。あまり美味かった記憶はないな』
「前はどうやって食べたんだ?」
『我がブレスによって炙って丸かじりだな』
「やっぱり。せめて塩振ったりハーブや香辛料で味付けような」
それにしても教会からこっち、料理してばっかりになってきた気がするな。
まぁ良いんだけど。
そうして延々と肉を焼き続け、焼けたそばからマグールの口の中に放り込み続けた。
どうやらマグールはかなりの辛党らしく、シンプルな塩コショウや焼き肉のたれっぽい味よりも真っ赤になる程香辛料マシマシにしたのが一番喜んでいた。
『うむ、美味であった。
では我は腹も満たされた事だし、ねぐらに帰って寝るとしよう。
さらばだ、シュージよ』
食うだけ食ってマグールは飛び去って行った。
って、え?それだけ???
お礼に何か寄越せとまでは言いたいけど言わないけど。もうちょっと何かないの?
ほんとこのイベントはなんだったんだ!?
うーん、まさに台風一過だな。
「はぁ。俺達も残しておいた肉でステーキパーティーでもするか」
「「すらっ」」
そう言った瞬間、呼びもしないのに大量のスライムが口を開けて待っているのだった。
お前らもさっき大量に光になったばかりだっていうのに呑気だよな、まったく。
後書き掲示板:
No.22 通りすがりの冒険者
次の大規模イベントって何が来るだろう
No.23 通りすがりの冒険者
まだ先じゃね?
今は皆、新天地を求めて分散してるし。
落ち着いてからじゃないか?
No.24 通りすがりの冒険者
まあなぁ。
今見つかってる街だけでも
北の火山鉱山、西の港、南のカジノ&闘技場、南西の宗教国家。
No.25 通りすがりの冒険者
この調子だと北西にも何かあったり?
No.26 通りすがりの冒険者
火山の西側も程なくして海らしい
No.27 通りすがりの冒険者
なら海の先に島国とかあるかもな
No.28 通りすがりの冒険者
黄金の国フラグか
No.29 通りすがりの冒険者
東じゃなく西って言うのが珍しいな
No.30 通りすがりの冒険者
あれ?そう言えば東側は?
No.31 通りすがりの冒険者
王都に最初の街だろ
No.32 通りすがりの冒険者
いや、そのもっと東。
No.33 通りすがりの冒険者
……
No.34 通りすがりの冒険者
……
No.35 通りすがりの冒険者
盲点だった。
王都=2番目の街ってイメージがあったから反対側に進むイメージが無かったな。
もしかして誰も行ってない系?
No.36 通りすがりの冒険者
以前、北東側には巨大クレパスがあって、北西側には砂漠が広がっているって聞いたけど?
No.37 通りすがりの冒険者
それは……どっちも不毛っぽいな
No.38 通りすがりの冒険者
だな。先に西側を攻略した方がうま味が多そうだ。




