玉転がしとモグラ叩き
一触即発。
俺とにらみ合う鉄蟻達は、きっかけがあれば直ぐにでも飛び掛かってくるだろう。
スライム投げで勝てる見込みはまずない。
鉄が岩より弱いとは思えないからだ。
また蜂の時のように粘着でからめとって倒すには蟻は大きすぎる。
ズ……
ズズッ
俺が半歩下がれば蟻達は1歩前に出る。
くっ、こうなったらやるしかないか。
「頼むぞスライム。……粘着だぁ!!」
スライムを次々と最前列に居る蟻の前足を狙って投げつけつつ脱兎のごとく逃げる。
ガチガチガチッ
ドドドドッ
全力で逃げる俺を蟻の大軍が追いかける。
スライムによる粘着はきちんと役目を果たし、蟻の1体をその場に釘付けにしてくれるが、蟻達は動けなくなった個体を踏み越えて続々と迫ってくる。
ガチガチガチッ
「うおおおぉ」
スライムの一瞬の足止めがあっても若干蟻のほうが速い。
このままなら逃げきれ……あれ?
後ろを振り返ると、蟻達はまるでそこに境界線があるかのように一定の位置から近づいてこない。
もしかして魔物は隣のフィールドに来れない的な制約か?
いやでも、こっちもあっちも同じ岩山だしな。
もしそんな制限があるなら先日の狼たちが森から出てきて襲ってこれた事に説明が付かない。
その疑問に答えたのは、俺が逃げようとしていた先から響く雄叫びだった。
「どりゃあああっ」
「せいやぁ!!」
ズドォン。
この辺りは確か、何も魔物が居ない空白地帯だったはずだ。
なのに今は至る所に陸ガメっぽい魔物と、それに襲い掛かる多数の冒険者の姿があった。
誰も彼もがツルハシやハンマーを持っている姿は土木工事現場にも見える。
「一体何が……ってそうか!」
ここが例のイベントフィールドなんだ。
陸ガメが装備素材を落とす魔物で、蟻達はイベントの為に自分たちの縄張りを追い出されたのかもしれない。
だからあんなに大量に溢れかえっていたのか。
最初の街で受けられる依頼で、あの蟻を討伐しろなんてどこの無理ゲーかと思ったけど、これで疑問は晴れた。
多分本来なら一度にエンカウントするのは数匹なんだろう。
後の問題はこのイベントが終わるまで依頼を後回しにするかどうか、だけど。
『クエストによっては期限があるんですからね』
エリーゼさんの言葉が脳裏をよぎる。
理由があるとはいえ、10日以上もクエスト達成を遅らせるのは良くないだろうな。
ならやるだけやってみるか。
見た所イベントの魔物はハンマーさえ持っていれば討伐は難しくなさそうだ。
勿論ボスとなればそれなりに強くもなるんだろうけど、それらしい魔物は見当たらない。
イベント期間後半から出てくるのかもしれないな。
ならイベントは急がなくても良いか。
俺の最強の武器って言えばスライムだしな。
改めてさっき蟻達と別れた場所まで戻ると、そこには既に誰も居なかった。
遠くを見渡せば地面が黒く見えるところがあるので、あの辺りに密集しているのだろう。
「さて、どうやったら戦えるか、だけど」
1対1なら俺がハンマーを振るうだけで勝てると思う。
数匹ならスライムで足止めすれば大丈夫だろう。
だけど今回は10どころか100を超えている。とてもじゃないけど単純にスライムで足止めしきれる量じゃない。
多重召喚レベルがもっと上がれば、と思わなくもないけど高レベルになる程上がりにくくなるだろうから期待は出来ない。
他に使えるとしたら……地形効果か。
ビューーと荒涼とした岩場に風が吹く。
「よっ、ほっ、さっ」
「すらっ」「すらっ」「すらっ」
俺はボルダリングの要領で岩壁を登っていた。
この壁は指を掛ける場所もほとんどない傾斜角80度を超える絶壁だけど、粘着スキルでスライムを壁にくっつけ強引に出っ張りを作ればまさにジムとかにあるボルダリング場だ。
しかもスライムは俺の手に合わせて形を変えてくれるので超イージーコースなので普段運動しない俺でも余裕で登れる親切設計。
そうして地上約150メートルの岩山の山頂に到着した。
そこは意外にも平らな大地が広がっていて、中央の方には白い花弁を付けた花畑があった。
「せっかくだから今のうちに採取もしておくか」
白い花を摘んでみれば、これも何かの薬草になりそうだ。
街に帰ったらレスさんに見てもらおう。
「さて」
見渡せば遥か先まで岩場が広がっているのが分かる。
街のある方の下を見れば豆粒サイズの冒険者たちが動き回っているのが見える。
また1つここからでも余裕でシルエットが分かる程の大きさの魔物がズルズルと動いているのが見えた。
あれが多分ボスなんだろうな。
近くで見たら山にしか見えないんじゃないだろうか。
あんなのとどう戦えっていうんだろう。
ま、それはまた今度考えればいいか。
今はこっちだ。
時計回りに90度回って眼下を見れば鉄蟻達がひしめく黒い大地が広がっている。
さて、これからやることは一歩間違えば、いや。俺の計画が失敗すれば、あれに蹂躙されることになる。
ま、男は度胸だ。
失敗してもゲームだから街に送り返されるだけだしな。
「よし、スライム。頼むぞ」
「すらっ」
「たあっ」
スライムを掴んで全力で黒い大地に向かって投げ飛ばす。
重力に従って放物線を描いて加速するスライムは、体を杭の形に変えつつ硬化スキルを使って見事1匹の蟻を串刺しにした。
俺のアイテムボックスに『鉄蟻の甲殻』が1つ入ったのが確認できる。
そしてそれが開戦の合図となり、黒い大地が俺の居る岩山に向けて移動を開始した。
蟻達は切り立った岩壁を苦も無く登ってくる。恐らく数分でここまで登ってくるだろう。
「ここは向こうのホームだしな。ここまでは予想通りだ」
俺は山頂からスライムを投げながらタイミングを計る。
3,2,1,ここだ!
「スライム、粘着解除!」
「「すらっ」」
岩壁の途中に張り付けておいたスライム達に蟻達の足が乗っかった瞬間、粘着スキルを解除させれば足場が急に宙に浮いた蟻もろとも下へと落ちていく。
同時に蟻に接触する度に粘着を発動させれば大岩トラップよろしく次々と下の蟻を巻き込んで地上まで落下していった。
「よし、うまく行った!」
俺は岩壁の中腹にスライムを投げて再び粘着を発動し、次々と蟻玉を作って落としていく。
流石の鉄蟻も落下ダメージは無視できないらしく、少しずつその数を減らしていった。
「よし、このままいけば順調に蟻を殲滅出来そう……ん?」
なんだ?
ズリズリとすり鉢で薬草をすり潰すような音が聞こえてきた。
一体どこから……足元?
慌てて地面に耳を付けてみれば、確かに地中から音が響いてくる。
しかも気のせいじゃなければ段々近づいてるようだ。
「これはやっぱあれだよな。スライム、引き続きそっちは頼むな」
「すらっ!」
崖の攻防をスライムに任せ、俺は山頂の台地を見渡す。
蟻ってのは元来地面に穴を掘って巣を作る生き物だ。
蟻塚なんてのもあるし上方向に掘るのもお手の物だろう。
恐らく崖を登るのが不利と見て穴を掘ってこっちの裏を取るつもりだな。
「どこだ、どこから来る?」
ぼこっ
「そこか!!」
唐突に地面に穴が開き、黒い触覚が顔を出した。
俺はすかさず穴に向けてハンマーを振り下ろした。
ハンマーで頭を潰された蟻は光になって消えるも、すぐに次の蟻が顔を出した。
更に2か所3か所と穴が増える。
「モグラ叩きなんて小学生以来だな」
これでピコピコ言ったら完全モグラ叩きだなと思いつつハンマーを振り下ろし、遠い穴にはスライムを投げて時間稼ぎをしていく。
時々間に合わず地上に出てきた蟻には横スイングでゴルフよろしく吹き飛ばした。
今日はいったいどこのスポーツ大会だよ。
崖側にも順次スライムを送って引き続き防衛を任せる。向こうはボーリングか大玉転がしだな。
スライム達はレベルと共に知力が上がったお陰か、一度やり方を教えてやれば後は細かく指示しなくても動いてくれる。
そうして空が茜色に染まる頃、ようやく蟻の進撃が終わりを告げた。
「うはぁ。疲れた~」
ゲームなんだから肉体的には疲労しないはずだけど、ずっと続いてた緊張のせいで精神的に疲れた。
俺はどかっと地面に腰を下ろして夕陽を眺める。
「きれいだな」
リアルだとビルの影に隠れてなかなか地平線に沈む夕陽なんて見れないからな。
頑張ったご褒美がこれなら、まぁ悪くないか。
後書き掲示板:
No.709 通りすがりの冒険者
イベントはじまた
No.710 通りすがりの冒険者
北は予想通り金属の、亀だね
No.711 通りすがりの冒険者
くっこいつら、ただの的かと思ったらカウンター決めてきやがる。
中途半端な攻撃だと逆に腕を折られかねないぞ
No.712 通りすがりの冒険者
>>711
コツを掴めばカウンター外せるよ
No.713 通りすがりの冒険者
もしくはひっくり返せばカウンター出来ないみたい
No.822 通りすがりの冒険者
なぁ、ボスは?
No.823 通りすがりの冒険者
いるじゃん。あの動く山。
No.824 通りすがりの冒険者
……まじ山だな。
どうやって倒せと?
No.825 通りすがりの冒険者
遠距離はともかく近距離は足しか届かん。
No.826 通りすがりの冒険者
なら全員で足を崩すしかないだろ
No.973 通りすがりの冒険者
よっし、討伐完了。
No.974 通りすがりの冒険者
……ドロップアイテム少なくね?
No.975 通りすがりの冒険者
しかも普通のドロップと違いが無い。
どういうことだ?
No.976 通りすがりの冒険者
あ!?
No.977 通りすがりの冒険者
何か分ったのか!?
No.978 通りすがりの冒険者
いや、もしかしたら倒す前に剥ぎ取りするパターンじゃないか?
No.979 通りすがりの冒険者
なる。試してみる価値はあるな。
俺ちょっと周りのメンツに声かけておくわ
No.132 通りすがりの冒険者
よっしゃ、やっぱり登って採掘が正解だった
No.133 通りすがりの冒険者
なぁ、花っぽいのがあったんだけど
No.134 通りすがりの冒険者
は、はな!?
No.135 通りすがりの冒険者
つ『鈍色のマテリアルハート(13)』
No.136 通りすがりの冒険者
それが例のボスの特殊ドロップじゃないか?
No.137 通りすがりの冒険者
多分そうだな。んで、その横の数字はなんだ?
No.138 通りすがりの冒険者
さぁ。
No.139 通りすがりの冒険者
大きい方が良いんだろうけど、これから要検証だな




