赤信号を渡る
三題噺、運動靴、信号機、農作業
ここはド田舎でメインストリートから一本離れてしまえば広大な田畑が広がっていて、俺も村雨も田舎が嫌いだった。だから俺たちを高校まで連れていってくれる定期券は魔法のアイテムで、俺たちは学校と最寄り駅の間の駅で降りて夕方の街で時々遊んだ。ぷしゅー。がたん。ごとん。電車が行って、車内の窮屈な雰囲気から解放された村雨は大きく伸びをする。背が低くて童顔で雰囲気に子供っぽいところはあるけど出るとこは出ていて引っ込んでいるところは引っ込んでいる村雨のプロポーションは同じ駅で降りたおっさん達と俺の視線を集めた。
「なに?」
「エロいなって」
「ばーか」
村雨はけたけた笑って歩き出して軽やかに改札に定期券を通す。ぴっ。ばこん。なんだか間抜けな改札を村雨に続いて俺も定期を通して抜けて、俺と村雨は田舎よりは都会の田舎に出て行く。
「どこいく?」
カラオケ。ボーリング。映画。ラブホテル。
どこでもいいし、なんだっていい。俺も村雨も退屈でただそれを紛らわせたいだけだった。別にいい大学を目指しているわけでもない俺たちは無限にも思える退屈に囲まれていて、俺たちはそれを持て余していた。だって俺は暴行事件を起こしてサッカー部をクビになったのだ。(笑)←げらげら参照。
「靴が欲しい」
村雨が言った。
「靴?」
「動きやすいやつ」
「ハイパーインドア女子が?」
「うっせーよアクティブ暴行男子」
俺たちは靴屋を見に行って、村雨はいつもはいている踵の高いおしゃれな靴には見向きもしないでスポーツ用の、スパイクがついていない軽い靴を見る。試着してみる。
「どうかな」
意見を求めてくる。
「足首きれいなのな、おまえ」
「そーいうやつじゃねーよ」
「いいんじゃねーの」
女子の靴の良し悪しなんざ俺にわかるかよ、ばーか。
「んじゃこれにする」
村雨は店員に言って5000円ぐらい払ってその白い靴を買って大事そうに抱える。
「歌お」
そのままカラオケに向かう。村雨はカラオケ店 (ジャンカラ)の前の横断歩道で赤信号を見て立ち止まる。
「内川はさ」
「あん?」
「赤信号渡れるんだよね」
なんか沈んだ声を出す。
「まあ」
「私、ダメなんだ」
「何が」
「渡れないんだ、赤信号」
今は村雨に付き合っているが車の通ってない赤信号の前で律義に立ち止まってる村雨の気持ちは俺にはちょっとわからない。でも村雨は悩んでる風で赤信号を渡りたそうにしていたので、俺は村雨の手を掴んで「ちょ」そのまま歩き出した。俺に引っ張られて村雨は進む。俺たちは車通りのない車道を突っ切って横断歩道を渡り切る。きょとんとしていた村雨は赤くなって、それから今度は腹を抱えて笑い始めた。
「なんだ、簡単じゃん」
「そーだよ」
俺たちはカラオケに入る。二時間ほど歌を歌って(村雨は椎名林檎と中島みゆき。俺はマキシマムザホルモン)多少退屈が紛れた気分になって電車に乗ってクソ田舎に帰ってくる。
「今日さ、親に作業手伝えって言われてたんだよ」
「農作業?」
村雨の白い顎が下がる。
「さぼっちゃった。悪い子だ」
「どんどんサボれよ。パス出してやっから」
俺は架空のボールを村雨の足下に出してやる。クビになった元サッカー部のレギュラーからの透明なキラーパスを受け取って、村雨はそれを明後日の方向に蹴っ飛ばした。
「決めてやんよ」
なんかおかしくなってきて俺たちは顔を見合わせてけたけた笑う。
後日談。
俺たちの学校のクラスには黒田って女がいて、そいつは髪が長くて真っ黒で背が高くてホラー映画に出てくる井戸から這い上がってくるあの怨霊とよく似ていたから「澄子」なんてきれいな名前をしているのにもっぱら「貞子」と呼ばれている。いじめられている。今日も朝から下川のやつにまとわりつかれて意味不明な因縁をつけられていて、俺たちは「またかー」「あきねーなー」と生暖かい目でそれを見ている。
そんな日常的なくそみたいな空気が形成されている教室で、不意に村雨が下川に近づいて「ダッセーことしてんじゃねえよ!」と怒鳴った。下川の机を蹴っ飛ばした。シュート。どんがらがっしゃーん。貧弱な村雨の殺人シュートを食らって、面倒くさそうに、申し訳程度に吹っ飛んでくれた机が下川の腰にあたって、下川は衝撃でというよりは驚いてひっくり返る。
シュートを放った村雨の足にはおろしたての運動靴がピカピカに光っていて、おまえクツ欲しがってたのってこのためかよ、と俺は爆笑する。
たぶんげらげらの続き。