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「まずは俺からな! 俺は喜多秋成(きたあきなり)だ。二十八だが、まだ卒業できない……!」

 どうりで歳を食っているように見えると思った。二十八歳にもなってまだ大学生をやっている理由は、聞けば長くなりそうなので、とりあえずスルーだ。陽史も名乗る。

「俺は四月からデザイン学科の三年になります、泰野陽史です。誕生日が三月なんで、つい最近、二十歳(はたち)になったばかりで。あくまで話を聞きに来ただけですけど、これで条件には当てはまりますよね? 教えてください。なんなんですか、《派遣メシ友》って」

 聞きたいのは喜多のことじゃない。一も二もなく得体の知れないそれだ。

 すると喜多は、待ってましたと言わんばかりにズイと身を乗り出す。

「簡単に言うと《派遣メシ友》は、誰かと一緒にメシを食いたいと思っている人のところへ出向いて一緒にメシを食ってやる仕事だ。飽食の時代だなんだと言われているが、食い物はあっても一緒に食ってくれる人間がいなけりゃ味気ないだろう? どんなに美味い食い物が目の前に並んでいても、寂しいし虚しい。俺はそういうのを〝孤食〟と言うんだと思ってる。俺は、そういう人たちの心の隙間を埋める仕事をしているんだ」

「え、ただ一緒にメシを食うだけなんですか?」

「そうだ。食事代はすべて向こう持ち。だいたいは外食だが、自宅に招かれることもあるし、酒に付き合うこともある。俺のスマホに【いついつどうか】とメールや電話で連絡が入るんだ。時間と場所が決まると、そこに出向いて一緒にメシを食う。派遣完了時に給料を支払ってもらうのが決まりなんだ。早い話が、単発の日雇い仕事と同じだな」

 そう言うと、喜多は腕組みを決めてうんうんと納得したように頷く。

 まるで自分のやっていることは善良で崇高なことだと本気で思っているような仕草だ。なんなら《派遣メシ友》で世界までをも救っていると思っているかもしれない。

 すっかり悦に入ったその仕草に、陽史はやはり厄介な人物性をひしひしと感じる。やっていることは〝いいこと〟の部類に入るだろうが、奢られるならまだしも給料まで支払ってもらうなんて、実は喜多はなかなかに極悪な男なのかもしれない。

 関わらないが身のためだ。クワバラ、クワバラ。

「でも、基本は向こうも喜多さんも一対一なんですよね? スマホに連絡が入るって言いましたけど、トラブルに巻き込まれるようなことはないんですか? 自宅に行ったり酒に付き合うこともあるとなると、防犯面でもお互いに心配な部分が多くないですか?」

 しかし陽史は、思ったことと反対のことをつい口走ってしまっていた。ただ「へえ~、そうなんですね~」と言っておけばいいものを、口が勝手に疑問を投げかけていた。

「む、何を言う! 俺のメシ友をバカにするな」

 しまったと思ったのも一瞬、喜多はあからさまに不機嫌な顔をする。

「SNSなんかで不特定多数の人間を相手にしているわけじゃないんだ。小料理屋や居酒屋で知り合ったメシ友とか、高校の同級生だったやつとか、とにかく信頼している人間としか俺はメシを食わん! 向こうもそうだ。全員に謝ってくれ!」

「す、すみませんっ……!」

 カッと目を見開き唾を飛ばす喜多に、陽史は弾かれるようにして頭を下げる。喜多の顔がまともに見れずに俯きながら、失礼な言い方をしてしまったと心臓がチクチク痛い。

 確かに喜多は厄介そうな人物ではあるが、〝一緒にメシを食ってくれる人間がいなけりゃ味気ない〟というあの言葉に、陽史は確かにはっと心臓を掴まれた気がしたのだ。

 思えば一人暮らしを始めてからの二年、学食で昼食を食べるとき以外はいつも一人きりでの食事だったように思う。テレビを見ながらだったり、パソコンやスマホで動画を見ながらだったり、学科の友人からのメッセージに返事をしながらだったり……とりたてて寂しさや虚しさを感じたことはなかったが、喜多の言葉に胸の奥がざわついた。

 さざ波程度だったそれは、今は時化(しけ)の海面くらいに荒い。意識していないつもりでいても、本当は寂しさを感じていたんじゃないか、一人で食べるメシに味気なさや虚しさを感じていたんじゃないかと、これまでの二年間が走馬灯のように陽史の頭の中を駆け巡る。

「……もういい。急に怒鳴って悪かったな。泰野の心配はもっともだ。先に言っておかなかった俺も悪かった。ここはひとまず、喧嘩両成敗といこうじゃないか」

 しばしの沈黙ののち、喜多が自身が纏う空気をふっと弛緩させた。そろそろと顔を上げると申し訳なさそうな苦笑が目の前にあり、陽史は一つ、やっとまともに息をつく。

「と、まあ。話は前後してしまったが、防犯面や安全面は、俺とメシ友たちの折り紙付きだからなんの心配もいらん。……どうだ? 文字通りの〝美味しい〟仕事だろう?」

 改めるように咳払いをし、喜多が陽史の顔を覗き込む。その目は口ほどにものを言っていた。――さあ、やれ! やるんだ泰野! 気迫のこもった目が若干恐ろしい。

「いや、でも……そもそも喜多さんは、どうして新しい人間を募集してたんですか?」

「ん?」

「だって、そこまで《派遣メシ友》に情熱や誇りを持っているなら、喜多さんがこのまま続けたらいいじゃないですか。どうして今頃になって自分の代わりを探すみたいな……」

 おかしな話だと思う。あれほど感情を表に出したのに、新しい人を募集しようなんて。

 たまたまそこに居合わせただけ、たまたま意気投合しただけ。たまたまその相手が一人で食事をすることに寂しさや虚しさ、あるいは孤独を感じていたとしても、何かよっぽどの理由がなければ《派遣メシ友》なんて考えつくものだろうか。

 食事代はすべて相手に出してもらい、給金まで頂くシステムにお互いがメリットを感じ納得しているなら、それは別に構わないとは思う。けれど〝信頼している人間としか俺はメシを食わん!〟と唾を飛ばして怒鳴るほど相手を信頼しているのなら、そもそも喜多とその人たちの間だけでやっていれば済む話だ。なのに、何度剥されようとあんな場所にあんな貼り紙をするその意味が、陽史にはどうしても理解できなかった。

 すると喜多は、困った顔をしながら後頭部をボリボリ掻き、

「……今年こそどうしても卒業したいんだ」

 バツが悪そうにポツリと言う。

「ああ……。二十八ということは、もう在学十年で……?」

「いや、二浪したから八年だな」

「……」

 おう……。

 そりゃあ、今年こそ卒業したいと思うだろう。いわゆる卒業浪人というやつだろうか。どういう理由で八年も大学生をやっているのかは喜多の沽券のために聞かないことにしておくが、ことときばかりはさすがに陽史も喜多を不憫に思わずにはいられなかった。

 しかし、それとこれとは話が別だ。

「この件はしばらく考えさせてもらえませんか。――あ、いや、俺はあくまで話を聞きに来ただけなんで、とりあえずこの貼り紙だけお返ししておきます」

 手書きのコピー用紙を喜多に差し出し、陽史はおもむろに腰を上げた。

 まさに腹にも財布にも〝美味しい〟仕事ではあるが、初対面の相手とメシはさすがにハードルが高い。相手もそうじゃないだろうか。だっていきなり知らない人間が目の前に現れ、メシをともに食うのだ。きっとお互いに食べた心地がしないだろうし、会話のネタにも困るだろう。もしお通夜みたいな席になったらどうしたらいいというのか。

 考えるだけリスク面ばかりに目が行き、陽史は自分には荷が重い気しかしてこない。

 ――と。

「ん? 電話だな」

 陽史が差し出した紙をスルーし、喜多が煎餅布団から立ち上がった。あえて見もしないその仕草に確信犯的要素しか感じないが、確かに電話が鳴りはじめたようだ。ごみに埋もれているのだろう、くぐもっていて聞こえにくいものの、微かにプルルル言っている。

「もしもし! おー芳二(ほうじ)さん! 今夜? もちろんいいっすよー。新人が行きますんで、お手柔らかにしてやってください。――え、俺も? 大丈夫だって、いいやつだから」

 たっぷり十五コールは鳴ってから応答した喜多は、しかし陽史が電話が見つかってよかったと安堵する間もなく勝手気ままにとんでもないことを言う。当然陽史も煎餅布団を飛び出し喜多の目の前に回り込むと、腕をバッテンにして無理無理とアピールした。

 けれど喜多は見えているはずの陽史を完全に無視する。たまったもんじゃないのは陽史だ。とはいえ、半泣きの顔で必死に横に首を振りつつXポーズを決め続けるしかない。

 おいこっちを見ろバカ! だから八年生なんだろうが!

「今日は宅飲みね。りょーかい。んじゃあ、夕方を過ぎたらぼちぼち行かせるわー」

 ピッ。

 しかし喜多は間延びした口調でそう言うと無情にも電話を切った。

「やっぱスマホは肌身離さず持っとかなきゃなんねーなー」とズボンの尻ポケットにしまう喜多に、陽史は唖然とするしかない。やりやがったな、このやろおぉぉー!

「つーわけだから。初仕事だ、よろしくな」

 バシンという勢いで肩に置かれた手を、陽史は無言で払い落とした。

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