動く
借家にはユイも戻っており、フィルと会話をしている様子だった。
「……つまり? エルフ全体が外界と関わるのを嫌っているということか?」
「否定」
「…………えーと? じゃあ?」
「あの暗殺は命令」
「………………なるほど。つまりエルフは外界の者を殺そうとしているわけか?」
「否定」
「……」
会話をしている……様子。あくまでも様子なだけだ。
全く通じ合っていない。
俺が帰って来たのを見るとフィルが涙目で懇願するように縋って来た。
「ジ、ジード! 私、あいつ苦手だ……!」
「そんなこと言うなって。慣れだよ、慣れ」
とりあえずソファーに座ってユイから話を聞く。
「それで、どうだったんだ? なんか分かったか?」
「暗殺は命令」
「どこからの?」
「賢老会」
「なるほどな。エルフ姫は関わっているか?」
「否定。人質を取られている様子」
「そりゃまた。なんか怪しいとは思っていたが」
そこまで会話をして、フィルが目を見開いてこちらを見ているが分かった。
「なぜ会話できる……?」
「ユイは見たこと聞いたことを話してるだけだ。他に不用意な物言いをしてないだけ。そこさえ理解できれば会話できる」
「ほー……」
フィルが腕を組んで眉間に皺を寄せる。ユイとの会話のシミュレーションでもしているのだろう。
改めてユイとの会話に戻る。
「じゃ、つまり外部の組織を追い出そうとしているのは賢老会である可能性が大きいわけだな」
「高確率」
「面倒だな。他にエルフの上層機関はいないのか?」
「私の知る限りでは、賢老会はエルフの意思決定機関と言っても過言ではない。エルフ姫を除けば上位や対等な組織はいない」
そうなると厄介な存在だな。
考えようではエルフ全体が敵になってもおかしくない。
「賢老会の目的はなんだろうな。それさえ分かれば動きやすいんだが」
ふと、呟く。
するとフィルが口を開いた。
「エルフ姫を傀儡にしているということは利益の独占だろうな。上に変わろうとしないのは名誉や立場を求めず、責任を転嫁できる地位に居て甘い汁を啜りたいからだ」
「よく分かるな」
「これでもソリア様と諸外国を渡って来たからな。国の中心部、根幹を見る機会が多かったのだ」
フィルがしたり顔でふふんっと鼻を鳴らす。
随分と役に立つ。
「良い経験値だな」
「……」
フィルにぎょっとした顔で見られる。
「なんだよ?」
「いや、そんなに素直に褒められるとは思わなかったからな」
「俺にはないものだからな。そりゃ羨ましいし、称賛だってする。……慣れるまで褒めるか?」
「や、やめてくれ」
どこか親しみある会話に口元が綻ぶ。
フィルも釣られて口の端を上げた。
ひとしきり思いを顔と声に出す。
「よかったよ。私はてっきり嫌われているかと思ったから」
「嫌う? どうして?」
「出会いが最悪だったからな。いや、私が突っ走ってしまったからなんだがな……」
「まだそんな事を気にしていたのか。俺は別に良いって言ったろ」
と、言うがフィルは納得いかない様子。どうにも義理堅いというか、罪悪感を重く捉えているのか。
まぁ、これ以上は続けても長くなるだけだろう。
「それよりもエルフ姫の人質の件だが、なんとなく怪しい場所がある」
「分かるのか?」
「ああ。エルフの里に来てから何度も探知魔法を使っているんだが、一向に動く気配のない魔力が一つだけあってな」
「……とんでもない記憶力だな」
「エルフは人と違って数が少ないからな。しかも、その気配ってのが地中にいるんだ。だから覚えていた」
地中。それもかなり根深い場所だ。
なにかエルフ以外の生物かと思ったが違う。確実にエルフのものだ。
それが空洞の中で囚われているように動かない。
「では人質を救出するか? エルフ姫に渡したら力になってくれるだろうし、私は賛成だが」
「ああ。そのつもりだ」
「それで、どう行くんだ? 信じていないわけじゃない。しかし、もしも人質ではなく普通の民間人であった場合、賢老会につけいる隙を与えてしまうが」
「私が行く」
ユイが言う。
よほど自信があるらしい。
実際にユイならば任せてもいいだろう。だが、
「そこまで細い一本道だ。トラップ用のマジックアイテムや魔法陣が展開されている。俺が行った方が確実だ」
「……」
俺の言葉にユイが頷く。
無表情だが、どこか悔し気な想いが伝わってくる。
補足しておこう。
「人質の件や賢老会の件で十分に仕事をした。よくやった」
「……」こくり
今度は軽やかに頷いた。
表情も和らいだ気がする。
「私にはジードが補足した理由が分からない。一体なにが通じ合っているというんだ、おまえ達は……!?」
フィルの驚きに満ちた声をバックに、俺は「転移」と口にした。
明転。




