裏で
――そこは陰湿な部屋だった。
辛うじて照らしているのは数本の蝋燭のみ。円卓に乗っていた。
ぐるりと囲むように数人のエルフが座っている。
男女バラバラではあるが、全員が老けている見た目をしている。
それはつまり、エルフの長寿という特性を鑑みれば数百、もしくは数千も生きている者までいるということ。
「……で、命は取れなかったと?」
「まったく使い様も分からんゴミどもだな」
手痛い意見が円卓の中央にいる黒づくめの男達にぶつけられる。
それはルックを襲ったエルフ達だった。
「も、申し訳ありません。予想外の助太刀が入り、どうにもできませんでした。彼らはかなりの凄腕で」
「弁解など良い」
「ですが、彼らは必ず賢老会の巨敵として……ぁ――!」
なおも警告を告げようとした男の左胸に光の矢が突き刺さる。
それは賢老会の一人が放ったものだった。
「我ら賢老会に忠告? 貴様らはどれだけ生きてきたというのだ。生物として最も古く生きる我らに盾突こうなど愚の骨頂だ」
「然り。知恵において我らの右に出る者はおらん」
矢を受けた男は血を流し、絶命する。
「我らはおまえ達を生かすために考えておる。だから、おまえ達も我らのために事を成すべきなのだ。分かるな?」
黒づくめの男たちは頷かなかった。
その代わり、もう一人が前に出て言う。
「……いい加減にしろ! 俺達はおまえらの道具じゃない! シルレ様の妹君を返し、おまえ達は賢老会を解散して偉そうにのさばるのを――!」
言いかけ、また光の矢が飛ぶ。
だが、それは跳ね返された。
黒づくめの男達が一斉に各々の武器を持つ。剣、槍、弓、魔法。
「もう許さない。これにて俺達は独裁している賢老会を……なっ!?」
反旗を翻そうとした男達を、円卓の内側を囲むように半透明の結界が浮かび上がる。
賢老会の一人、オッドが言う。
「言っただろう。我らは生物の中でも最も長い時を生きている。貴様らのような若輩者が敵うはずがない」
「――うああぁぁぁッ!」
結界の色が濃くなり、黒づくめの男たちが跡形もなく姿を消した。
地面は焼け焦げた跡が強く残っているだけ。それは彼らの命が消えたことを表していた。
「消耗品如きが逆らおうとはな。やはり昨今の外部排除を無理やり施行したのがマズかったのではないか?」
「ふん、そうでもしなければ我らが食い物にされていた。致し方ないだろう」
「その通り。卑劣な策を弄した下等生物を追い払ったに過ぎん」
自らの行いは正しい。
先に黒づくめの男達に使った魔法も伝承がほとんど途絶えたもの。
それらを扱える賢老会のメンバーは偉大である。というのが彼らの中での考えだった。
ましてや数十年や百数年しか生きていない生物など以ての外。
反対の意見を口にすることさえ気分を害する。
「さて、それではギルドの連中はどうするかな」
「ルックとかいう男は面倒だな。身内や友人ら、それと我らエルフの冒険者で依頼を回している。嫁家族ごとエルフから追放するように手を打つしかあるまい」
「しかし、奴らは腕前が良い。我らが直々に赴くか?」
「まぁ待て、下賤な者共に我らが手を汚す必要もあるまい。あの手駒共が隙を付いたにも関わらず殺せなかったのだ。あの新しく依頼を受けたというパーティーによってな」
「ふむ、やはり例の一手で済ませるか?」
「ああ。手駒が失敗したのだ。やはり正式な依頼を失敗させ、信頼を失墜させる。すでに策を用意してあるのだから」
ニヤリ、と黒く笑う。
――その策はギルドに依頼を出す前から取り決めていた。賢老会のメンバーが得をしてギルドが潰れる。まさに彼らからすれば一挙両得なもの。
「――樹液を薄め、それに勘付いた魔物を暴走させる、だな」
「ああ、我らの分の樹液を増やせる上に、エルフの里でも最も魔物が多く強い地域に派遣させれば問題あるまい」
「実際に口にする魔物以外ではまず気づかんだろう。良い策だ」
「だが、樹液を薄めればシルレなら気づくだろう」
一人が思ったままを言う。
しかし、一同は誰も不安にならない。言った一人も口を崩した。
「ああ。あれは妹が行方不明だったな」
わざとらしくお道化た。
風評としては行方不明と広まるようになっている。
賢老会が手回しをしたからだ。
だが、実際は違う。
彼らが攫い、監禁していた。
すべてはエルフ姫の言動を操るために。
「シルレも下手に逆らうような真似はしないだろう。だからこのままで良い」
「然り。事は全て上手く行く。我らこそが最上の生物なのだから」
そうして。
暗い笑い声が部屋に小さく陰湿に反響する。
そんな彼らが怪しい談義を行えるのも全て、この部屋に設置してある魔法陣があるからだ。
いかなる侵入者も許さず、声も外には漏れない。
エルフの絶対的な魔法があるから――
だが、一人の少女が彼らの声を聞いていた。
黒い髪がひらりと舞う。彼らを空いた天井から見下ろしながら。本来なら至ることができない場所で。




