おっと
支部を出て冷たい風が吹く。
「高い」
ユイが無表情を貫きながら言う。
たしかに巨大な木が連なっている。優に十メートルを超すものもあるんじゃないだろうか。
茶色と緑が織りなす雄大な光景が眼前にあった。
「それでは歩いていきましょう」
ルックが言い、俺たちは付いていく。
住まう者がエルフだけ、ということで看板の一つもない。
かなり閉鎖的らしい。
俺たちのことが物珍しいのかチラリと視線を感じる。
かくいう俺もエルフは初めて見る。長い耳以外は人と変わらないくらいだ。あとの違いと言えば、どのエルフも落ち着いた魔力をしている。
「店と思しきところも何を営んでいるのか書かれていませんね。私達は当然ですが、これだとエルフ達も流石に不便じゃないのですか?」
フィルが問う。
人の住居もあるし、店らしきところが商品を値札と共に出していた。
「彼らは長寿ですから互いの事はよく理解しております。何屋なのかどころか、その店の住人が誰であるかすら分かります。かつて他種族が多くいた時は道案内の標識もあったものですが、今となっては回収されていますね。私も把握しておりますので、なにか必要の際はご相談ください」
随分と詳しい。
それだけルックがエルフという種族を好んでいるということか。
たしかエルフの嫁をもらったという話だし。
「さて、着きました。ここが皆様にお泊りいただく貸家です」
言われて見ると、大木の洞を利用した住処があった。
扉は人並みのもので些か狭さを感じるが。
ルックが開けて中に入る。俺たちも後に続いた。
「皆様にはもっと豪奢な場所でなければ申し訳ないのですが、なんとか知り合いから借りてまいりました」
中は豪邸のような広さだ。
暖かな灯り、広いリビング、螺旋状の階段で二階にも上がれる。
「良い部屋だな」
素直な感想を口にする。
「ははは、ジード様ほどのお方に言っていただけると頑張った甲斐があります」
なにやら買い被られているようだ。
俺が普段泊まっている宿はもっと狭いのだが、まぁそれは言わなくても良いか。
「しかし、よく用意できましたね。私はてっきり野宿でもさせられるのかと思いましたが」
「ああ。エルフは外界との関りを避けていると聞く。部屋を貸してもらえるとはな」
「……そうですね。たしかに、外聞ではそうなっているかもしれません」
ルックが少し悲しそうに言う。
なにか誤解があるようだ。
「本当は違うのですか?」
「断じてエルフという種族が外の人間を嫌っている訳ではありません。むしろ友好的な者も少なくないです」
「じゃあ、どうしてだ? 今やエルフにいる異種族はギルドだけらしいが」
「エルフの上層が接触を好ましく思っていません。昔から外交や貿易経済などしていなかったエルフが、一気に他種族から商業的な話を持ち込まれて打撃的な損害を受けたこともありますので」
「なら勉強して取り込んでいけば良いだろうに」
「ええ、そうです。その通りです」
ルックが力強く頷く。
なにやら彼にも考えるところがあるようだ。
「それでは部屋割りやバスルームなどのご説明をした後に、神樹へと向かいましょう」
◇
「ある程度の道順は覚えていますが、さすがに不安になりますね」
フィルが言う。
エルフ支部、貸家、そして神樹まで。
たったこれだけでも、かなり複雑だった。
なんとか自力で覚えて行くしかないのだろう。
と言っても。
「まぁ、俺やユイは問題ないみたいだがな」
「なんだとっ。そんなに記憶力が良かったのか?」
「いいや、俺は探知魔法を使えばある程度は把握できる。ユイに関しては、ほら見てみろ」
ちょうどタイミング良く、ユイが幹に一筋の傷をつけた。肉眼で意識すれば辛うじて見える程度のものだ。
「なるほど、さすがは隠密部隊に所属していただけある。……私にもそのマークを教えてくれ」
「ん」
実質のギブアップ宣言だ。
と、そんな会話をしていると、いよいよ探知魔法にかかっていた最も輝くほどの魔力を放っている大樹が目の前に現る。
「着きましたね。あれが神樹です」
一本だけ中央に鎮座し、俺たちがいる大木を含めて、他の大木は控えるように距離がある。
だが、確かな繋がりを持つように枝が細長く――それでも人が何十人も歩けるほど太いが――神樹の枝と手を取り合うように絡み合っていた。
「これは中々すごい景色だな。ソリア様と色々なところを旅してきたが、ここまでの絶景は滅多に見たことがない」
ため息交じりにフィルが感嘆を言葉にする。
守衛と、守衛室が置かれてある。それが景観の一つになるほどに美しいと思える場所だった。
神樹に向かう。
守衛室に通りかかり、一人のエルフが顔を覗かせた。
「おお、ルックじゃないか。後ろが言ってた依頼を受けるって人らか?」
陽気そうなエルフが声をかけてきた。
知り合いらしい。
「そうです。神樹の見物に来たので通してもらえますか?」
「ん、今かぁ……。シルレ様やオッド様が来ているから後程にした方が良いと思うぞ」
「……彼らが来ていますか」
両者の顔が険しい。
「誰のことです?」
「エルフ姫のシルレ様と、賢老会のオッド様です。どちらもエルフの重役です」
「ああ、なるほど」
重役と言えば外界との関係を断ちたい連中だ。
俺達が顔を合わせるのは気まずいのだろう。
「ん、だが、依頼者はそのオッドって名前じゃなかったか?」
依頼書を思い出し、問う。
たしかに依頼人の名前にオッドとあった。
「ええ、今回は賢老会直々の依頼になります」
「どうして俺らを嫌ってるやつらが依頼を出すんだ?」
普通に考えてギルドの利益に繋がるような真似は避けたいはず。
「おそらく、何らかの妨害工作を行い、我々ギルドの信頼を落としたいのだと考えられます」
「また古典的な方法ですね」
「それが有効打になるのです。数多くの他種族組織がエルフから撤退したのにも関わっていると考えられます。特に賢老会と傘下組織が経済的なダメージを負っていましたので」
くだらない事は思いつくのに、どうしてその努力を別の方向に回さないのか。
退廃的な方が一時的に楽になる。だが不安は積もっていくだけだろう。
「それでは、会わない方向でも構いませんか?」
ルックが問いかけてくる。
が、俺たちが答えるよりも先に神樹の方から一行がこちらに向かってきた。
エルフの誰もが恭しく頭を下げている。
「あちゃー……タイミングが」
ルックがバツ悪そうに言う。
このまま俺達が踵を返しては余計に確執が生まれてしまう。
探知魔法で掛かっていた、特段に魔力の高い連中だ。
あれがエルフ姫と賢老会で間違いないだろう。




