エルフの里に
ギルドマスター室。
そこでは俺とユイが来客用の椅子に座って待っていた。
「遅いのー」
リフは相変わらず幼児用の椅子に座っており、机に突っ伏して愚痴っている。
「遠方から来てるんだろ? なら仕方ないさ」
「そうは言っておられんのじゃ。かなりマズい事態になってるでの」
「マズい事態?」
不穏な言葉を拾って返す。
しかし、リフは様子を変えずに続けた。
「全員が揃ってから話すでの」
「なら、もう話していい」
俺が言うとノックの音が響く。
リフが起き上がって「さすがじゃの……」と言いながら扉に顔を向ける。
「入るのじゃー」
「失礼します。遅れてしまい、申し訳ありません」
フィルだ。
どうやら一人のよう。
「やはりソリアは来れそうになかったようじゃの?」
「ええ、多忙を極めておりまして、遅れて来るそうです」
リフとフィルの間では話が通っているようだ。
今回の依頼はカリスマパーティーが受けたもの。自然と問う。
「何かあったのか?」
「ソリアが真・アステア教に移籍したのじゃ。それで挨拶回りやら印象付けのための布教をしておる」
「ん、アステア教はどうなったんだ?」
「ほぼ解散状態だ。あんな事があれば当然だろう」
「大変なんだな、おまえら」
スフィも忙しいわけだ。
一応、シーラの勧誘でクエナや俺のパーティーに入っているが顔を出していない。
なにやら連絡を取り合っているようだが、こうも真・アステア教が拡大しては仕方がないだろう。
「それじゃあ適当に話していくかの」
リフが中央に窪みのある四角いマジックアイテムを取り出す。拳くらいの大きさで半透明の水色だ。
それをリフが突っ伏していた机に置いた。
「これは転移のマジックアイテム。これを使って直接エルフ支部に行ってもらうのじゃ」
「直接行くのか?」
「うむ。エルフは外界との干渉を拒んでおる。道の舗装も完ぺきではない上に遠いのでな」
「……外界との干渉を拒んでいるって、それ俺たちが行っても大丈夫なのか?」
「そこが先ほど言ったマズい事態じゃ」
ここで話が繋がったようだ。
リフが表情を曇らせる。
「今、エルフの里にある他種族の組織はギルドしかない」
「おいおい、ってことは人族だけか?」
「それも一人でキープしておる」
「よく一人で持ってるな」
「優秀じゃからな。エルフの嫁を貰っておるから粘っておるようでの。それでもじわりじわりと追い詰められておる」
そんな事情もあるのか。
依頼を受けるということで、予めエルフについては調べてある。
先代の勇者の活躍によって、エルフの里は他種族を受け入れ始めていた、という話だった。
しかし。
「上手くいってないのですか?」
フィルが問う。
「うむ。十数年前から怪しい気配はあったが、ここ数年でほとんどの組織が撤退しておる。そして、いよいよギルドもマズい事態になってしまったわけじゃ」
「人見知りもここまで激しければ不気味だな」
ギルドとしても対処はしていたのだろう。
Aランク、Sランクのパーティーがエルフの里で依頼を受け、失敗している。
だから俺たちを呼んだ。
「最後の切り札というわけじゃ。もう一歩も下がれん」
「プレッシャーだな」
「微動だにせず言えるあたり皮肉じゃの」
「難易度が分からないから怯えようもないしな」
エルフの里には一度も行ったことがない。
さらに言えばエルフという種族は一度も見たことがない。
強さの平均を知っていればリフの想像通りの反応も出来ていただろう。
しかし、無意味に恐怖するのは愚かだ。臆病も過ぎれば変化できずに死んでいく。
「然らば向かってもらおうかの。マジックアイテムに触れよ」
リフを除いた全員が手を添える。
フィル、ユイの顔には一切の怖気はない。
それにリフが満足そうに頷く。
「おぬし達ならばやってくれると信じておる。あちらに着けば支部員が出迎えてくれる手はずになっておるから、説明はその者から受けるがよい――頼んだぞ」
視界が明転する。
転移の兆候だ。
それから場所がギルドマスター室から移り変わる。
一言で表すなら静寂。
本部とは比較にならない、受付の小ささ。部屋も十人が限界と言えるくらいのスペースしかない。
しかし、それでも掃除が行き届いており、観賞用の花鉢が置かれている。――この部屋で待っていた男性が行き届いた仕事をしていると一目で分かる。
「ようこそ、カリスマパーティーの皆様! あ、仮称でしたね。えーと。ジード様、フィル様、ユイ様ですね。ソリア様は不在のようですが、すでに話は承っております」
俺たちを出迎えた三十代ほどの男性が深々と頭を下げる。
「私はルック。このエルフ支部にて支部長をしています。皆様をお待ちしておりました」
「話は聞いています。早速ですが依頼の内容および依頼書をお願いします」
フィルが対応する。
言われてルックが受付から三枚の依頼書とペンを渡してきた。
依頼内容を見る。
「近く、エルフが祀っている神樹が開花する時期に入っています。その際に大量の樹液を確保するので、それの分配の護衛を担当していただきたい。というものです」
話を聞く限りでは簡単そうだ。
しかし、そう易々とクリアできないから俺たちが呼ばれている。
「分配の護衛か。具体的には何をするんだ?」
もっと深く切り込む。
怯えも恐れもしないが、油断はせず慎重に進めていこう。
「難関となるのは魔物に樹液を分配するタイミングかと思います」
「魔物にも渡すのか? エルフだけじゃなく?」
「はい。神樹はこの森の全てに恩恵を与えてくれる存在。それをエルフだけで独占してはならない、という古からの掟があるそうです」
「なるほどな。それで魔物は大人しくしてくれないわけか」
樹液を分け合うのはエルフが決めた掟だ。
当然だが魔物にそんなものは通じない。樹液とやらは価値があるものらしいから――
「――強奪しようとする魔物も少なくはないです。神樹の樹液は魔力を増強し、身体を健やかにしてくれるので」
「魔力の増量ですか。それはすごいですね」
「ええ。しかも神樹から溢れる魔力に影響されて、発掘される魔力石なんかはマジックアイテムの高純度の動力源エネルギーになります」
魔力石。図書館で見たことのある単語だ。
これがあればマジックアイテムに魔力を使わなくとも扱うことができるため重宝されている。
地面などにある普通の石が魔力に感化されて、その身に魔力を宿しているもの。
普通に生産することもできるが、よほど大量の魔力か、高度な魔力操作を会得している者でなければ、純度の高い魔力石を造るのに時間を要する。
「道理で」
一人で納得する。
実はエルフの里に入った瞬間から探知魔法を広げた。
地面には無数の魔力石。周囲の木々も魔力が宿っていて、生き物のように魔力を自生している。
そして里の中心部には巨大な一本の樹木がある。間違いなく、それが神樹であると確証を持てる。それほどの生命力と雄大さを魔力越しに感じ取った。
「それでは、ひとまず皆様の滞在する貸家にご案内します」
転移のマジックアイテムがあるからクゼーラ王国とエルフの里を簡単に往復できる。
だから泊まる必要はない。
だが、神樹の開花時期が不明な以上はエルフの里にいることが万全だということで、今回は貸家を用意してもらう手はずになっていた。
ギルドのエルフ支部から外に出る。




