新たな門出
エルフ支部の依頼を受けた俺は荷物を纏めてギルドマスター室に向かっていたが、そんな最中でクエナとシーラがギルド本部前で俺を待ち伏せしていた。
「おまえら、どうした?」
「長期の依頼って聞いたからジード成分を補充しておこうと思ってっ!」
シーラがぎゅーっと抱き着いてくる。
張りのある双丘が密着して一気に脳内が真っ白に染まる。くそ……なんでこんなに殺傷性が高いんだよ……!
「ちょ、長期って言っても一週間から一か月って話だ。すぐに会える」
「私にとっては長いわよぉ……」
ふぇぇぇ、と今にも涙を流しそうな顔でシーラが言う。
余計にシーラの抱きしめる力が強くなり、俺の足腰が不安になってくる。
「ねぇ、ジード。Sランク試験っていつあるか知ってる?」
クエナが尋ねてきた。
どこか意味深に。
「次の試験か? いつだ?」
「二か月後よ」
そんなに近くなっていたのか。
「そうか。クエナは受けるんだろ?」
「ええ。きっとシーラも受けることになるわ」
「えへへん。『きっと』じゃなくて間違いなく!」
ドヤ顔のシーラが言い切る。
だが、そうなってくると二人の不安要素が見えてくる。
「フィルも受けるぞ、間違いなく」
釘を刺す意味も込めて言う。
かつて二人とフィルは剣を交じえている。
しかも負けていた。
実力的な意味でも懸念材料になることは間違いない。
だが、二人の顔は曇らなかった。
「負けないわよ」
「ええ、絶対に負けない! ジードの騎士は私だけで充分!」
よほどの自信があるようだ。
禁忌の森底での特訓や、スティルビーツでの戦いが彼女たちに良い意識を芽生えさせたのか。
はたまた二人の意思の強さか。
「そうか。結果が楽しみだよ。どんな試験内容か分からんが、どう転んでも不思議じゃない」
魔力の総量、魔力操作技術、身体能力、もろもろを合わせても人の総合的な力を測り切ることはできない。
だからこそ戦いというものは一切の油断を許さないし、百パーセントの予測ができない。
俺の返事に二人が頷く。
「ところで、ジードはウェイラ帝国に行く予定とかあるの?」
クエナが表情を憂慮したものに変える。
「急になんだよ?」
「ルイナとの件よ。少し考えただけで分かるわ。あなたがルイナに提示された引き抜きの『地位』を」
クエナは賢い。
だからあの場での会話を聞いていなくとも、なんとなく想像することができるのだろう。
あのキスの意味も。
「ルイナは本気よ」
「あの引き抜き条件が、か?」
「それもある。けど、なによりもジードに対して。あのキスはジードが考えている以上に重たい意味を持つわよ」
まるで脅すような口調だ。
それだけ重大なことなんだろう。
「ルイナは女帝だけど異性と関係を持ったことがない。そんな人がキスを捧げたのよ。本気でジードのことを取りに来るわ」
「気を付けておくよ。だが、ウェイラ帝国の軍隊とは一戦したんだ。無茶なことはして来ないだろうさ」
「武力行使の可能性は低いでしょうね。けど、他にも色々と手は考えられる。……ただ私が言いたいのは別」
クエナの頬が朱色に染まる。
恥じらいを持っている。だが、目には覚悟と確固たる意思があった。
「リフは嫌な気分になるでしょうけど、私は別にジードが引き抜かれても構わない」
「それってどういう」
「あなたがウェイラ帝国に行くなら私も付いていくわ。今の私の目標は一つ」
「ルイナに認められることじゃないのか?」
俺の問いにクエナが首を左右に振った。
芯のある目で俺を見つめる。
「もうルイナには認めてもらった。だから今の私はジード、あなたよ」
「俺? ……だが、俺はおまえとシーラをパーティーのメンバーとして認めたはずだが」
「ううん。私はあなたと……肩を並べて戦える存在になりたいの」
言われて、どこか心が安堵を覚えた気がした。
肩を並べて戦う。そんな存在、俺には一度もいなかった。
得難い居場所を見つけたような……そんな気持ちが心に宿る。
「……そうか。楽しみにしてる」
「ええ、待ってなさい。必ず追いつく。油断していたら追い越すんだから」
クエナはそう陽気に笑った。
後ろに気配を感じる。
「ど、どこから現れたのよ、ユイ! 急に出てきたらビックリするでしょうがっ!」
シーラが驚きに声を挙げる。
「いや、こいつはこれがデフォルトだ。本当ならもっと上手く気配を隠せているだろうよ」
「ん」
ユイが人差し指と中指を立てて、自慢げにピースのサインを作って前に出す。
それにシーラが「あんたピースとか出来たのね……」とか言っていた。
「ジード、依頼」
「ああ。リフのところに行くか」
そろそろ待ち合わせ時間になる。
改めてクエナとシーラに見合って笑む。
「じゃあ気を付けろよ」
「あんたもね。……って、あんたには不要な言葉かしら」
「うぅ……。ジードも気を付けてね! 何かあったら呼んでねっ」
別れの挨拶を済ませて、ギルド本部に入る。
そこから階段を上っていく。
「ジード」
ユイが後ろを付いてきながら声をかけてきた。
「なんだ?」
「ルイナ様は妾も構わないと仰っている」
「…………急にどうした?」
「クエナとシーラ」
先ほどの光景を見ての言葉だろう。
いや、ずっと昔からだろうか。とくに禁忌の森底ではユイもシーラが俺の寝こみを襲おうとしたところを見ていた。
しかし、そうだな。
クエナとシーラの好意については、なんとなく理解している。
人と関りの少なかった俺でも、彼女達ほどストレートなら気が付ける。
「あの二人には必ず応えるよ。だが少なくとも、それはエルフ支部での依頼が終わってからだ。……あと、だからと言ってウェイラ帝国に行く訳ではないからな」
「ルイナ様が狙っている。だからジードは来る」
「単純だな」
クエナにも似たような事を言われたな。
やはり、そう思わせるだけのカリスマ性のようなものがルイナにはあるのだろう。




