一日
「ここは一流レストランね。上位ドラゴンのステーキも予約必須だけど提供することもあるわ。王族御用達なんて名もある」
「武器とかの手入れだったらここね。わざわざ遠くから著名な猛者まで来るわ」
…………
……
そうやっていろんな場所を教えてもらった。
しかし、
『……肉が……美味しいのに……胃が拒絶するぅ……!』
びくびくっと身体が痙攣して止まなかったのを覚えている。
『すみません! 斬れ過ぎて鍛冶屋ぶっ壊しちゃいました!』
ただ剣を振っただけで鍛冶屋が両断された。人に当たらなかったのは幸いか。
「……はぁ」
クエナが額を抑えながらため息を吐いている。まるで頭が痛いと言わんばかりに。
いや、俺にも自覚はある。
せっかく案内役を頼んだのにどうも上手くいかない。
「すまない、俺はどうも格式が高いところは向いてないみたいだ」
「薄々そんなことだろうとは思っていたわよ。でもそれじゃあダメよ。SランクはSランクなりの格を持たないと。依頼者だって質が高くなるのだから」
思い返せばAランクとかの依頼者はでかい豪商って感じの人や偉そうな貴族だったな。もしかすると今後こういった食事に案内されることもあるのだろうか。
だとしたら慣れないといけない……のか。
しかし、レストランは一食三十銀貨もかかるし、超一流の鍛冶屋は剣一本三十金貨もかかる。
「慣れたら慣れたで怖い……」
「なら最低でも耐えられるくらいはしなさいよ」
「はい……」
涙目になりながら俺は頷く。
そうか、そうだな。思い返せばこれも仕事か……。ならやるしかない。
いや、別にいいのだ。俺は無理矢理にでも慣れるから。高級食なんて毒だと思えば美味しく感じるだろうし、異様に斬れる剣だって慎重に持っておけば大丈夫だ。
「あのね、ジード。でも」
「?」
「どうしてもイヤならやらなくてもいいんじゃない。人にはできないもの、不向きなものとかってあるわけだから。冒険者はそういうところ自由が効くわ」
「いい、のか? だってイヤって言葉は死んでも使うなって。出来ないのは甘えだって」
「……だから本当にいつの奴隷制度の話よ。あんたもしかして奴隷制度があった時の住人じゃないわよね」
「違うが……」
クエナがドン引きしている。
ああ、ダメだ。涙出そう。
「おまえって良いやつだよな」
「なっ、なによ、気持ちが悪いわね! 案内役ってこういうことでしょ」
「いや、俺はてっきり機械的な説明を想像してたから」
顔を真っ赤にして小突いてくるクエナに弁解しながら、往来で開いている露店を見た。鼻から吸い込まれる良い匂いに腹が鳴った。
「なんだ、あれ?」
「あれはビフボーンの串肉ね」
「旨そうだな……食ってみたいなぁ……」
「え? 食べたいなら食べればいいじゃない。銅貨一枚で一本買えるわよ」
「いや、でも…………あ」
そうだ。頭になかった。
俺はもう冒険者で飯も自由に食っていい。金だってある。それを思い出し、足が露店に赴いた。
「えっと」
露店の親父さんの前に着く。
こういう時はどうすればいいんだっけ。
数年前に外出を許可されたときは……いや露店で食べたかったけど食堂で金を使い切ったんだった。
やり方が……わからねぇ。
「はぁ、しょうがないわね。とりあえず五本ください」
「あいよ、銅貨五枚ね」
クエナが金を支払い、露店のおっちゃんが串が入った袋を渡す。
一連の動作に俺はすこし感動した……!
「はい、金貨一枚」
「おうっ、ありがとう!」
麻布から金貨一枚を取り出してクエナに差し出す。
しかし、クエナは取ることなく手を引いた。
「ちょ、なに本気にしてるのよっ」
「え? いやでも手数料みたいな……」
「いやいや、だとしても金貨はさすがにないわよ! あんた価値理解してるの?」
どこか怒りを感じる表情をしながら、クエナが俺に聞いてきた。
価値の仕組みは理解している。だが、実際に金を使う機会も触れる機会も少なかった。
「言われてみれば簡単に渡してる……のか?」
「当たり前でしょ。ほっとけないわね」
腰に手を当てて呆れられた表情になる。
面目ない……。
「じゃ、はい。三本ね。二本は私のもの」
「ありがとうっ。それでいくら払えばいいんだ?」
「いいわよ、これくらい。奢ってあげるわ」
「えー……案内まで頼んで奢ってもらうのは気が引けるな」
「そんなんだから良い様に利用されるのよ。もうすこし堂々としなさい。最も利益を重視しなさい」
「そ、そうだな……はぐ……うまっっ!!」
クエナからもらった串肉を食べた。
外は歯ごたえ良くて中はとろけている……! タレと油の絡みが口の中にほどよく残って香が鼻をくすぐる……!
うまいっ!!!
「話聞いてるの? ってレベルで移り変わりが早いわね……」
またクエナに呆れられたっぽいが、それよりも串肉が美味しい。話が右から左に流れていく。
「あまり聞いていない! うますぎるから!」
「ちょっとっ。しっかりしなさいよ! そんなんじゃ……」
「もぐもぐ。いや……大丈夫だ」
「なにがよ」
「この前、依頼の人らを見てさ。いろいろと考えが変わったんだよ」
「? どういうこと」
「鍛冶屋のおっさんがさ、めちゃくちゃ厳しそうなのに『あーもう時間時間、やめだやめ。今続けてもロクなもの作れねぇ!』って言っててさ。ああ、たしかに下手に続けても意味ないなって思ってさ」
「へぇ」
「宿屋のおばさんとかも冒険者がいなくなったから全然人いなくても掃除しててさ、それやっても意味あるのかなって思ってたら『たしかに人はいないけど、綺麗に掃除すると気が引き締まるし、明日へのエールになるから』って言ってて。掃除なんか意識したことなかったけど、たしかになって思えた」
だから騎士団がどれだけ悪辣な環境だったことも再認識した。
そして冒険者がどれほど自由な職業なのかも。
なんて考えていると――冒険者カードが低音を発しながらぶるぶると震えた。