やはり最強につき
「ジ、ジード……あんた」
「しゃーなし、おまえらは転移で帰してやる。あとは俺が始末をつけるさ」
「『そんな! ダメよ! あいてはウェイラ帝国の軍団規模よ!?』」
咳き込みながらもシーラが土壁から這い出てジードを止める。
クエナもシーラと同意見の様子だった。
「さすがに見過ごせない。フォンヴを殴ったのだってカリスマパーティーっていうギルドの看板を守るためなんだ。そのギルドが直接危害を加えられようってんじゃ、傍観者を決め込むわけにはいかない」
諭すような優し気な声だ。
さっきまでの威圧的なオーラは二人の前では身を潜めている。
「なら、私も戦うわよ」
「『私も! ギルドじゃなくてジードと戦いたいの!』」
「バカ。そんな状態じゃ戦うどころか立ってることすらキツいだろ。無理するな」
「でも、それじゃあ……!」
クエナが食って掛かる。
事実、二人の体力は限界に近い。クエナは魔力が枯渇ギリギリで、シーラは傷による出血とダメージが大きい。
「安心しろ。こんなとこで俺は負けない」
「……そんなに私達は頼りない? あなたのパーティーとして役に立たないの……?」
クエナが捨て猫のような目で、涙を堪えながら言う。
小動物をイジメているような気持になり、ジードは居た堪れなくなって頬を軽く掻く。
「いや、そんなことはない。おまえ達は十分にやった。逆だよ、同じパーティーメンバーだからこそ後のことは任せてくれって言ってるんだ」
ジードの言葉に、クエナは納得がいかなかった。
まるでそれは説得のために用意されたセリフに感じたのだ。
それを察してジードは続ける。
「分からないか? 俺はおまえ達をパーティーメンバーだと思ってる。頼りがいのある仲間だってな。だからコレは俺が対処する。また次の依頼で一緒に活動するためにな」
「……!」
「『ジード……!』」
同じパーティーメンバーとして認められる。
それはクエナやシーラにとっては痛いほど嬉しいものだった。
「よし、じゃあ先に帰還してろ」
ジードが二人の肩に手を置いて『転移』と口にする。
クエナやシーラは物言いたげだが、どこか認められたことによる嬉しさが滲み出ている。
「待ってるから」
「『料理作っているからね!』」
二人が思い思いの言葉を伝えて、ジードは転移の指定先であるクゼーラ王国の王都にまで飛ばした。メガネの青年も露店の男に飛ばした。
そして、ジードは改めてルイナに顔を向ける。
警戒からユイがジードに剣を構えていた。
「本当に戦い合うつもりのようだな」
「当たり前だろ。念のために聞いておくが、ウェイラ帝国は軍ってやつを幾つ持ってるんだ? 今のところ十までは出てきたが」
「知る必要はないと思うが?」
「なぜ?」
「なぜって……」
純粋なジードの声音にルイナが戸惑う。
しかし、あえて答えることにした。
「十五だよ。つまり帝国の総軍の三分の二がここに集まってきているわけだ」
「大所帯だな」
「ああ。そこで寝転がっているフォンヴがもっと裏切り者を出してくれると踏んでいたからね。結果的に全て制圧を終えてしまったわけだが」
「そうみたいだな」
ジードの探知魔法には第十軍までの軍隊が周囲に着陣した様子が映っていた。
両方の山々からはそれぞれの軍団を示す数字の刻まれた軍旗と、ウェイラ帝国軍を示す国旗が一面を埋め尽くしていた。
一本道の遠い地平線までも人がいる。
「さぁ、これが今からお前が相手にする敵の数だ」
ルイナが両手を広げて威圧的に言う。背後に広がる無数の兵。その光景はすべてを支配している王だ。
しかし、ジードは気にもしていない様子で片手を伸ばした。
「これから後五つも軍団を相手にしないといけないなんて面倒だよ」
「……これだけの数を見てそこまで大仰なことが言えるとは」
「まぁ、ひとまず」
ジードが親指と人差し指を合わせる。
「相手するヤツくらい選ばせてもらうぞ」
「は。一対一をご所望か? 戦争にそんな甘さは――」
ルイナの言葉と同時にジードが指を鳴らした。
パチンっと軽快な音が響く。
山が反響したのもある。だが、異様なほどに長く耳に残る。
不意にルイナが心臓を握られたような、ギュっと左胸を押さえつけられる痛みを覚えた。
「ぐぅっ……!」
思わずルイナが左胸を抑える。
一瞬でも油断すれば意識が飛ぶ。そんな瞬間が十秒ほど続く。
「なにを……した」
ルイナが顔をあげる。
ただ無機質な仮面が辺りを見回していた。
「意外と残ったな」
「!?」
思わずルイナも一帯を見た。
山にいた軍勢、自分の背後にいた軍勢。
それらが掲げていた国旗や軍旗の数が明らかに減少している。半分以上だ。
「……なにを!」
「ルイナ様、魔力……」
眼前に立つユイがボソリと呟いた。
それは説明をしようとしている様子で、ルイナは目を合わせることで続きを促した。
「兵士の魔力を自分の魔力で剥離。……それにより倒れた兵士、魔力の枯渇」
「そ、それはどういう……? つまり、人の持つ魔力を消し飛ばしたというのか? 魔法でもなく純然な自分の魔力で……!?」
さすがのルイナも理解ができない。
そんな魔法は聞いたことがない。類似するものであれば幾つか想像がつく。しかし、たかが魔力操作でそこまでの芸当を成し得る生物をルイナは知らない。
そんな会話をしているうちに遠方から数人が飛んでくる。
「この化け物がッ!」
第二軍軍長イラツ。彼の後ろには副軍長。
他の方向からも軍長、副軍長クラスが襲い掛かる。
「遅いな」
だが、ジードはそれらを簡単にいなす。
襲い掛かった半分が地面に倒れ伏せたとき、ルイナが口を開く。
「待て! もういい!」
その声には焦燥があった。
ピタリと動きが止む。
「今回は引き上げる。これ以上の負傷者を出すな」
「しかし……!」
第二軍長イラツが反論をしようとする。
だが、その言葉の続きが出ない。
仮面の化け物を倒す方法が思い浮かばないのだ。
自然と頭が垂れる。
だが、問題はそこじゃなかった。
「だれが引き上げて良いって言った?」
ジードは冷淡に告げた。




