しんい
「かっ……!? な……ぁ?」
「おいおい、これだけでダウンか?」
倒れたフォンヴを仮面の男が膝を曲げながら見下ろす。
「お、お……おまえ……なにもの……」
「通りすがりの仮面だ。てかこの程度とはな。そこで主人様を守ってるユイの方が断然、強いぞ。カリスマパーティーのメンバーを軽んじすぎだ」
「か、カリスマパー……? だ、だれもそんな……」
「あ、やべ。パーティーとしか言ってなかったか。いや、うん、メンバーの名前を聞いたから分かったんだよ。カリスマパーティーって名は広まってるしな」
「……お、おま……え」
「それと、だからユイと互角に戦ったそこの二人も強いぞ。おまえが調子に乗っていい相手ではない」
「……ぅ…………」
それ以上、フォンヴはなにも言わない。
というか言えなかった。
辛うじて保っていた意識がふつりと途絶えた。自分の計画が失敗した喪失感を抱きながら。
「……あんた。ジード、なにやってんの」
未だに状況の流れが早すぎて剣を構えたままのクエナが尋ねる。
もう仮面の男の正体には気が付いていた。
しかし、バレバレな演技を仮面の男――ジードは続ける。
「バッ! ち、違う。私はジードではない! 仮面だ。この場にジードがいてはおかしいだろう。ウェイラ帝国と一戦交えたら彼の立場というものがな」
「そんな内部事情を知ってるのは限られてるでしょうが……。それに、そこの男を殴った時の魔力構成はあんた以外できるやつ知らないわよ」
一か月の特訓でクエナの目も鍛えられた。
ジードほどではないが魔力の気配を感じ取ることができる。
そのため幾重にも重なった魔力の波長が一糸乱れることなく仮面の腕に内外問わず纏っていたのも分かる。
そんな芸当ができるのはクエナの知る限りジードだけだ。
「ええい! うるさい! それよりも、そんなに無茶して戦ってどうする! 初・対・面だが親切心で言うが逃げる場面は見極めたほうが良いぞ!」
「……ええ、そのとおりね。ごめんなさい。やっぱり私はまだ未熟だわ」
どこか悔し涙を浮かべそうで、しかし、にこやかなクエナが言う。ジードの下手な演技に対して面白そうにしながらも内心では猛省をしていた。勝てる、勝てると引きずった結果がこれだ。ジードがいなければ死んでいただろう。
弱火になった剣を鞘に戻す。
仮面の男がその様子を見て、少し間を開けて言う。
「でも、まぁ。良かったじゃないか。強くなっている。実感はあるだろう」
「まぁね。おかげさまで」
「だ、だれのおかげかな……! まぁいい。俺も帰るとする」
「まぁ待つんだ、ジード君」
ジードが帰還しようとすると呼び止められた。
相手はルイナだ。
関わってはいけない第一級の人間に名前で呼ばれる。
ジードは久しぶりに嫌な脂汗を感じた。
「だ、誰かなあ。ジードって、俺わかんないから帰っちゃおうーっと!」
「冗談だ。ここでは仮面クンと呼んだ方が良いか。いやいや、助かったよ。危うく奴隷の首輪でこの私が誰かに下るところだった」
恩に着るといわんばかりの柔和な笑みでルイナが言う。今までの戦況を見てきた誰もが、その光景を見れば事実と疑わないだろう。
しかし、ジードは違った。
「はは、ご冗談を」
「……なぜそう思うんだね?」
「この戦場に近づいてきている軍隊。そして、あんたの軍服に隠してある幾つもの魔力を放つマジックアイテム。たとえ俺がいなくとも、この男の策略程度じゃ意味はなかっただろう」
ジードの答え合わせは百点満点だった。
頷くルイナは隠そうともせず言う。
「うん、さすがだ。そのとおり。フォンヴの怪しい動きは既に察知していた。そして、私はユイと共にこの場を転移のマジックアイテムで去れていた」
ルイナが裾から赤く光る小指の第一関節ほどしかない丸石を取り出す。これでね、と言わんばかりに。
抜け目がないとジードは心の内で評する。
「ちなみに私が後ろの手で呼んでいたのはこの戦場にいる第二軍や三軍ではなく、仮面クンが言うようにこの戦場に集まりだしている第六軍から第十軍までの軍隊だ」
「徹底しているな。裏切りには容赦ないと」
「この戦場はユイのデビュー戦であり、裏切りの気風がある者の掃討でもある。王位を継いだばかりで大変でね。……ふふ。この私が負ける? ありえない。そんなことは絶対にありえないんだよ」
ルイナがフォンヴを足蹴にしながら言う。
その自信あふれる不敵な姿は見るものを畏怖させ、魅了するだろう。
「謀略が好きなんだな」
「ああ。しかし、好きなのは謀ることではない。人の上に立つことだ」
ルイナがグっと握りこぶしを作ってジードに突き出す。
それは自分の硬い意思を示しているようで。
「さて、どうする? ここには帝国から更なる軍隊が集まっている。どうせギルドの依頼を受けて戦争に混ざりに来たのだろう?」
「ん? いや、俺は」
「いくら仮面クンとはいえウェイラ帝国の第0軍から第十軍までを相手取ることはできないだろう。当然、逃がすこともしない。――改めて問おう、ウェイラ帝国に来い」
「興味ないってば」
「いいや、おまえは来るべきだ。なぜなら――近いうちにギルドは無くなるのだからな」
ルイナが不敵に笑いながら言う。
その堂々とした表情に嘘はないように見受けられた。
だからこそジードの目つきも変わる。
「……なに?」
「はは! ……ゾクリとしたぞ。さすがだな、この私でも」
「ギルドが無くなるってのはどういうことだ」
ルイナの談笑なんて耳にもせず、遮ってジードは問う。
「……簡単だ。人族はウェイラ帝国により統一される。そのためにはこうして小国に戦力を派遣するギルドは目障りだ。だからこそ、消えてもらう」
ウェイラ帝国は何度もギルドから人材を引き抜いた。
それだけじゃない。著名な傭兵団も組織ごと引き抜いている。
結果的に戦力の増強に繋がっている上に敵性異物を消している。
だが、ギルドだけは組織単位での買収ができない。
ギルドはあくまでも中立を表している。さらにオープンなギルドの気質から各地で良質な冒険者が集っている。
これ以上は野放しにできない。
だから、消す。
いちいち戦争の度に依頼を出して、金を出して、なんてまどろっこしいマネはしない。無駄な消費だ。
だから、潰す。
単純明快だ。
しかし。
それを明かすには目の前の男を軽んじすぎていた。
ジードが肩に背負っていた青年を下ろす。
「――なら、ここでおまえらを潰しとかないとな」
「もう正体を隠す気もないか。やれやれ、困ったな」
ルイナは平然と言いながらも額から汗が止まらない。
その威圧感は。
ただその場にいるだけで耳鳴りがして。
近くにいる人々が何倍も体重が増えたような腹から心臓にかけて射殺されるような倦怠感を覚えた。
それは集まりだしている帝国軍の面々も感じ取り、一部では本能から逃げ出す兵士もいた。




