ふぉんヴっ
「つまり? ウェイラ帝国を辞めると?」
「はは! その結論は意味が分からねえな。簡単だよ、てめぇを喰って俺が帝王になる」
フォンヴがギラリと瞳を輝かせる。
それは下剋上を企む者の目だ。
だが、ルイナは至って平然としていた。
「私を喰って? ふ、いくら軍長クラスとはいえ内部紛争は免れんぞ」
「いいや、そんなことは起こらない」
「なに?」
「実はこんな便利な物を見つけちまったんだよなぁ?」
フォンヴがポケットからなにやら取り出す。
しかし、それはルイナから見ても実体を掴めない。それほどに細い。辛うじてフォンヴが持っている姿を見て円形のなにかとは把握でき――推測した。
「……まさか」
「そのまさか、だよ。これは奴隷の首輪だ。しかもクゼーラ王国のいざこざの際に作られた特注だよ」
フォンヴが指で首輪を回す。
子供が新しい玩具を手に入れたと自慢げにひけらかすように。
だが、ルイナが否定する。
「ありえないな。そのアイテムを探すためにどれだけの人材と金を費やしたと思っている。クゼーラ王国の新上層部や依頼を受けたギルドの連中が全力で消していたんだぞ」
「くっくっく……そうだな。多分、もうこの世にはこれ一個しか残っちゃいねえだろう。製作図や製作関係者は豚小屋にぶち込まれているか既にこの世にはない。だからこそ俺はラッキーなんだ。本当にただの幸運だ」
だが、とフォンヴが続ける。
「そのラッキーで十分だ。女神が言ってるんだよ。俺にこの世を統べろって! だからその第一段階としてオメエを利用する。この首輪でな」
「自信家だとは思っていたが、ここまで傲慢だとはな。私を下したとしても他が黙っちゃいない。奴隷になった私の状態に気づかないノロマが果たして軍長や副軍長クラスに何人いるかな?」
ルイナの読みは正しい。
実際にルイナには及ばないにせよ、多少の違和でも感じ取る者ばかりの世界だ。
「いいや、そこも甘いな。気づいてるぜ? てめぇの後ろ手は他の軍長を招集していると。今までの会話も時間稼ぎだろ?」
そこまで読んだ上で。
フォンヴが笑みを深める。
「だが残念だったな。他の軍長は俺の部下が足止め中だ。さらに言えば裏切りそうなやつも買収してある。第三軍の軍長と第五軍の副軍長はもう俺の配下だ。この混乱に乗じて他にも買収されてるやつがいるかもなぁ?」
「参ったな、お手上げだ。よく頭が回る」
「はははっ! 降参はねぇよ。この首輪をおまえにかけて終いだ」
じゃり、っとフォンヴがルイナに向かう。
寸前。
ルイナとフォンヴの間にユイが立つ。
「ルイナ様、お逃げください。今の私では時間稼ぎが関の山」
「時間稼ぎにもなんねぇよ!」
「ぐぷぅっ……!」
ユイの腹部に足技。
吐しゃ物をまき散らしそうになるが堪える。
シーラのように地面から足を離さないのは体躯や魔力操作の賜物か。意地でもルイナが逃げる時間を稼ごうとしている。
「フォンヴ、待て。ユイに手を出さない方が良い」
「あ? どういうことだよ」
「ユイはウェイラ帝国の将校でもあるが、ギルドの冒険者としても登録されている。しかもSランクという希少な人材だ。万が一のことがあればギルド側も相応の処置をすることだろう」
「はっ。だからってギルドは生死が当たり前の世界だ」
「だがな、ユイが入っているパーティーにはソリアやフィル、そしてジードといった面々もいる。ギルド側はこのパーティーに特に目をかけて……」
「うるせぇよ。ギルドがどうした、あんな烏合の衆なんて関係ねえ。パーティーを組んでいようが名前だけのゴミ集団だ。どうせユイのように使えないカス共が――」
――ふと、気が付けば、その男はフォンヴの傍らに立っていた。
気配すら感じず、声すら出ず。
思いがけぬ事象にフォンヴの口も止まっていた。
白い仮面をかぶっている黒髪の男。仮面はヒビ割れているところを接着剤で不器用に直した跡がある。
肩にはメガネをかけた青年をおぶっていた。
青年は本を読みながらブツブツと呟いている。耳を傾けてみれば、
「つまり魔法倫理学においての洗脳とは魔力がその性質を変えて魔法とは異なる原理となる魔法素と呼ばれる魔力より更に細かいものが粒状になり現れて脊髄――――」
その口は止まることを知らない。
こんな状況を意にも介さないように。
しかし、問題は仮面の男の方だ。
明らかにこの場に現れたのは彼の意図。
「て、てめぇは」
「カリスマパーティーが使えないカス共って言ったのはおまえか?」
「……は? なにを言って」
「俺は全く知らないぞ? でもあれだな、俺より強い人らの集まりだってのは聞いている。うん、だから俺がおまえを倒せばカリスマパーティーの人らが強いってことになるよな?」
なにやらワザとらしい物言いだが、フォンヴは前言撤回を求められている気がした。
しかも『おまえを倒せば』という辺りは今のフォンヴの神経を逆なでする発言だ。
フォンヴが額に血管を浮かべる。
「……! 上等じゃねぇか――――アブッ!」
なにをした、というわけではない。
ただ仮面の男が殴った。
本当にそれだけ。それだけなのだがフォンヴが地面にめり込んだ。
フォンヴの身体がメインとなって地面に穴ができあがった。




