帝国会議室
ウェイラ帝国、帝国軍の天幕の一角。
そこには第一軍から第五軍までの将校クラスが長机を囲いながら座り集まっていた。
「やれやれ、たかがスティルビーツなんて小国を相手に俺まで呼び出されなきゃいかんのかね」
後ろ頭を押さえながら雑な座り方をしている隻眼白髪のイケメンが愚痴気味に呟く。
「ルイナ様が不在だからと調子に乗るなよ、フォンヴ」
そんなイケメンを睨みながら窘めているのは黒髪青目の厳つい中年――イラツ・アイバフ。
フォンヴは第一軍、軍長。
そしてイラツは第二軍、軍長。
どちらも帝国ではトップの位階にある。
「いやいや、ルイナ様が居ても同じこと言ってたっつーの。おっさんのとこだけで十分だったろうに」
「スティルビーツは小国だが安定した国家だ。今回の戦で相当な金銭を使っている情報もある。油断はするな」
「はいはーい。まったく、どこぞのザコがヘマをしたせいで、こっちまでルイナ様の信頼がガタ落ちだ。なぁ~、えーと。ゴミだっけ? 名前」
フォンヴが後ろを見る。
彼の背後には第一軍、副軍長――バシナ・エイラックが立っていた。
かつてはSランクであり、第0軍の軍長でもあった男だ。
バシナはフォンヴを射殺すような目で見た。
「……ふざけるのも大概にしろ」
「ふざけてねーっつうの。元Sランクだかドラゴン殺しだか知らねえけど過剰評価されすぎてたんだよ。本来なら俺のケツ拭き役が丁度良いってのになんで副軍長なんてやらせねえといけねーんだか」
フォンヴが不満を連ねる。
場の空気を悪くすることもお構いなしだ。
このままでは殺し合いが起こってもおかしくない。そんな中で会議室の扉が開かれる。全員が入ってきた主を確認すると立ち上がった。
「みな集まっているか。ご苦労」
ウェイラ帝国女帝、ルイナだ。
軽く手を挙げて着席を促しながら、自身も唯一の空席であった椅子に座る。
ルイナの背後に付き添っている女性を見てフォンヴが不満そうに言う。
「てめーもいんのかよ、ユイ」
第0軍、新軍長のユイ。
フォンヴの言葉にユイは反応すら示さない。
それによりフォンヴの怒りが更に灯る。
「ルイナ様、なんで俺が第0軍の軍長じゃないんですか? いきなりユイを抜擢しすぎじゃねえですか?」
「忙しなく上が交代したら下はパニックだろう。それに実力的にも管理能力的にも問題ないと判断した」
「そう判断した結果に俺の後ろのやつが降格してますが?」
若干の嘲笑を混ぜながらフォンヴがバシナを見た。――会議室が凍る。
軍長、副軍長の面々がフォンヴに対して敵意をむき出しにしていた。
「いい加減にしろ。ルイナ様に向かって口の利き方がなってないな」
イラツが腹の底から警戒心を呼び起こすような迫力ある低い声でフォンヴに言う。それは最終通告だ。
もしも背くようなことがあれば命の奪い合いが始まる。
「いいさ、私は気にしていない。不満が出るのは当たり前のことだ。だからこうして大々的な戦争も起こした。スティルビーツが傭兵団やギルドから人を集めているのは諸君なら聞いているだろう」
各軍長クラスは独自のルートを持っている。基本となる情報源は当然ながら誰一人として欠けていない。
周知の事実に誰しもがルイナの言葉にうなずく。
「その他にも諸外国の連合が組まれるという話が出てきた。帝国傘下の国も反旗を翻すなんて噂まである。肥大化していく我らが帝国を見過ごせないということだろう。特にクゼーラ王国の弱体化や神聖共和国の度重なる悲運によって目立ってしまったからな」
ルイナの話に、誰しもが既に知っていたような反応を取る。
彼らの姿を満足気に眺めながらルイナが続ける。
「各地に駐屯している軍にも通達してあるが、諸君らにも改めて言おう。――近いうちに人族を統一する」
ルイナの目がギラリと光る。
彼女自身には武の面でいう『力』はない。しかし、他を圧倒するほどのカリスマ性や覇気があった。
会議室にいる誰もが鳥肌を立たせて震える。
先ほどまで口を尖らせていたフォンヴでさえ笑みを深めていた。
実際にウェイラ帝国にはそれだけの軍事力が備わっている。各方面と対等以上に戦いあう力がある。
スティルビーツは踏み台の一つに過ぎない――。
ふと、フォンヴが尋ねる。
「そういえば、このカスを一発で潰したっていうジート? ジーラ? とかいう男はどうなったんです? ユイが引き抜くために動いてるって話じゃ?」
「報告は受けているがダメそうだな。私としてもイチオシの人材だが帝国に来るつもりはないようだ」
「へー。なら、今回のスティルビーツ戦で来るかもしれないんですかね」
フォンヴが疑問を呈した。
彼は一個人でも破格の実力を持つ。本能的な感覚も鋭い。慢心はするが怠ることはない。だからこそジードという可能性も考慮に加えていた。
「いや、それはないだろう。ユイとぶつけ合うことを良しとしないはずだ、あの女狐は」
ルイナが思い浮かべるのはギルドマスターのリフ。
「はっ。そうなんすねー。ボコしてやろうと思ったのに残念っすわ」
ポリポリと頭を掻きながらフォンヴが言った。




