依頼ってやつ
スティルビーツ王国。
小国ながら経済や軍事は安定しており資源も豊富で、なおかつ学問が盛んな場所だ。
この国を統べる王族は優秀な者が多い。
学問の都であるエルフ・イズタ学舎で次席を取った王女に、若くして冒険者ギルドで数少ないAランクに至った王子など、秀才を多く輩出している。
そんな国が隣接しているウェイラ帝国に狙われるのは必然だったのかもしれない。
宣戦布告は国境の小さないざこざだ。
だが、それはウェイラ帝国の常とう手段。そこから大ごとにして吸収合併ないしは主導権の簒奪までが既定路線である。
当然、この危機を逃れるためにスティルビーツ王国は国庫を空にして防御面に重きを置いた。
各同盟国、そしてウェイラ帝国に敵対的な国からの増援、さらに冒険者ギルドや傭兵団にも多くの金銭を積んで要請した。
クエナとシーラは依頼を受けてスティルビーツ王国に来ていた。
金銭が目的であるかは、さておき。
「おっ、良い姉ちゃんがいるじゃねーか! やっぱ戦前は娼婦だよなぁ!」
「ははっ! スティルビーツ王国も気前がいいな! こんな最高級の別嬪を呼ぶなんて! まだ昼だが早速楽しませてもらおうぜぇ!」
クエナとシーラを下衆極まる声で呼ぶ声。
それは荒くれの傭兵団だった。
十を超す戦に慣れた集団が二人を囲む。しかし、二人は物怖じせず、むしろどうでも良さそうにしていた。
クエナとシーラが携帯している武器なんか目にも入っていないようだ。
あと一歩。傭兵達が近づけば首が跳ねられていただろう。
「お、ジード兄貴の彼女さんじゃないですか! 来てくれたんですね!」
そんな声がかかる。
クエナにとっては見慣れた顔がそこにはいた。金髪碧眼の正統派イケメン。
スティルビーツ王国の第一王子、ウィーグ・スティルビーツだ。
だが、真っ先に反応したのはシーラの方だった。
「えー! ねぇ、クエナ。どうしよう! 一発でジードの彼女だってバレちゃったよ!」
「え? いや、僕はクエナ姉さんに……」
ウィーグが訂正しようにも既にシーラは『やっぱり噂されてるのかな!』『お似合いとか言われちゃって!』と自分の世界に入り込んでいる。
そんな光景を見て傭兵達がわなわなと震えている。
「ジ、ジードってあのSランクの……?」
「くそが! だから毎度毎度クソ適当な声掛けなんかするなって言ったろうが!」
「よく見ろよ! たまに見かけるAランクのクエナさんじゃねえか……! 俺は知らねーぞ!」
さっきまでの威勢は消えて、一人また一人と立ち去っていく。
最後には誰も残らなかった。
「あ、あれですね。やっぱりジード兄貴は来てくれないんですね」
ウィーグが、シーラや傭兵達を見て『どんな状況だ……?』と思いながら言う。
それにクエナがため息を付きながら返した。
「当たり前でしょ。仮にもSランクなんだから簡単に依頼をほいほい受けるはずがないじゃない。それにユイとは同じパーティーなんだし。……あと、彼女ではないから」
「え! うそだー! めちゃくちゃ噂になってますよ。ジード兄貴色んな女性を侍らせてるって。フィルさんやユイさんも宿に押しかけてたし、ソリアさんはめちゃくちゃ推薦して色んな人にジードさんのこと話してるから噂立ってるし」
クエナやシーラは言わずもがな、といった感じで他の人たちを紹介する。
ぴくんっとシーラが反応した。
「『……本妻は』」
「え?」
突然の背筋を凍らせる冷たい魔力にウィーグが頬を引きつかせる。
さっきまで自分の世界に入り込んでいたシーラが顔を暗くさせていた。
「『本妻は私よ!』」
「ひぇぇっ! は、はいっ!」
シーラの得も言われぬ迫力にAランクのウィーグが戦慄する。
それは格の違いが如実に現れていた。
「ちょっと、抑えなさい。ここで無駄に解放するんじゃないの」
「だってぇ!」
「は、はは。ジード兄貴も人気ですね。僕も久しぶりに会いたかったですけど残念です」
本心では一緒に戦ってくれれば精神的にも戦力的にも助かるのだが。
それを察したクエナがもう一度言った。
「あれを呼びたければ指名依頼することね。それと色々しがらみを外すこと」
「まぁ、そうですよね……」
当然、ギルド側からウェイラ帝国との仲を取り持つための金額分も差し引かれるから多額になる。
ウィーグもそれが分かっていてため息しか付けなかった。
◇
一方その頃。
クゼーラ王国の王都。
「あんた本当にSランクだったんだな! 滅多にニュース見ない俺でも最近よく記事で見かけるよ!」
よくジードが串肉を購入する男が笑いながら言う。
傍らで肉の入った麻袋をジードが担いでいた。
「逆に今まで信じてなかったのかよ」
「当たり前だろ? こんな雑用みたいな依頼でも受けてくれるんだからな! Fランクでも冒険者は魔物討伐をメインにしてるってのに!」
ぬっはっは! と男がジードの背中を叩く。
Sランクだと分かっても図太い態度が取れるのは偏にこの男の胆力だろう。
「依頼受理書とか渡されんだろ? そこにハッキリと依頼受理した奴の名前とランクが書いてあるだろうに」
「んなもん見ねえよ! あれか? 薬の説明書とかも見るタイプか? おまえさん!」
「そもそも薬なんて飲んだことないわ」
「ははは! さすがSランクだな! もしも飲む機会があったら流石に読んでおけよ!」
「あんた説明書読んでないみたいな言い方してたじゃねえか……」
ジードが麻袋を露店の近くに置く。
今回の依頼は肉の運搬という単純なものでランクもFと一番低い。
「……なぁ、折り入って頼みがある」
ふと、男が頬を中頃まで戻して真剣な顔になる。
さっきまでのギャップにジードは少しだけ気を引き締めた。
「なんだよ?」
「ジードは時間あるか?」
「暇かってことか? まぁ、有り余ってる低ランクの依頼を処理するくらいには。直近で指名依頼も緊急依頼もないしな。遠征に行こうとも思ってない」
「なら個人的な頼みを聞いてくれないか?」
「個人的な?」
妙な言い方に違和感を覚えながらもジードは続きを促した。
男はジードの運んできた生肉のエキスが染み込んだ麻袋を開きながら、どこか自慢げな笑みを浮かべる。
「俺はこんな風に食材を仕入れて肉を焼くしか能がない男だ」
「そんなことねえよ。うめえ肉だ」
「はは、ありがとうよ。けどな、俺の息子はもっとスゲーんだ」
「あんた息子いたのかよ」
「いるさ。妻だっている。向かいの花屋だ」
ジードはギョっとして振り返った。
今は店を閉めているが、向かいの花屋は綺麗な女性が毎日いい笑顔で花壇の手入れをしている。それが肉屋の妻だというのだ。
「あの綺麗な姉さんが? ……おまえ、頭がおかしくなる呪いの魔法にでもかかってんじゃねえよな?」
「馬鹿野郎、正気に決まってんだろ! 話を聞けや!」
「わかった、わかった。んで、どうしたってんだ?」
「俺の息子は若いながら国外に呼ばれて研究やらをしている。学者ってやつだ」
「ほー。花屋の姉さんの血かな」
「てめぇぶっ飛ばすぞ? Sランクだけど命かけてぶっ飛ばすぞ!」
「すまんって。そんで?」
特に悪気もなさそうにしながらジードが問う。
神妙な雰囲気で男が続ける。
「俺の息子は今も国外に呼ばれてんだ。その国ってのが……スティルビーツ王国」
「ちょうど戦争真っただ中じゃないか」
そこまで聞いてジードは勘付く。
男が次に言おうとしていることも鮮明に予見できるほどに。
「俺の息子はスゲーがバカだ。戦争で避難勧告を受けても部屋から出ずに研究しているかもしれねえ。連絡が取れないんだ」
「ここでおまえの血も受け継いでいたのか……」
「徹底的にバカにするのな! 俺がSランクだって敬ってないからか⁉」
「逆だ、逆。俺はおまえのことを親友のように思ってるんだ」
ジードは『うんうん』と頷きながら言う。
実際の歳の差は二倍はあるほど、父親と息子のようなもの。
それでもジードが親しい人は限りがある。それも同性のものとなれば指で数える必要すらない。
どこか嬉しそうに、どこか複雑そうにしながら『本当かよ……』なんて思いながら、肉屋の男が話を戻す。
「おまえさえ良ければスティルビーツ王国に行って、もしもあのバカが逃げてなかったら連れ戻してくれないか? なんとか金の工面はする。一生かけたっていい! だから……!」
「うーん。それは厳しいかもな。ギルド側の都合で俺はウェイラ帝国と揉めたら面倒になる」
「なっ……。じゃあどうすればいい? 他に良い当てないか? 嫁も今回の件でふさぎ込んじまって……」
「だから店を閉じてんのか」
納得気味になりながらも、ジードの気分はよろしくなかった。
男の串肉にはお世話になっている。少しは協力をしてやりたいという気持ちがジードの内心に芽生えていた。
「……あ」
ジードが、ふと思い当たる。
「な、なんだ? なにか案でもあるか!?」
「ああ。『俺』が行ってないことにすればいい」
「……? よ、よくわからねえが頼めるのか!?」
「俺に任せとけ。その息子の顔写真とスティルビーツ王国のどこに住んでいるのか情報まとめといてくれ。俺はちょっくら宿に戻る」
思い付きではあるが、ジードとしても男を見捨てられなかった。
一つの案には過ぎなかったが、その言葉には露店の男も一縷の望みに縋る思いだった。
「あ、それと依頼ってことにしてくれねえと叱られるから、ギルドに依頼を出しておけよ。報奨金は毎日串肉十個無料な!」
「そ、そんなんでいいのか⁉︎」