待ち合わせ
陽と共に起きる。
すべての依頼を終えて寝たのは昨日の夕方くらいだったか。
リフが『もう物理的にこのポイント差ではクエナは追い付けんよ』と言った時点で宿をとって寝た。
さすがに睡魔が限界だった。
俺が顔を洗い始めてようやく鳥が鳴き始める。
いつもの光景だ。
むしろ普段よりも寝られてスッキリしている。
俺はそんなことに――罪悪感を抱いていた。
果たしてこのままでいいのだろうか、と外に出る。
そしてリフから伝えられていたクエナの家にまで着いた。ギルドに近い、王都中心の豪華な一軒家だ。チャイムを鳴らす。
「……こんな時間に起きるとかバカなの?」
クエナが寝巻き姿で半開きの眼をこすりながら俺を叱る。
「こんな時間ってもう朝だろ? たとえ一分しか寝られてなくとも、この時間に起きるのが普通なんじゃ」
「いやいやいや、いつの時代の奴隷よ。普通なわけないじゃない。むしろ私たち冒険者は昼に起きるくらいがちょうどいいのよ」
「そんなことが許されるのか……」
「逆にどうしたらそんな旧奴隷制度のようなものがまかり通るのよ」
クエナが呆れ顔で指摘する。
騎士団では平然とまかり通っていたぞ……ありえない。
「てか、なんの用よ」
「案内役を頼もうかと思って」
「……この時間に?」
「うん」
「奴隷まで頼まれた覚えはないのだけれどね……」
「改めて聞かされて申し訳ないと思ってる」
実際クエナが寝ていたい方便ではない、というのはなんとなくわかった。
往来をあまり人が歩いていない。玄関先で佇んでいる俺を通り過ぎたのは一人や二人くらいだ。
「それに案内役ってなにすればいいのよ。王都の案内でもすればいいの?」
「まぁそんなところだ。あとクエナが言っていた『依頼の転がし方』ってやつも知りたい」
「ふーん、まぁ王都の案内くらいならお安い御用よ。依頼の転がし方に関してはもうジードは自然とできてたらしいわよ」
「できてた?」
「そ。リフから聞いたけど『地域一帯の依頼を受けて消化する』ってやつね。あとは薬草を見かけたら拾っておいてギルドの依頼でも消化したりするの。それくらいね」
「おー、なるほど」
特認の荒業にも見えるが、薬草のほうは後々になっても消化できるから便利そうだ。
ただ「まぁ薬草を摘んでおくなんてDランクまでよ。そんなことをしてるCランク以上の冒険者はいないわ」と告げられた。
「じゃ、まあ改めて昼くらいに来なさい」
「どうしてだ?」
「そりゃ王都を案内するなら皆が起きてる時間帯じゃないとね。今じゃ意味ないわ。それに眠いし……ふぁあ」
身体を伸ばしてあくびをしている。
薄い寝巻きに張り付いた身体のラインが素晴らしい。
「じゃあ昼に来るからよろしく頼むよ」
「ほーい。おやすみ~」
そういってクエナが家に戻っていった。
まだ寝られるのは羨ましいな。
長年に渡って染みついた癖だ。
たとえ今から空が暗くなって音もなくなって、柔らかく包まれるようなベッドでも、俺はきっと眠ることはできないだろう。
瞼が閉まることを恐れる。
ってことで――昼までちょっと仕事しますか。
「……うそでしょ、あんた」
クエナがジト目で俺のことを見てくる。
視線が痛い。
「悪いと思っている」
「いや……なんで依頼こなしてたら夕方近くにまでなるのよ! なんで私がわざわざこんな森にまであんたを探しに行かなくちゃいけないのよ!」
クエナの声が森全体に響き渡る。
近くにいた鳥たちが慌てて逃げ出した。
「ギルドでは行き違うし……どうしてこんな時間帯になるのよ。普通もっとはやくに気づくでしょ」
「いやぁ、仕事が残っているとどうしても片付けないといけないって思ってしまって」
「あれは仕事じゃなくて依頼よ、い・ら・い! 受けるか受けないかはあなたの自由なの!」
クエナが人差し指を立てながら何度も釘をさす。
「そんなこと言われてもな。受けなかったらリフからもらった契約金が意味なくなってしまうから」
「契約金って……なんも契約してないんでしょ? 実際は移籍金的な意味よ、あれは」
「ん、Sランクのカードもらった時に『依頼はなるべく受けてくれの』とは言われたが」
「なるべくでしょ!? それくらいみんな言われているわ! すべて受けろとは言われないはずよ!」
頭を抱えながらクエナが愚痴る。
ギルド職員でもないのになんでこんな考え事してるんだろう。と思っていると。
「いい? あなたがAランクからCランクの依頼をほとんど消化したから王都から冒険者がほとんど消えているのよ。これ以上Sランク様が働いたら下の人たちの仕事がなくなるの! バランスを考えてちょうだい。それにあなたになんのメリットもないでしょう、Aランク以下のお金や実績なんて」
なるほど。
彼女も彼女なりの理由があったのか。ギルド職員側ではなく、冒険者側の意見だ。
このままだと俺がすべての依頼を喰ってしまうと。そうなったら彼女も居場所を変えざるを得ない。それが冒険者というものなのだろう。
クエナは自宅を持っているから居住場所を変えにくい、という点もあるから、なおのこと控えてほしいのだろう。
「それはすまなかった。配慮が足りなかった」
「いや……素直ね、だいぶ」
クエナがなんだか拍子抜けしたような顔になった。
「まぁいいわ。それじゃあ約束通り、王都の案内をするわ」
「いいのか? もう夕方近いぞ」
「ええ。昼じゃなくとも王都はまだ楽しいわよっ」
クエナが随分と気乗りした様子で楽し気に言う。
一応は……歓迎されているのか?
「そうか。まずその前に依頼者と会って達成報告させてくれ」
「………………わかったわ」
クエナの背を追って、俺は縄で括り付けた大量のゴブリンの死体を引きずるのだった。
なんだか出鼻をくじかれたかのように苦笑いをされているが、まぁ些細なことだ。