邪な
「うんっ、おいしいー!」
シーラが満足そうに骨付き肉を頬張っている。
俺たちは丸焼きのファングを前にして食事をしていた。あたりは一面真っ暗で、焚き火と頭上の星々の光しかない。
手前に用意された俺の分の肉を齧る。
ふわっとした脂に乗った風味が口を包む。多少のくどさはあるが、噛み応えのある肉にマッチしている。
「たしかに美味しいな」
「でしょー! ここの森にあるスパイスや携帯調味料で味付けて臭みを飛ばしてね! 柔らかさも――」
と、シーラが肉を食べ切った骨を手先で器用に軽く振りながら言う。
「本当に美味しいわ。とくに今日は一段と美味しいわね」
「ふふーんっ。これでジードの胃袋を掴んでしまったわ!」
「いや、そんなことしたら激痛でそれどころじゃないぞ」
「そういう意味じゃない……! これから私の料理が食べたくて仕方なくなるって意味よ!」
「ほー。まぁ、たしかにそれぐらい美味いな」
かぶりつきながら言う。
携帯調味料と森の中で採取したっていう草葉なんかでこれだけの味を出すのなら本当に腕が良いのだろう。
「ぬふふぅ~っ」
俺の褒め言葉にシーラが嬉しそうに横に揺れている。
だが、ふとシーラが森の一点を見た。
真っ暗なはずで三メートル先もよく見えない深い森なのだが、シーラは確実になにかを見つけているようだった。
「なんか、声がしない?」
シーラがポツリと言う。
言われて俺とクエナが耳を澄ませる。
魔物が遠くで暴れてる音なり、魔物の断末魔なりが聞こえる。
だが、この森ではそれくらい日常茶飯事だ。わざわざ取り上げて言うほどのことではない。
「なにが聞こえてるのよ?」
「人の声のようなものが……『起こして』って」
シーラが徐に肉を置いて立ち上がる。
それから見ていた方に向かって歩みだして行こうとする。
俺とクエナは顔を見合わせてシーラの後に続く。
声は聞こえないが禁忌の森底は危険地帯だ。どちらにせよシーラを一人にすることはできない。
しばらく俺たちには聞こえていない声を目指して歩いていたシーラが足を止めた。
「あれ、今度はこっちから聞こえる……?」
シーラが両の眉を寄せて顎に人差し指を当てながら怪訝そうにする。
そんなシーラの姿に後ろ髪を掻いて言う。
「こんな時間に解いても面倒だから言わなかったが、ここは幻を見せる鳥の巣だ」
「え、巣? でも、そんなものはなにも……」
シーラが辺りを見回す。
「言ったろ? 『幻』を見せるんだ。こうやって解けば――姿を現す」
近くの空に手を当てながら、鳥が作り出している魔法を掻き消す。すると本当の森の姿が切り替わるように出てくる。
数羽の鳥が俺たちの近くの木に待機し、その奥には無数の鳥――とくに子供――が固まりながら眠っている。
しかし、俺たちの出現と魔法の消滅により危機感を抱いたのか、バサリっと慌てて大群が夜の空に消えていった。
「迷惑かけちまったな、あれが幻を生み出す鳥だ。気づいていないだけで、さっきから俺たちはあいつらに何度も同じ場所を歩かされていた。まぁ、害はないし、やつらの巣を目指そうとしない限り閉じ込めようとするやつらでもないから放置していたんだがな」
しかし、逆に同じ場所を巡るということは、シーラの聞いている『声』というやつが本当にあることを示している。
声の正体は俺も気になるし、あの鳥達ならば近くで魔法を展開すれば新しい巣を作りだせる。
「ほぇー。そうだったのね……あ、でもさっきより声が近い! こっち、こっち!」
「ちょっと、本当に聞こえるの? 危険な魔物かもしれないわよ?」
「あの鳥が巣を張っていたということは、この近くには危害を加えるような魔物は住んでいないと思うぞ。ていっても、俺もこの近くに来たことはないんだがな」
実はあの鳥は一度だけ焼いて食ったことがある。
しかし、それ以降は執念とも言うべきなのか、常に俺の周りで幻を見せたりと面倒で仕方がなかった。
一度だけ魔法をぶっ放したら近づいてこなくなったから良かったが、なまじ危害の加え方が捻くれているだけあって強力だった。
だから手出しをしないために奴らが巣を作っていたここら辺には近づくことはなかった。
「本当よ! ……あ、あそこから聞こえる!」
そう言ってシーラが指さす方向は月明りが一点に照らしている幻想的な場所だった。
冷たい感触が鼻を撫でる。
どす黒い魔力が波のように溢れている――黒い剣。
盛り上がった地面に深く刺さっていた。
「あれって……どう見ても邪剣じゃない。どうして、あんなものがこんな場所に……」
「俺もあんな剣があるのは知らなかったな」
「あの子が抜いてって言ってるわ! ねぇねぇ、抜いてもいい!?」
顔を煌めかせながらシーラが言う。
「ダメに決まってるじゃないの。どう見ても禍々しいでしょ……ってこら! 勝手に行かないの!」
俺たちに尋ねている風だったが、もはやシーラの中では抜くことは確定だったようだ。
クエナが俺の方を見る。
俺からも説得をしてくれ、ということなのだろう。しかし、
「見るに、シーラは別に魔法にかかっているわけじゃない。あれは相性的な問題だろう。いずれにせよ、どんな形であれシーラが手に持つ運命だったさ」
「元騎士が邪剣と相性バッチシって……どうなのよ」
「どちらにせよ万全の対策はするさ」
言いながら魔法陣を展開する。
拳サイズの小さなものを十個ほどシーラと邪剣を囲うように配置する。
なにかあれば魔法を阻害し動きを止める。
「抜くわよー!」
「ええい、もう勝手にしなさい!」
クエナも自暴自棄になりながら了承する。
それを合図にシーラが剣を抜く。
するり、と、深く刺さっていた剣がいとも簡単に引き抜かれる。
「うっ、こ、これはっ……!」
シーラが抜いた邪剣を手放そうともせず、深刻そうな顔つきになる。
邪剣の魔力がシーラに纏わりついている。
これは。
「おい、シーラ、大丈夫か」
シーラの白銀の剣に黒色の邪剣が水のように溶けて取り込んだ。
もしかしなくとも乗っ取られている。
「ぐぬぬ……これでも私は元は高潔な騎士! 簡単に乗っ取られは『うふふ♡ジードさぁん』……くっ。意識が……『私といいことし・ま・しょ♡』……やばい。私が私じゃなくなっていく……!」
淫靡な様子と苦しむ様子が移り変わる。
……しかし、これは。
「えーと。どこか変わったか?」
「『え!?』」
シーラと邪剣。
両方の声が重なって驚愕の様子を見せる。
隣でクエナが神妙に頷く。
「たしかに。これじゃあ元のシーラと同じじゃないの」
『うそでしょ!? あんたどれだけ禍々しいのよ!』
「邪剣に言われたくはないわよ!」
シーラが一つの口から二つの人格を以って会話をしている。
なんとも奇妙な光景だ。
『負けたわ……まさか邪剣になっても歪んだ人格にはなりきれないのね……』
「ちょっと、私が歪んだ人格みたいに言わないでくれない!?」
『いや、そうでしょ』
「まぁ最近のあんたは歪んでるわよ。それがあんたなんだろうけど」
「なによそれー! 私は『元』とは言え清廉潔白な騎士なのにー!」
「おまえら、明日も特訓だぞ。無駄な体力を使うなよ……」
ただ、邪剣の魔力を纏っているシーラは不気味な強さを醸し出していた。




