特
俺、クエナ、シーラは森にいた。
そこは平凡な森ではない。Sランク指定の――禁忌の森底。俺が住んでいた故郷だ。
日々、強者が強者を喰らって生きる地獄の窯。
今、まさしくクエナとシーラも強者と刃を交えている。
そんな姿を遠方の大木の上から魔力を行使して視覚と聴覚を上げて見ていた。
「くぬぅっ!」
シーラが力を込めて声を唸らせる。
魔力が上乗りした腕力は、シーラの華奢な外見ほど弱くない。
だが、シーラの剣に二つの牙を重ねている白銀のフェンリルが力で押していた。
バチリ
フェンリルの雷撃が、そんな予鈴を鳴らす。刹那――シーラの左右から雷が襲う。
力で押し負け身体も後ろのめりになっているシーラはバックステップで逃げることもできない。
かといって防御することもできるはずがない。
待っているのは純粋な死。
だが――クエナが炎を纏った剣でフェンリルの雷撃を薙ぎ払う。
「た、たすっ」
「気を引き締めなさいっ!」
感謝の言葉を漏らそうとしたシーラにクエナが一喝する。
同時にクエナもフェンリルに斬りかかる。だが――別のフェンリルが現れる。
先ほどまでクエナが相対していた個体だ。
シーラの危険に際してクエナが戦っていたフェンリルを放置してしまっていた。
――ダメだな。
即座に判断して二人を転移させる。
「ふぇっ!?」
力の向け先を失ったシーラが巨大な枝に倒れこむ。
隣では汗を垂らしながら剣を上段に構えていたクエナも呆然としながら、少しして状況を理解した。
そして恨めし気に俺を見る。
「……まだやれたわよ」
「そうよ! まだやれたわっ!」
額にできた真っ赤なたんこぶを抑えながらシーラも文句を口にする。
「チャレンジしたい精神は認める。だが、本当にやれると思ってるのか?」
「……そうね。助かったわ」
「で、でも……」
クエナは経験豊富なため、あの続きを想像して頷いた。
しかし、シーラはまだ納得いけてない様子だった。
「もし、あのフェンリル二匹に勝っていたとする。だが、その続きはどうするつもりだ? おまえ達はこの森で『過ごす』んだろ? なら傷の一つも受けるな」
特訓の内容。
それは禁忌の森底で暮らすというものだ。
「……うん、たしかに言うとおりね。ごめん」
「謝る必要はない。これも経験だ」
「ふぅ。けど、試験の時に来た時とは全く違うわね」
「クエナ来たことあるの?」
「あるわよ。ほら、勇者協会の依頼でね。その時は目的の場所を探すだけだから危ない魔物を避けるだけで良かったけど……。それにジードがいたから中心地から魔物が離れていたっぽいし」
クエナの言うとおり、「通る」と「暮らす」は別物だ。難易度は跳ね上がる。
この森は特にそれが顕著となる。
通ることは死を彷彿とさせ、戦いながら暮らすことは死を意味する。
森の全域に魔物同士のテリトリーがあり、日頃から領域拡大のための戦いが行われる。
いわば種と種の行く末を賭けた戦い。
住まうならばクエナやシーラも自然と巻き込まれていく。
そんな姿を今回、俺は離れて彼女たちを見ている。必然的に主クラスの魔物にも会うことになるだろう。
「まずシーラだが、打撃系や力を込める際に身体にだけ魔力を通していないか?」
「ええ、そうだけど。それが普通じゃないの?」
シーラが首を傾げる。
クエナも不思議そうに静かに聞き入っている。
「第一段階はそれでいい。まず聞くが、どうして身体に魔力を通すことで神経や諸々まで強化されている?」
「まだはっきりと解明されてないわよね。だから感覚やセンスが大事にされているわ」
「ああ、そのとおり。俺もそう聞いた。だが、実は俺なりに答えはある。魔力によって身体が魔法そのものになっているんじゃないかっていうものだ」
「身体が魔法に……?」
シーラが片眼を細めて訝しそうにする。
どうにも半信半疑といった感じだ。
「魔力も魔法も実態が掴めていない。だが、自然や体内に魔力というものがあり、イメージすれば魔法が具現化する。そこで聞くが、身体に魔力を通している時になにか『イメージ』するものはあるか?」
「えーと。対象が壊れたり、吹き飛ばされたりするイメージ……」
言いながら、シーラがハッとなる。
気づいたのだろう。魔力がイメージによって『この大陸の理』の部分を揺るがしていることを。
そしてすぐに自分の腕を見て『ぐぬぬ~』と唸り始めた。
「なにしてんだ?」
「いや、イメージしたらムキムキになるかなって!」
そう言うシーラの腕は変わっていない。
どこかその構図はアホっぽくも見えてしまう。
「できるにはできるだろう。ただ世には適性がある。治癒が得意なやつ、炎系統の魔法が得意なやつ。この身体が魔法になってる理論も同じだ」
「むぅ。じゃあできないのか」
「言ったろ、イメージ次第だ。魔力操作もうまくこなせるようになったらムキムキにできるかもしれないぞ」
シーラがムキムキになる姿はちょっと面白いが。
続ける。
「それで、じゃあもしも身体を魔法に変えている魔力を身体の外側にも出したらどうなると思う?」
「魔法じゃないなら無駄になるだけじゃないの?」
「それはなにもイメージしない魔力だけの場合だろ? だが、今回はちがうはずだ。この世界を変えるように『対象を壊すための腕力』を体内以外にも外に影響させてみろ。威力が倍になるはずだ」
俺が言うと、グシャッと破損する音が別の方から聞こえた。
それは今まで黙って聞いていたクエナからだった。
興味本位で、とばかりに指を木に軽く突いているようだ。あっさり砕けた木を見て驚いていた。
「うそ……触れるくらいの力しか入れてないのに」
「むー! ズルい! 私が教えてもらってたんだよ! えぇい、今度は私の番!」
と、シーラが手刀で枝木を叩く。
それはまるで空間を切断するような――。枝木が溶けかけのバターのようにスルリとシーラの腕を通した。
「あ、やばっ」
シーラのやらかした声が聞こえる。
俺はため息をつきながら言った。
「――転移」
クエナとシーラを巻き込んでさらに上の枝木に行く。
さきほどまであった枝木はシーラの手刀によって、あっさりと綺麗な断面を作ってその巨大な身を落下させていっている。
「ご、ごめんなさい。まさか威力がこんなにあるとは」
「いや、正直おまえらのセンスに驚いてるよ。普通ならこんな言っただけじゃできないと思うんだが。それにシーラは元からある程度できてたし」
だからてっきり、こんなことは知っているものだと思っていたが。
「え、できてたの? まったく気が付かなかったし、意識もしてなかったんだけど」
「無意識でやれてたんじゃないか。もしくは魔力が溢れていた可能性もある。どちらにせよ、これから意識していけばより良くなる」
俺の言葉でクエナとシーラがにやけ面になる。
これから強くなれることに嬉々とした感情を覚えているのだろう。
「もう一つ。魔法を生み出す際の魔力の流れはどうイメージしている?」
俺の問いに、まずクエナが答えた。
「私は水のように流れるようにって教わったわよ」
「うん、私も。っていうかそれが大陸に一般として広まっている知識のはずよ」
「身体強化はそれでいい。だが、『放出系』は水をイメージしたら細部に不要な魔力が――」
そんなこんなと日々が過ぎていく。




