試し
明転して光景が変わる。
松明を模ったマジックアイテムが四方の壁に幾つも張り付けられている。未だに魔力で稼働しており、辺りは薄暗い程度で灯りがある。
大きさも前もって見たとおり、広々としている。
人を余裕で百人は収容できそうなくらいある。天井も三メートルほど。
中心部には木製の壇が組み上げられており、緑色の水晶が怪しく光っていた。
「これだな、自壊のマジックアイテムとやらは」
周囲に魔物の気配はない。
一方の壁に豪奢な扉が備え付けられており、その奥からは多少なり魔物の姿を探知しているが、こちらに入ってくる様子もない。
すらり、と刀身が鞘から離れる音がした。
「――」
音のほうに振り向くと黒色の刀身が迫り――咄嗟に身体の上半身を仰け反って避ける。
「なんの真似だ、ユイ」
「……」
短刀を振るった主は言うまでもなくユイだった。
洗脳も催眠もされた形跡はない。
これは明らかに彼女の意思をもった行動だ。
「敵対行動はないと思っていたが?」
「これは敵対行動ではない」
「じゃあなんだ」
「試す――」
ユイの短刀が空を切った。
どうやらフィルとの試し合いの時の『ジードは後』というやつが今らしい。
なぜ、このタイミングで。
聞きたいことは色々とあるが。
幾重もの残像を見切って避ける――。
「――これでいいか」
フィルとユイが斬り合った時ほどの時間が経った。
そろそろ終いだろうと問う。
ユイはなにも言わずに剣を仕舞う。
「今度はジードの番」
「……は?」
「攻撃してこなかった。だからジードの番」
ユイが両手を大にして広げる。それは攻撃を受けようとしている体勢だ。
俺から攻撃をしなかったのが不満らしい。
おいおい、正気か。
「こんなとこで殴るつもりはない。なにを考えているんだ」
「ここ以外ない」
「それはどういう意味だ?」
「あなたの実力を測る」
「それならおまえの攻撃を避けきった時点で認めてくれよ」
「ジードからの攻撃もいる。探知魔法の鋭さも高度な転移魔法も扱えるから一定の実力があることは分かっている。その上で試す必要がある」
ユイにも静謐ながら確固たる意思を持っている。
試す『必要がある』か。言葉の真意に疑念を抱きながらも人差し指を曲げて、先端を親指に重ねる。
いわゆるデコピンというやつだ。
指先をユイのほうに持っていく。
「まぁ別に構わない。だが、言ったからには堪えろよ」
「? ……ふざけな――」
なにか言おうとしてユイが全力で顔を逸らした。
空を切った指が轟きを響かせる。
軽やかな動きに似つかわしくない重々しい音がユイの耳元で鳴ったことだろう。
その証にユイの短い髪が風にたなびいている。逃げ遅れた髪が千切れて風と共に端っこの壁に流れた。
「これ……は!?」
「攻撃だよ。ただの」
「魔法……?」
「魔力は込めてある。魔法でもあるし、近接技でもある」
「……魔法じゃない? でもこの威力は」
ユイが入念に考える。
指先を顎に当てて起こったことを反芻しているようだ。
それでも答えを見つけられなかったようで目を合わせてきた。
強さを探求している者の目だ。
「どういう仕組み? 明らかに人外を更に超えた力」
出会った時より饒舌になったユイが、微細ながら頬を上げて嬉々としながら問いかけてくる。
「その前に俺からも聞く。明らかにパーティーとして以外の力試しだったな。これはどういうことだ?」
「……」
先ほどとは打って変わってユイが静かになる。
「答えられないなら別にいいさ。さっさと水晶を取って帰――」
「……」
向き直ってマジックアイテムを取ろうとした俺の背後からユイが抱き着いてくる。
突然のことだが敵意はなかった。
身体に異常はない。
「なんのつもりだ」
振り返ると後ろから腹部に手を回されていた。
抱き着かれている。
「あなたを口説く」
「なにを言っている?」
「あなたをハニートラップする」
「不自由だけどなんとなく伝わってくる言葉遣いだな……」
目的はわかった。
そして、理由も目星がついている。
「帝国として、ということだな」
「ん」
端的な答えだ。
同時に身体を揺すりながら女性的な部分を淫靡に使い、情欲を掻き立ててくる――
かつての俺であれば動転して頭が動かなかったことだろう。
しかし、今の俺は違う。
シーラに鍛えられた(?)耐異性によってほとんど効かない。いや、すこしは効いている。いやいや、本当はめっちゃ効いている。
「ルイナ様が言っていた。『手籠めにするためなら身体を使っても構わん! とにかく落とせ!』と」
「……それ本気なのか?」
ユイが気迫の乗っていないルイナの真似をする。
その言葉の裏は『なにをしても構わない』という意味なのだろうが、ユイは不器用なのか実直にこなしている。
「あなたが帝国に来るならなんでもする。私はこういった経験ないけど好きにしていい」
ゆさり、と厚い軍服の上からでも形の変わる柔らかく大きいものを感じる。
なんでも……する?
バカな。ありえない。たった一言になぜここまで心が揺れ動かされている。
シーラのおかげで耐性がついたと思ったのに……!
脳裏でシーラの『理性』の二文字が左右に描かれたおっぱいと、ユイの『エロ』が描かれたおっぱいがぶつかり合っている……!
がんばれシーラ!
勝ってくれっ! 俺の理性を勝利に導いてくれ!
いや、待て。
よく考えたらこれどっちもおっぱいじゃねーか!
シーラが勝ってもシーラのおっぱいが『エロ』に変わるだけだわ!
ダメだ。
これ以上は考えるな。
考えるのはそう……ゴブリンの一物だ。
でかでかと一本の腕のように聳え立つそれ!
キラリと輝かしい眼にドヤっとして自慢してくる男の自慢……!
ゴブリンのち〇こ
ゴブリンのち〇こ
ゴブリンのち〇こ
あっ…………萎えた。
今がチャンスっ!
「……帝国に行くつもりはない。勇者協会を利用して神聖共和国を侵略しようとした件もある。良い印象はない」
「力がないから滅ぶ、力があるから栄える。それが世の理」
ユイを押しのける。
力を求めるあまり壊れていく組織を見た。クゼーラ騎士団だ。力に溺れることで壊れていく組織も見た。勇者協会だ。
帝国の行く末が今の俺からしてみれば泥沼のように見える。
力があったら滅びないのか。
力があれば栄えるのか。
ユイの言葉には違和感しか覚えなかった。
「少なくとも、俺は帝国に興味がない。そして今は依頼中だ。これ以上はなにもするな」
改めてマジックアイテムの水晶を手に取る。
なんとか断ると、ユイが表情を変えないままジッとしていた。
「今はわかった。けど、これも任務だから」
「……おう」
つまり諦めないってわけだ。
嫌な予感を覚えながらも避けていけばいいと思い、「転移」と口にした。