始末
槌によって拡大された穴。
ジードは焼け焦げた地面を歩いてユセフの死体を確認する。
ボロボロの死体は、かつての姿を保っていなかった。欠損していたり、あるいは炭化していたり。
だが、確実に死体があった。
「死んだか。……あんな魔法くらったのに死体残ってるのか」
ジードは些か感嘆した様子で見下ろしていた。
魔力によって強化された肉体は本体を亡くして行き場を失いながらも、未だに膨大な魔力を放ちながら肉体にまとわりついている。
終わってみれば圧勝だった。
だが、ユセフだったものはまだ魔力が残っているほどの余力。
彼が戦闘経験豊富な者だったら状況は変わっていただろう。
「七大魔貴族とか名乗ってたか、次期魔王とも」
ジードは一時的にでも国に仕える身だった。
だからこそ、なんとなくこの後の行く末が見えてくる。
ただでさえ各国から多くの人が集まっていたのだ。この件は間違いなく人族と魔族に亀裂が生まれた。
パフォーマンスにしろ、民を想っての行動にしろ、動こうとする国があるはずだ。それも多少なり複数だ。
ジードが後ろを振り向く。
(……いくらソリアやスフィが救助活動していても死んだ奴は少なくないだろうな)
崩壊した壁。
魔族による被害を受けた人々。
外から来た魔族を食い止めていたのは少数だった。
我先に逃げようとしていた者から死んでいったのだろう。一定の場所から立ち止まった人々の列ができていた。
決して最初に逃げようとした人を責めることはできない。それが当たり前の反応なのだから。
今回は一方的な攻撃だ。
(人族の士気は高まるだろうな、間違いなく。もう理性で止められるものもない)
アステア教は失墜したはずだ。
宗教とは希望を与えるだけじゃない。逃げられる、依存できる場所を共有するだけじゃない。
生き方を指し示す役割も担う。
それが理性や道徳を生み出している。この状況は非常にまずかった。
ユセフは死してなお大きな爪痕を残していた。
「ジードさんっ!」
背後から少女の声がかかる。
ジードが振り返るとスフィが走りながら駆け寄っていた。
「なんだ?」
スフィを見ると同時に、その背後の人々も見た。
魔族は軒並み倒されており、もう救助活動に全てが費やされていた。
残るはユセフのみだったようだ。
「ザイ・フォンデはどうなりましたか⁉」
「死んだよ。……見ない方がいい」
「いえ、大丈夫です。慣れています」
スフィがユセフの死体を覗く。
えずくこともなく、顔を青染めることもない。
幾多の戦線を渡り歩いただけあり、スフィはこの程度の死体に慣れているようだった。
死体を確認したスフィが一度だけ頷く。
「これでアステア教を再建できます。よかった。本当によかった……! ありがとうございます、ジードさん!」
「いらないよ、礼なんて。行きずりだ」
「それでも、あなたはここにいる人々を救ってくださいました。私達だけではこんなに多くの方々を助けることはできなかった。……本当に、本当にありがとうございます!」
スフィは頭を下げて、心の底から感謝していた。
◇
広場の台座は辛うじて残っていた。
崩壊した女神の銅像は原型を留めていないが。
それでも、スフィは台座の上に立ち、拡声器を手に取って、未だに広場の内外で留まっている人々に声をかける。
『みなさん、聞いてください!』
スフィの声に誰もが視線を向ける。
『たった今、第七魔貴族のユセフおよび全魔族が掃討されました! 神聖共和国の騎士様たち、剣聖フィル様、そしてジード様によって!』
「「「うおおおお!!!!」」」
待っていた、とばかりにスフィの声に同調して人々が声を挙げる。
だれもが戦っていた。
魔族と戦う騎士を見て応援した。あるいは救助活動を手伝ったものもいた。逃げることに努めたものもいた。
それらすべての人は戦っていた。
だからこそ、この喜びは享受された。
『皆様、大丈夫です。こうして魔族に襲われても人族には希望があります! 傷ついた人々を救助してくれている聖女のソリア様。襲ってきたものを打倒する騎士様やジード様……そして皆様がいます! 必ず救いはあります――!』
そんな、人に希望を与える言葉を投げかける。
ジードはそんなスフィの姿を横目に、広場から一人離れていく。
(……あいつがいれば荒れることはなさそうだな。杞憂だったか)
ジードはそんなことを思っているのだった。
◇
「待て、ジード。どこへ行くつもりだ」
広場から離れてしばらく。
森林に差し掛かった場所で俺は声をかけられた。
「どこって。帰るんだが? おまえこそ何の用だ、フィル」
慌てて追いかけてきたのだろう。
少しだけ肩で息をしているフィルがいた。
「何の用って言われたら色々あって答えづらいんだが……」
「謝罪の件か? それなら本当にいらないぞ。クエナやシーラに謝ってくれればな」
「あ、ああ。それはする。すこし気まずいが」
「なら一緒に行ってやろうか? 俺からも謝らないといけないしな」
「なぜジードが? これは私の問題だ」
「そりゃだって、間接的にも俺が巻き込んでしまったものだから俺も謝らないといけないだろ?」
それくらいの節理は弁えているつもりだ。
なら一緒に謝ったほうが楽だろう。
フィルが鼻白みながら俺の目を逸らした。
「そうか、そうだな。私はおまえにまだそんな迷惑をかけていたのか」
「ああ、これも間接的ってやつだ。おまえは俺を巻き込んでる」
「本当にすまない……だが、だからといってソリア様を見損なわないでほしい」
「なんでそこでソリアが出てくるんだよ?」
「それは! 私がずっとソリア様のお傍に居るからだ。だからソリア様の印象も……」
「下がるわけないだろ。おまえの思考回路ぐちゃぐちゃだな」
「……うぅ」
ひどい言われようだが反論すらして来ない。
その気力も大義もないとわかっているのだろう。
「一つのことに拘りすぎるな。別のことでも考えて楽になれ」
とりあえずのアドバイスをして、言葉を続ける。
「それで話は変わるけど、色々あるって言ってたろ? 他になにか言いたいことでもあるのか?」
「あ、ああ。そのだな、ソリア様はずっとおまえと話したいと思っているんだ。でもなかなか機会が見繕えない。だから、近くにいる今だからこそ会って話してくれないか」
今がチャンスってわけだ。
結局、こいつはソリアをファーストの思考に置いている。
だからぐちゃぐちゃなのだろう。
カリスマパーティーの件だってギルドに直接言えば良かっただけなのに俺のとこに来た。まぁ、それは発言力なんかも影響してのことだろうが。
それであったとしても俺の実力を測るためにクエナやシーラに喧嘩を売ることもヤバイだろう。
「カリスマパーティーのことがあるだろ? 別に忙しい今わざわざ行く必要はない。いずれ会える」
ここにソリアが来ていないということは救助活動に当たっているのだろう。
それなら俺が行って邪魔をするわけにはいかない。
救助活動が終わるまで待つってのも暇だ。
「それもそうだが……」
「あー、もう。うじうじするな。おまえそんな性格じゃないだろうに。言いたいことをハッキリ言え」
「……ああ。わかった、言う。認める。認めてやる。ジードの実力はたしかにすごい! 私より上だ! だがな! 実際にソリア様を想う気持ちは私の方が上だ! なぜなら私の方が最初にソリア様を救うために駆け出していたのだから!」
宣戦布告するように俺にビシッと指さしながら言う。
「それはフィルと俺の距離にも差があるからだろ? 台座の真下にいたおまえと、中心部から離れていた俺。そりゃどう考えてもお前の方が早く動けるだろうに」
「あ、たしかに……」
うぅ……とフィルがふさぎ込む。
こいつ面倒だな。放置していいだろうか。
いや、放置したら後々追いかけて来られて面倒そうだ。
「でも、まぁもしも俺がおまえと同じ位置に居ても同じ判断ができていたとは限らない。ソリアを想う気持ちはおまえの方が断然、上だよ」
「!! そうだろう!? そうだよな! おまえ良い奴だな!」
「お、おう」
急にハイテンションになって起き上がった。
情緒不安定な奴だな、こいつ。
「あ、良いアイディア浮かんだ」
「……なんだよ?」
また急にポンっと手を叩いてフィルが満面の笑みで言う。
「実は私もギルドからスカウトが来ていたんだ。カリスマパーティーに入れてくれないか頼んでみるよ!」
「……」
「え? なに? どこへ行くんだジード! おい!」
後ろから声がかかる。
ダメだ。こいつは面倒の種になる。
ささっと構わず放置しよう。
俺は宿に戻った。




