ばいばい
ジードがユセフとの距離を一瞬で縮めた。
だが、今回は突っ込まない。
ただ近くに来て騎士達に言う。
「今までよくやった。あとは俺が引き受ける」
「「「はい!」」」
ジードの言葉に騎士が居場所を譲る。
他に適任者がいないことを誰もが理解していた。
「壱式――【一閃】」
ジードが魔法を展開する。
イメージしやすいよう世の中に出回っているものとは別物の独特な掛け声を伴って。
ユセフの首を狙った横を撫でる一筋の風圧。目に見えない魔力に合わせてユセフが右手を挙げた。
「この程度の密度と魔力量など造作も――」
それはフィルの剣を受け止めるように。
まるでジードの魔法を見透かしたように。
だが、それはユセフの鋼鉄の肌に触れた瞬間に血飛沫をあげた。
「……くっ!!」
桁違いの切れ味を持っていると瞬時に察知して上半身を逸らす。それで辛うじて避けきる。
魔力が自然と消える。避け切ったユセフが頭を起こす。
右腕の肘まで上下に両断されたユセフの腕がだらんっと垂れる。
激痛を覚えて左手で抱えた。
「貴様ぁっ!」
自信を持っていた肌から血が出た――。
そのことにプライドを傷つけられたユセフが怒気を声に乗せて叫ぶ。
「なんだ、意外と脆いな」
「人族程度が図に乗るなぁぁぁぁぁ!」
ジードの煽り文句にユセフがより激昂する。
しかし、もしも。
――もしもあのまま受け切ろうとしていたら。
そんなことを振り返ることができるユセフは頭を冷やせた。
「なるほど、フィルよりは強い。だが、だからどうした。俺を傷つけたからと言って勝てたつもりか⁉」
ユセフの言葉にジードは反応しない。
代わりに騎士達が離れたことを確認した。
「参式――【炎薔】」
冷酷にジードが次の魔法を口にする。
地面から炎の茨が所狭しと無数に生える。
今度こそユセフも油断はしない。
「リルヴライ・ブレース!」
ジードの魔法を相殺するためにユセフが氷系の魔法を放つ。
ユセフを中心に波状の氷が広がる。
「魔力の量も質も人族なんかに魔族が負けるはずが……なっ!?」
ジードの茨が触れるたびに氷が蒸発していく。
一瞬の時間稼ぎにすらならない。
むしろ逆に氷はユセフ自身の視界すら塞いでいる――気が付けば上も左も右も前も後ろも炎の茨が囲んでいた。
辛うじて下はなにもないが茨が生えてきているのは地面だ。
これ以上に突っ込む気にはならなかった。
(だが、これほどの威力だ……! 人族なら一発限りの魔法だ……! ならこれさえ止めれば!)
ユセフが体内の魔力を放つ。
あまりの放つ量に魔力同士が呼応し合って獣のように轟音が鳴く。
「うおおぉぉぉぉ! リルヴライ・ブレース! リルヴライ・ブレース!! リルヴライ・ブレェェェェェス!!!!」
退く場のなくなったユセフが悲鳴にも似た絶叫をしながら大量に有り余った魔力を使って魔法を連発する。
数十と重ねて使用したおかげで炎の茨は消えていた。
「ふ……ふははは! どうだ! おまえの全力を掻き消してやったぞ! これが、おまえのような人族ごときでは一生たどり着けない領域だ! そして、魔王になる男の実力だぁ!!」
「肆式――【雷槌】」
「……は?」
ユセフの吊り上がっていた頬が痙攣した。恐る恐るとした様子でバチバチと鳴る頭上を見上げる。
人なんか簡単にすり潰してしまいそうな大きさの、雷で作られた槌があった。
「は、はったりだ! こんな形だけのものに……!」
槌は巨大な姿に似つかわしくない速度で迫る。
物言いだけは威勢の良かったユセフが転移魔法を使って距離を離そうと画策する。
「転移!」
――ユセフは勘付く。
転移魔法は莫大な消費魔力の割に発動するまでが長い。
それは自分の位置と移動する位置、そして自分が移動する姿、した姿、そういった諸々のすべてをイメージしなければいけない。
だからこそだ。
この動かないチャンスをジードが逃すはずもない。だが、それでも微動だにしていない。
雷の槌は確実な威力があるから近づけないのだと理解した。
「いい勘をしている」
素直にジードは言う。
しかし――ユセフにとって聞きたくない言葉だった。
「そんな余裕を――!」
転移のために景色が一瞬だけ途切れる。
次に現れたのは槌の被害が来ないだけの最低限の距離だ。広場の中であることに変わりはない。
だが、それが仇となった。
「――見せるなブボォゥッ!」
「だが勘だけだ。転移をする場所を見るのは甘い。記憶にだけ頼っていれば良かったものを」
ユセフが転移でしか辿り着けない場所に、ジードもまた現れていた。
速度とジードの存在感に恐怖しながらユセフは飛ばされる。そして、蹴られたことに気づいた。
状況整理していくと、ようやく蹴られた先が――さっきの場所だと思い至る。
「おっ、おま――ッ!」
転移魔法や別の魔法はもう遅い。足場もないから体躯では抗えない。
ただ自分を蹴った男、ジードを睨みつけることしかできず。
ドンッと重々しい質量が地面に落ちた。その間にユセフは放り込まれていた。
ビシビシと地面が雷撃に焼かれている。
それは実質、凝縮されていた分だけ炎の茨を超える熱をも巻き込んだものだった。
すぐに槌は霧散した。
残ったのは穴が空いた地面と焼け残った周囲だった。
「あ、あぁぁがぁぁぁ……っ」
穴から弱々しい苦痛の泣き叫びが聞こえてくる。
「生きてるのか。さすがだな」
ジードが穴を見る。
プス、プスっと焼け爛れた黒くなった肌。悔しさから歪んだ顔。
「もう一発いくか。【雷槌】」
「――ぁ……な、なぜ、なぜ、なぜおまえのような化け物が人族に存在する!?」
「化け物? まぁ多少は強いかもしれんが、禁忌の森底ってとこに昔から住んでただけだ。大した理由じゃない」
「禁忌の森底……? 指定Sランクの……? 本当にそれだけか? 貴様ほどの人族が……! ありえない! ありえない! そんなに強化されるのか⁉ おまえはまだ別の……!」
「知らないよ、そんなこと。じゃあな」
興味がない。
それは自分の力にも、そしてユセフにも関心を持てない様子で。
それだけ言ってジードが槌を落とした――。
 




