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事態

 大聖祈祷場所で行われている魔族による戦争行為。


 騎士団、アステア教に紛れ込んでいた三十名。そして外部から新たに手引きされていた魔族も続々と現れる。複数で転移した者、あるいは直に歩いて来た者。


 それらは確実に疑われないため、この日のために魔力を溜め込みながら機会を待っていた。


 数にすれば百名に達する。


 対して人族の騎士は千名ほどだ。ただし精鋭と呼ばれるものはその中でも魔族と同様に百名ほどであり、ほとんどが祈祷の際に倒れた人を運んだり、もしくは揉め事が起こった際の仲介役、または広場の整理を担当するための騎士。


 剣を握って仕事をしているのはこれが初めてという者もいる有様だ。


 数の上では勝っている騎士側も次第に押され始める。


 複数の魔力を持つ魔族に太刀打ちできない。


 大聖祈祷場所は凄惨な虐殺を迎えるはず――だった。


「お、おまえは……っ!」


 魔族でも代表格だったルイルデが驚愕に顔を染める。


 ジード


 すでにユセフ配下の魔族達では警戒するべき人族だった。


 それは強化された魔族の魔力を、さらに上回る魔力で塗りつぶすほどの化け物――。


「よいしょ」


「ぬおおおおおおお!!」


 まるで部屋の掃除をするかのような掛け声を出しながら、ジードはルイルデの顔を鷲掴みにして壁を壊しながら叩き落していた。


 文字通り、放り投げた威力だけで壁が豆腐のように壊れていく。


 言葉すら発することができず、ルイルデはそのまま地面に意図しないクレーターを作り出して沈んだ。それから起き上がることはなかった。


「さて、メインはどうなったかね」


 周囲のドン引きしている敵(魔族)・味方(騎士達や信者達)を放っておいて、ユセフとフィルの戦いを横目で見た。





 ボロボロになった台座から降りたフィルとユセフは、中心部で人外の戦いを行っていた。


 動きは目に捉えらえることができず、呆然と青色と茶色の物体が行き来している姿しか見えない。


 だが、そもそも見える者すら少ないだろう。


 なぜなら、彼らが動く度に嵐でも来たかのような風圧で土ぼこりや瓦礫が舞っている。うっかり見たならば目に入る。


 そもそも、そこまで余裕を持った者などジードしかいないのだが。


 だからこそジードだけが読み取っていた。


 この戦況を左右するメインの戦いがどうなるか、を。


 速度、パワー、どの面を見ても遥かにフィルが押されている。


 なによりも圧倒的な魔力の差だ。


 良質な魔力は神経、肉体を強化することができる。そして一番は高度な魔法を駆使できることだ。


 魔法は一つで戦況を簡単に覆すことができる。


 それはこんな一対一の状況でもだ。


 足元の地面に剣でも生やせば一歩分の迷いと動きを消費させることができる。


 光の一つでも放てば視界を奪うことができる。


 だというのに。


「なぜだ!」


 ギリッとフィルが歯を食いしばる。


 それは悔しさからだった。


「なぜとは?」


 ユセフがバカにして嘲る。


 意図を理解した上でフィルに言わせようとしているのだ。


「なぜ……魔法を使わない!」


「あぁ、そのことだったかぁ」


「白々しい……!」


 ユセフはフィルとの戦いに魔法を一切使っていなかった。


 それは明らかにフィルに手加減をしていた。


「だって勿体ないだろう? これからも戦いがある」


「戦い、だと……?」


「ああ。あそこのジードとかいう男に、それからここに来る救援部隊だ。逃げるための転移を組み込んだマジックアイテムはあるが逃げ惑う奴らを虐殺せねばいけないし、ある程度の時間はかかってしまうのだ」


「貴様ぁ……!」


 フィルは複数の怒りを抱える。


 自分を倒す前提であること、その上でジードが眼中にあること、そして騎士団が来るまでの時間以上に虐殺を行うこと。


「前々から怪しい言動は目立っていた! 貴様がアステア教で頭角を現す前から有力な司祭たちが不審死を遂げていることも……! ソリア様の両親が……襲撃されたことも!」


 フィルの言葉一つ一つにユセフの頬がピクピクと吊り上がる。


 まるで面白い話を聞いているように。


 その舐め腐った態度は余計にフィルを激情させる。


「貴様がすべての諸悪だったのかッ!!」


「言うまでもないだろうに。そうさ、俺だよ。随分と扱いやすい組織だった。女神なんかに縋るだけあって頭が悪い連中の集まりだったよ」


「――あと一年……いや数か月で貴様を今の地位から落としていたものを……!」


 フィルが剣を振るう。風を切り音が後から続く。


 しかし、ユセフは事もなげに受け止めて掴んだ。


「そんなところが神聖共和国の悪いところだ。アステア教を後ろ盾に中立を保つことに必死で後手後手に回る。そもそも中立だってことで内部にメインの戦力を置かないっていう油断っぷりだ」


「その辺に――っ!」


 フィルが掴まれて動かない剣を引き抜こうと力を込める。


 だが動かない。


 瞬時にそこまで判断して剣を放棄した。


 代わりに雷撃を纏った拳でユセフの腹部を突く。


 本来なら鉄をも砕ける威力だ。


 実際にバチバチっと音を鳴らしながら地面も揺れた。


 しかし、ユセフは傷一つない。


「これが実力か? ……随分と笑わせてくれるじゃないか。おまえはソリアに付いていて多少の実力があったから『剣聖』などという大層な称号を得ただけにすぎない」


「な……っ」


 フィルがなにやら反論しようとしたが、ユセフの蹴りが側頭部を直撃する。


 あまりに重たい一撃。


 開けた場所であるため強制的に壁まで放り出された。


「……かはっ……!」


 あまりの衝撃に身体中の空気が抜け出る。


 フィルが霞む視界の中で見えたのは白銀の剣を放り投げるユセフ――そして顔を覗いてくる一人の男だった。


「死んでる? あー、生きてるか。タフだな」


「ジ……ード……」


 フィルがたどたどしい息遣いの中でなんとか男の名前を口にした。


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