動く
スフィの叫び声によって強制的に祈祷が中止させられた。
しかし、魔力の残りはたしかに存在しており、今だなお壁の上に立つ者や、大司祭ザイ・フォンデと名指しされた男に向かっていた。
「みなさん、この色は魔力です! 女神アステア様に行くはずであった皆様の魔力です! それが大司祭のザイ・フォンデや壁の上に立つ人達が吸収しています!」
少女の言葉に周囲がざわめきだした。
「すでに色々と噂がされてきたはずです! アステア教の不祥事を耳にしていない方の方が少ないはずです! アステア教を魔族が――」
「――くははっ。もう十分だ」
スフィの言葉を被せて、ザイ・フォンデが台座の上に立っていた。ソリアの隣に。
その顔にはいかにも悪そうな笑みが張り付いていた。
「もういい」
ザイがパチンっと指を鳴らす。
同時に女神の巨像に魔力が流れ込む。刹那――爆発。巨大な鉄の塊が中から膨れ上がるようにして破裂した。
耳を劈くような音だった。
しかし、それだけじゃない。当然ながら鉄の塊だったものが勢いを持って破裂したのだ。
高い殺傷性を持ってこの広場にいる人々に降りかかる。それが普通だった。
「発動してください!」
またスフィが叫ぶ。
同時に魔法陣が幾つも展開される。俺が予め用意していたものとは別に彼女たちも備えていたようだ。
スフィをメインに広場のあちこち、そして広場の外でも人々を守るための魔法陣が展開されている。
しかも簡易的なものではなく周到に組まれているものだ。
「へぇ。やるじゃないか」
ザイが褒めながら、身体を歪に変えていく。
いや、変えるというよりはむしろ本体の魔力に同化していると言った方が正しいだろうか。
髪はなくなり、青い肌と赤黒い瞳、そして鋭い牙を持った魔族になっている。背中からは黒い翼を生やして真の正体を現した。
「魔族……! やはりアステア教は魔族に操られて……! ……皆さん、逃げてください! ここは真・アステア教が引き受けます!」
スフィが言うが、それに反応できている者はいない。
突然のことで誰もが訳も分からず立ち竦んでいる。
そんな中で――
「ザイ・フォンデ!! ソリア様から離れろ!」
「フィル! はははっ! さすがの早さだ!」
いつぞやの宿で絡んできた女性だ。
白銀の剣でザイを襲う。ソリアから引き離そうとしている。
だが、フィルの切れ味の良さそうな剣をザイが生身の手で受け取った。
鈍い鉄と鉄がぶつかり合う音が宙を鳴らす。
「――一昔前ならやられていたかもな」
そんな余裕を持った呟きが拡声のマジックアイテムによって拾われていた。
同時に。
フィルがザイの足蹴によって地面に叩きつけられる。台座の一部が崩れかけた。
ソリアの悲鳴も拡声器から伝わる。
「聞けぇ、人族共! おまえらが祈った分だけ俺たち魔族に力が届いた。女神アステア? アステア教? ふははは! そんな幻想は存在しねえよ! 祈るだけ無駄だ!
劣等種であり欠片も価値のないてめぇらは今から、この第七魔貴族であり次期魔王でもあるユセフ様が部下を伴って直々に虐殺をしてやるよ!!」
それが合図のようで。
壁に立っていた魔族たちも本来の姿に形を戻し、ニヒルに笑いながら立っていた。
広場全体がどよめく。
なにかの催しか、とさえ呟く者さえいるほどだ。
だが、俺の隣にいる真・アステア教の男は苦しそうな顔をして魔力ギリギリまで魔法陣を展開していた。両手にはマジックアイテムが握られている。
あらかじめ配られたマジックアイテムに魔力を込めれば魔法陣が浮き出るという代物だろう。
「もう一度言います! 逃げてください! 我々、真・アステア教が食い止めます!」
スフィの言葉に今度こそ一人、また一人と連鎖的に反応が起こる。
次第に四つの門をめぐって競争が起こり始める。早くいけ、早くいけ、と怒涛の声が轟く。
その姿を滑稽とばかりに眺めている魔族が、真・アステア教の信者達が作り出している防御のための魔法陣に手を向ける。
彼らから攻撃的な魔法が生み出される。
水、火、風、雷、土、あるいは、槍、剣、斧、矢……
膨大な攻撃の嵐。次第に魔法陣にも亀裂が生まれ出す。
(さすがに手を出さないとマズいか)
ギルドのこと云々どころではない。
ましてやカリスマパーティーとやらの話もある。ソリアを危険な目に遭わせるわけにもいくまい。
もはや俺の周囲からも人が薄くなったので遠慮なく足場が壊れるほど、足に力を込める。
「お、おい。俺らが引き受けている間に兄ちゃんも逃げ……!」
「まずはソリアを――救出する」
「なっ!?」
転移魔法を使うよりも、目に届く範囲であれば意外と足に力を込めて突撃したほうが良い。
特に今回はソリアの周りに敵は一人――ザイ・フォンデ……いや、ユセフか。
とにかくその魔族ひとりだけだ。
なら引き離せばいい。そのために必要なのはパワーと速度。
転移なら速度はいいがパワーは劣る。強化されたユセフは俺にも底が見えない。だからこそ。だからこそ。
ドガッと地面が鳴る。
景色が一瞬にして移り変わる。
もう眼前にユセフがいた。
「なんだ、おま――っ」
だからこそ。
強化された力に溺れて油断する。そして俺の攻撃を受け止めてくれると信じていた。フィルの剣と同様に。
その通りになった。
ユセフは壊されてもなお一定の大きさにある巨像に突っ込んだ。
「ふー……ソリア、大丈夫か?」
「え、ええ……え? って、ててて、ていうか、その声……!」
ソリアが言いかけて、両方の場所から音が鳴る。
一つは台座の下。フィルだ。
ようやく足蹴にされてから復活した。
そしてもう一つはユセフだ。
鉄くずを払いながら立ち上がった。
周囲は、そろそろ魔法陣が崩れかけている。絶望の声と悲鳴が響き渡っている。




