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とある少女の話2

 その少女は辺境に住んでいたが、貧しい思いをしたことはない。


 決して裕福ではなかったが心が幸福に満ち溢れていた。


 アステア教の神父をしている父と、厚い信仰心を持つ母。


 恵まれた村の人々。


 楽しい日々が続いていた。


 けれどある時、両親と村のアステア教の人々が「神都に出向いて調べものをする」と出ていった。


 それはなんてことない、遠足のようなものだとスフィは思っていた。


 それから一週間が経ち、一か月が経ち、三か月が経った頃に手紙が届いた。


 それは両親や村の人からのものだった――。


『今のアステア教は不審な点が多い』


『それを調べるために神都まで来た』


 ことなどが書かれていた。


 そこには憶測ではあるが確固たる疑いを持って記されているアステア教の悪事があった。


『今のアステア教は魔族と関りがある』


『女神アステアに行くはずの魔力が――』


 スフィはただ読んだ。


 最後の一行まで。


『すまない、スフィ。君がこれを読む時には私達は死んでいる。そういう手はずになっている。その時は家にあるタンスの一番上にしまっているものを取りなさい。布に包まれているものが入っているはずだ。――それはかつて歴代の一人の勇者様が私達の先祖に預けた聖剣だ』


『願わくば君が自衛のために使ってくれることを祈る。私達のように無謀なことをしないで慎ましやかに生きてほしい』


『本当にすまない』


 手紙の後ろでは涙の跡があった。


「なんで……私には生きろって言って……ママやパパはそんなことしたの……」


 最初は虚ろな気持ちがあり、次第に怒りが芽生えてきてた。


 時が経つにつれて嫌な予感はしていた。


 こんな人が傷つくような冗談を言う両親ではない。


 だからこそ手紙の内容がひしひしと肌を刺すように伝わってくる。


 言葉では綴っていないが、両親の無念が伝わってくる。


 信心深い彼らが。


 かつてアステアに選ばれた勇者が救ったこの村の人々が。


 黒く染まっていく教団を傍から見ただけで気づくほどの彼らが。


 死んで終わりなどという結果にやるせなさを感じていないはずがない。


――怒りの次に悔しさの感情が込み上げてきた。


 スフィは聖剣を抜かなかった。


 いや、抜けなかった。


 鞘がさび付いて抜けなかったのだ。


 これでどうやって自分の身を守るのよ、なんて両親にごちりながらも、手放すことはなかった。


 ただ、代わりに自分の心に剣を持った。


 真・アステア教という組織も建てた。最初は村の人々だけで集まった。村の人にも遺族から手紙が届いていた。否定的な人はいなかった。


 アステア教に睨まれて、父や母の二の舞になってしまうかもしれない。それでも、自分が死んでも意思を継いでくれる信者達ができるほどに巨大になった時は、王都や各国の首都にまで布教に回った。


 今のアステア教は怪しいと。真のアステア教はこちらだと。


 名も実績もない小娘の話を聞くのはまともじゃない奴と誹られることもあった。


 それでもその活動の真摯さに心を打たれる者も少なくなかった。


 次第に真・アステア教も大きくなり、スフィは『勇者が決まる』という話を聞いた。


 勇者協会という女神アステアではなく人が決める勇者。


 ただ、同時にスフィは調べていた。聖剣のことを。


 聖剣にもいくつかの種類があった。


 スフィの持っている剣は「聖剣が選んだ人に力を与える」ものだった。


 だからこそ勇者協会が選ぶとはいえ、『勇者』となる人物を見て、聖剣に判断してもらうために赴いた。


 アステア教という人族の最大宗派が大変なことになっている今の事態を打破してくれる『救世主』を見つけるために。


 が。


 フィールドに立つ誰にも反応することはなかった。


 たしかに全員が強そうではあったが聖剣が選ぶことはなかったのだ。


 そんな時、災禍が起こる。


 竜の大群が神都を襲撃してきたのだ。


 なのに、いや、だからこそ『聖剣』が反応を示した。


 それはフィールドに立つ誰でもない。


 観客席で暇そうに見守っていた一人の男に反応をしていたのだ。


『……救世主様……!』


 今まで闇雲に、それでも必死に戦ってきた少女にとってその男は一筋の光だった。


 耐え難い絶望を打ち砕いてくれる希望だった。


 だからこそ、その場で声をかけようとして――不意にやめた。


 もしも彼がアステア教に狙われたら?


 聞けばギルドでSランクをしている人だそうだ。


 決して知名度がないわけじゃない。


 そんな彼が悪評だらけの真・アステア教に加担したとすれば?


 今はまだ、その時じゃない。


 スフィはそう思った。


 だがいつか必ず、その時が来たら。


 スフィは聖剣を渡すつもりだ。


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