二人との再会
剣聖と名乗ったフィルが去ってしばらくが経った。
俺はギルドに出向いていた。
依頼完了と魔族の変異のような体質の報告をするためだ。
一階に着く。
しかし、通常の受付場所では行わない。今回はリフから直々の依頼だ。
リフがいない場合は受付で済ましても問題ないそうだから、まずはギルドマスター室の扉は叩く。そこでいなければ改めて一階に戻ってくるが、ひとまずは上を歩いて目指す。
「ジード!」
ふと、そんな声がかかった。
声の主を見てみるとにこやかな笑みを浮かべたシーラと、その傍にはクエナがいた。
「おお、帰ったのか。俺も遠くから帰って来たばかりだから奇遇だな」
「なに言ってんの。あんた国境線の依頼を受けたでしょ。それで私達の分が減ったのよ」
クエナが腰に手をあてながら言う。
どうやら入れ違い、もしくは近場にいたようだ。
「え、まじで? あんまり影響がないと思う範囲だったんだけどな……」
「あの局地が激戦だっただけで、他はほとんど収まってたからね。範囲ってよりも、部分的に見たほうが良い時もあるわよ」
「でもさすがジードよね! 私達は魔族とは戦ってないけど、結構有名な傭兵団が幾つも丸々潰されてたって話だったのに!」
クエナが指摘してくれる一方で、もはや犬の尻尾と耳が生えてきそうなほど興奮しているシーラがいた。
それだけじゃない。勢い余って抱きついてきた。
柔らかい感触が胴体から全身を刺激してくる……!
「その子、ジードと会ってないから随分と好意ゲージが溜まってるみたいよ」
「そ、そうなのか。まあでもスキンシップも大概にな。とくに俺は男だから」
シーラの胸は女性の平均よりも大きく上回っている。
ここまで密着されてしまえば暴走してしまいそうになるほどの刺激だ。
「あんたの『好意』ってそういうことなの。私の言ってる好意ってのは男女的なものだけど」
「……へぁ。そ、そういう?」
バカな……。
男女の関係というものは知っている。旧クゼーラ騎士団の同僚から話半分で聞いていた。知識としては存在する。
だが、まさか俺の身近にそんな話があるとは思いもしなかった。
「むふふ。ジードさんの心音が聞こえてきますよ?」
シーラが上目遣いでこちらを見ながら挑発的に言ってくる。
しかし、かくいう俺もシーラの大きな胸を通して心音――つまり揺れが伝わってきている……!
顔を赤らめたシーラが妙に煽情的でもあり、今までトイレにしか使ってこなかった部位が反応してきている。
「あのー、ここ公共の場なのでイチャイチャするならお三方で宿にでも行ってきてくれませんか?」
ふと、ジト目でこちらを咎めるように見ていると受付嬢が声をかけてきた。
ハッとなって周囲を見渡すと冒険者達が気まずそうにしている。
一部には殺意を込めて睨みつけている奴らもいた。
「ちょっと待って!? なんで私も含まれてるのよ!?」
クエナが受付嬢の言葉に抗議した。
「またまたぁ、隠しきれていませんよ。シーラ様を羨ましそうに見ていたではないですか」
「ちょっ、なに言って……!」
受付嬢に言われているクエナと目が合う。
真っ赤に顔を染め上げて俯けてきた。
なんだ、これは。
今まで見たことのない光景を目の当たりにして言葉が出ない。
俺はこのまま……死ぬのか?
過去の出来事が走馬灯のように走る――。
すべて生きるために必死で戦った思い出――。
ダメだ。死ぬな。
今までのマイナスを返済するために生きているんだ。
死んではだめだ。
今の状況はプラスに走っているが猛ダッシュ過ぎる。息切れを起こしてしまう。頭がパンクしかけている。話を逸らそう。
なにか……なにか……
ふと、クエナやシーラに土ぼこりが付いているのが見えた。
「埃ついてるぞ。依頼からそのまま帰ったのか?」
「……うっ」
クエナがばつが悪そうに顔を逸らした。
しかし、少しの逡巡の後に頭を下げてきた。
「ごめん。なんか変な女に絡まれて負けた」
「ん、おまえが負けるとは何者だよ。ってよりも、なんで俺に謝るんだよ」
「それはね、ジード。ジードのパーティーに入りたいっていう私達の会話を聞いていたみたいで、なにを勘違いしたのか、私達がジードのパーティーメンバー候補だって思ったみたいなの」
シーラも申し訳なさそうに目を伏せている。
ああ……なるほど。
どうやら俺の名前を勝手に背負わされたのか。それで負けてしまったから俺の名前を傷つけてしまったみたいに思っているのだ。
「そんなもん気にするな。むしろそんなのに絡まれて災難だったな。おまえらが無事でよかったよ」
傷つく名前なんて俺にはない。
Fランクでも受ける依頼をこなしているし、なんか災いの元みたいに扱われている節があるし……。
俺の名前なんてロクなものではない。
「ジぃードぉ…………!」
感極まった様子のシーラが今にも泣きそうな顔になる。
「必ず相応しいメンバーになるから……!」
「私も、あんなのには負けない。絶対に」
二人の目には確固たる意志があった。悪いことばかりではなかったようだ。
「まぁ、じゃあ俺はリフのとこ行くから。頑張ってな」
「あぅーっ」
名残惜しそうに可愛らしい呻き声を挙げるシーラとの接着面を剥がしながら階段を上る。
しかし、最近は妙なやつに絡まれることが多いのだろうか?
俺も宿に変な女が来たし。
色々とごたごたなご時世だから多く発生しているのだろうか。