魔族側
そこは廃れた教会だった。
昔は綺麗に並べられていたはずの会衆席はまばらに倒れていたり端っこに寄せられたりしていた。
最深には女神アステアの銅像が半壊のまま、月灯りが不気味に照らしていた。
その銅像の下には陰で顔が隠れている男がおり、その眼前で十数名が片膝と片手を地面につけていた。
「どういうことだ!」
怒号が響き渡る。
その怒りは――魔族の集団に宛てられたものだった。
プライド、実力共に高いはずの魔族達が言われるがまま顔を俯けている。否定も反抗もできない証だ。
それほどに怒鳴りつけている男は別格だということだった。
「剣聖や聖女が動くから二つや三つの戦線は負けてもいいと思っていたが……それが全部だと。しかも最前線をすべて破られたなんて話は受け付けられるはずがないだろう!?」
「……申し訳ありません」
そう謝ったのは戦場で二つの傭兵団を相手取って勝ち抜いた魔族ルイルデだった。剣聖から逃げ延びていた。
だが、あの自信満々な様子がしおらしくなっている。
「謝意を求めているわけではないわゴミが!」
「グアっ!?」
男の蹴りがルイルデの腹部を直撃する。
ルイルデが吹き飛ばされる。教会の隅っこで土埃を舞わせながら痛みに腹を抑えていた。
「何者だ、そのジードって男は!」
「し、調べてもクゼーラ王国騎士団で団員をしていたことしか……。しかも騎士団は崩壊しておりまして詳しくは……」
問われ、ルイルデが姿勢を正しながら息苦しそうに答える。
「そんなもの明らかにダミーだ! 奴ほどの存在が一国の騎士団に所属していたら、もっと名を馳せていたはずだ!」
「ですが、ギルドに入る以前は本当に名前も……」
「言い訳もいらん!」
男に一蹴されてルイルデが押し黙る。
本来なら魔族が人族に『個』で負けることはありえない。
それなのに第二区域と第三区域では魔族の集団さえも打ち破られている。
たった一人の、ジードというSランクの冒険者に。
「ちっ、その男はどこかの宗教に入っているか?」
「いえ……どことも関わってはいません」
「ならいい。今度の大聖祈祷場所には来ないな」
大聖祈祷場所。
神聖共和国にある女神アステアの巨像がある祈祷場だ。青空の下で広場のようになっていて五万人ほどが入れる。
荒れた年などに開放され、筆頭司祭――今でいうソリア――が祈りの言葉を女神アステアに捧げ、参加者達も祈りを捧げる。
今年も荒れた年に加えられているため開放されることになっている。
しかも例年よりも規模が大きい。
クゼーラ王国の半壊
神聖共和国を襲った二度の危機
ウェイラ帝国のトップの移行
魔族による過激的な攻撃の侵攻
これらをメインに踏まえて神聖共和国だけではなく諸外国からも人が集まると予想されている。
内外問わなければ人はいくらでも入れるため参加申請などで人数管理などはしていないが、およそ十万人を超すとされていた。
その人族の代表的な場所に、魔族。
場違いも甚だしかった。
しかし、月明りが銅像下の男を照らした時、その姿があらわになる。
「大虐殺を行い――アステア教の象徴である聖女ソリアを殺し――女神アステアの銅像を破壊する――その計画に支障はないな」
アステア教大司祭――ザイ・フォンデ。
人族の中心的人物であった。
「はい。問題ありません。七大魔貴族――ユセフ様」
ルイルデが改めて傅いた。
ユセフ。それがザイ・フォンデの本当の名前であり、魔族としての名前だった。
「魔王様が憎き勇者に倒されてしばらく。醜く下等な人族と休戦などしてしばらく。ようやくだ。ようやく苦汁をなめさせられた日々に終わりを告げられる……! この私が魔王となる一歩を踏み出せる!」
ユセフが手を大きく広げて高らかに宣言するように口にした。
着々と、その日のために進んでいた。