その名前には
「……ザイ・フォンデさん」
「……大司祭様」
ザイ・フォンデ。アステア教の大司祭だ。
肩書に似合わず三十中ごろの容姿をしている。
それもそのはずで、先代が急死してからめきめきと頭角を現していたザイが幾人もの司祭からの支持を得て若くして大司祭となったのだ。
そのアステア教の大司祭が横から割り入ってきた。
スフィ、そしてソリアも控えめに嫌悪感を出しながらフォンデを見た。
「なぜ、ここに?」
ソリアが尋ねる。
それは純粋な疑問だった。
前線に立つことが多いソリアがいることには誰も疑問を抱かない。
そもそも主力級の戦力がソリアにあるからだ。
実際にそのおかげでアステア教の信者は多く増えている。
そしてアステア教が後ろ盾になっている神聖共和国の中立維持や他国による恩返し等の軍備援助や貿易優遇がある。
ソリアと主力が前線に立つことによってアステア教にも神聖共和国にも利益がある。
しかし、大司祭が自ら前線に赴くことはないのだ。
「野暮用ですよ、ソリアさん」
にっこりと形だけで上塗りされた笑みを浮かべながら大司祭ザイは答える。
だが、ザイの護衛は二名だけ。
しかも騎士ではなく、適当に誂えた大した装備も持たない兵士だ。
「たったそれだけの装備と人員で、こんなところにまで野暮用ですか?」
ソリアの後ろにいた【剣聖】フィル・エイジが尋ねる。
フィルの目からして兵士はロクに訓練すらされていなかった。護衛なんて以ての外だ。
「はは、ご安心を。それよりも邪教の連中がこちらを睨んでいますよ。こんなやつらとは関わらない方がいい」
睨んでいるのはアステア教の面々ではない。
大司祭のザイだけだ。
実際に先ほどまでは雰囲気も緩かった。
「ええっと、スフィだったか。アステア教のおこぼれに預かるまではいいさ。寛大だからそこまでは許してやる。だが、あまり調子に乗らない方がいい――」
にんまりと顔を歪めながらスフィに顔を近づける。
そして小さな声で口にする。
「――両親のようにはなりたくないだろう?」
「――――……っ!」
先ほどまで軟らかく温和な態度だったスフィが一転して怒りと涙を要り交ぜた顔つきに変わった。
後ろで構えていた真・アステア教の信者がスフィの前に出て大司祭の方を睨む。
「貴様!」
「おぉっと、殴るか?」
「上等じゃねえか!」
「……待ってください!」
スフィが静止させた。
それは正しい判断だった。
「ははは。殴らないんですか。つまらないなぁ」
大司祭が追い込むように煽るが、今度のスフィはなんの反応も示さなかった。
しっかりと信者を止めていた。
「な、なぜですか。こんなやつ……!」
「傍から見れば一方的に殴ったと言われるだけです」
「……!」
スフィに言われて信者の男がハッとなる。
ここで手を出したら負けなのだ。
「それにこんな暴力はなにも生み出しません。あなたの手が汚れるだけです」
明確な敵意のある言葉遣いだった。
スフィは暴力に反対するような子ではない。そもそもアステア教は暴力を否定しない。
だが、暴力を行使する場面は見極める。
「言ってくれるじゃないか。むしろ君たちのようなスラム街の集まりともいえる邪教徒達が僕に触れられるだけで名誉だと――」
「第二区域と第三区域の連中が運ばれてくるぞ!」
ザイの言葉を遮って連絡兵の声が響く。
それに呼応して返事が飛ぶ。
「な……! じゃあ第二区域と第三区域はどうなった!?」
その返事は不安に染められていた。
負傷者が運ばれるのは戦場が後退したか、一段落ついた時だ。
だが、第二区域と第三区域は前線も前線だ。
言わばこの紛争のメインの戦場になる。
そこが一区切りつくことはありえない。だから必然的に後退することになる。
しかし、そうなったら戦場は一気に加速してこの後方も火が寄ることに――。
「安心しろ! 第二区域と第三区域はギルドから派遣してきた冒険者が抑えたらしい!」
「は、はぁ!? 一気に二つの区域をか!?」
「ああ、ジードって奴らしい!」
その名前に聞き覚えある人は少なくない。
現に剣聖フィルは嫌そうに眉を顰めた。
だが、もっとも反応したのは、
「ジ、ジ、ジ、ジードさん!?」
「きゅ、救世主様!?」
ソリアとスフィだった。
二人の胸中はジードがここに来るかもしれないという期待のような人見知りに似た恥ずかしいという感情が混ざった。
しかし、
「ジードさんは来るのか?」
「いや、もう直帰したぞ!」
「「しょぼーん」」
ジードが帰ったという事実に二人はしょげていた。
「……行くぞ」
そんな中であまり快く思えないといった顔で大司祭ザイが兵士に言って場を離れていった。