決して悪ではないような
翌日。宗教集団はまだ熱心に勧誘を行っていた。
そこで昨日思い付いたアイディアで話だけでも聞いて見ることにする。
目の部分がくりぬかれているだけで白いだけのマスクを買う。
もっと斬新なものでもよかったが、このマスクが一番安かったのでこれにした。
紐を耳の上に乗せて頭を一周させるタイプのマスクを装着して熱心に布教活動を行っている集団に割り入る。
「これどうぞ!」
信者の一人がニコニコの笑顔でビラを手渡してくる。
こんな怪しさ全開のマスク相手によくも話しかけられるものだ。
だがここは素直に受け取る。
ビラには真・アステア教と大々的に書かれている。そして女神に本当に祈る方法やら銅像の見分け方やらが書かれている。
「すまない、ちょっといいか?」
と、声をかける。
するとビラを手渡してきた信者が変わらない笑顔のままで首を傾げてきた。
「はい、なんでしょう?」
「アステアって女神を詳しく知らないんだが、こいつは本当に実在するのか?」
「ええ、実在します。歴代の勇者パーティーのお歴々が実際に謁見したり、祈りをささげることができますので」
「祈りをささげる? どういうことだ?」
「この場合の祈りを捧げるというのは魔力が持っていかれる、という認識です。祈りが魔力に乗って女神アステア様に向かうのです」
「……なるほど」
魔力が吸われるってのは恐怖を覚えるイメージがある。ようは力を奪われるということだから。
だが女神って存在は幾度となく人族やら他種族やらを救ってきたのだろう。
その実績があるから不気味がられないのだ。
そしてビラに書いてある祈り方や銅像の見分け方というのは、魔力が女神以外に吸われているってことだろうか。それともただ霧散しているだけで信じさせているとか。
どちらにせよ、現状では女神を本当に信仰している集団とそうじゃない集団がいるわけだ。
余計に興味が湧いてしまうのは、やはり俺が暇人となっているからだろうか。
「それで、あんたらが本当にアステアに祈りを捧げられる、という証拠はあるの?」
肝心なのはこの一点だ。
「……証拠はありません」
ギリっと悔しそうに男が歯を食いしばった。
いや、ないなら信じようがない。
そうなったら大多数に向くというのが人の心理だろう。
「ですが、最近のアステア教の粗雑なまでの信者の扱いや悪評は広まっています。かくいう私も元はアステア教の信者でした」
「ん、元信者だったのか」
それなら信憑性が湧いてこないでもない。
宗教にはさして興味もなかったから悪評を聞いたことは当然ないのが残念だ。
「どうです!? あなたもぜひ、真・アステア教に!」
グっと信者が迫る。
勧誘精神が豊富なことだ。
「悪いが今は興味が――」
「くそ異教徒があっ! まだ邪魔しやがって!」
聞き覚えのある男の声が響き渡る。
昨日よりも苛立っているようで今度は石を投げた。その石は小粒ながら布教に勤しんでいた少女の額に当たる。
「きゃっ」
「てめぇ! よくもスフィ様を!」
「だ、大丈夫ですかっ、スフィ様!」
少女が小さな悲鳴を出して地面に尻を付ける。
また難癖を付けられているようだ。
さすがに今回はやりすぎだ。全員の血の気が昇っている。露店を開いている人や偶然通りがかった人々でさえも男に敵意ある視線を向けている。
男は今にもリンチされそうだった。
しかし、
「だ、大丈夫ですっ」
少女の慌てて止める声が通る。
それに呼応するように誰もが動きを止めた。
(この状況でもか。半ば苛立ちの捌け口とも言える難癖なのにそれでも止めるのか)
その少女の器量には感嘆さえ覚えた。
しかも、誰一人として少女を無視していない。生来のカリスマ性とも言える凛とした声質だった。
「すみません。邪魔なのは私達が道を塞いでいるからじゃなくて、布教活動をしているからですよね」
「あ、ああ……」
バツが悪そうに男が頷く。
というのも、スフィと呼ばれている少女の額からは血が流れているからだった。
自分のやったことを冷静になって俯瞰しているのだろう。
「それなら、ごめんなさい。私達はこれからも貴方の邪魔をしてしまいます。今のままだと世界は誤った方向に進んでしまうのです。そうならないよう私達はこれからも活動を続けていかなければいけません」
と、少女は素直にそう言った。
きっぱりと謝り、そして意見を貫いた。
「……どうしてそこまで堂々としていられるんだよ。なぜアステア教っていう最大の宗教に盾突くんだ!」
「アステア教が誤っているからです」
「だからどうした!? それでも上であることに変わりはない! おまえらに味方するのは数奇な奴らだけだろ! だって現にビラを手に取っている奴だってそこの怪しい白い仮面つけている男だけだろ!」
……怪しい白い仮面?
周囲を見渡すが俺以外いない。
うん、これは俺だな。
いや、まぁ、そのなんだ。…………すまん。
「いいえ。今は決して多くありませんが、現状のアステア教に不信感を抱いた方々が真・アステア教に入信しています。それだけではありません、元から宗教に興味がなかった方も少なからず話を聞いていただいております」
「だ、誰かがおまえらを見ているってのか!?」
「声を挙げ続けていれば反応していただけます。それが肯定であれ否定であれ。迷惑に思われても正しいと思うことして、正しければ支持されるし、間違っていれば日の目を見ることはないでしょう」
「……くっ」
男が顔を伏せる。
悔しさから手を握る力が籠っているようだ。
「なにか、嫌なことでもあったのですか?」
少女が単刀直入に尋ねた。
男は震えながら頷く。
「ああ。仕事でクソみたいな上司がいてな。毎日毎日ペコペコして愛想笑いをして……家族のためにしょうがないって思って過ごしてる。でもこんなことしてたらいつか自分が壊れそうで……。そしたらあんたらみたいに堂々としてるやつらが無性に腹立っちまったんだよ」
男が自身の心情を吐露した。
そんな男に少女が「ええ、ええ」と相槌を打ち、受け入れていた。
なるほど。
少なくとも悪い感じはしない。すこしだけ真・アステア教に興味が出てきてしまった。