これがジード
ボルキネスと二人の後ろにはいつの間にやらガラの悪い傭兵達も集っている。
彼らも報告を受けてすぐさま集結したのだ。仮にも実力だけは評判の良い傭兵団だ。行動は早い。
「それで、これはどういうことですか?」
ボルキネスが眼前の光景に説明を求めた。
その言葉には微かながら苛立ちもこもっている。
眼前の往来で数名の部下達が意識を失い倒れていた。
立っているのは大衆と、捜索するように頼まれていたウィラという娘と、そして黒髪黒目で長身痩躯の――男だけだった。
「ん、どういうことって?」
彼はボルキネスの問いを理解できず、問い返していた。
「……まぁいいでしょう。それよりも、そこのお嬢さんを渡しては頂けませんか? 王都内で手荒な真似をすると依頼人が怒るもので」
「こっちも依頼人を騎士団まで護衛しないとギルドから怒られるんだ。悪いな」
これが脅しであると男は理解できていなかった。
それにボルキネスの口角も引き攣る。
「い、依頼人!? ウィラは家が出さない限り金なんてないはずだぞ!」
アイディの言葉だ。それは事実だった。
気まずそうに黒髪の男の背後で隠れているウィラには大した金銭はない。
「ああ……まぁ依頼金は銅貨十枚だが?」
「なっ! ふ、ふっふっふ……ならば所詮はその程度のランクの冒険者ということだろう!? はやいところあいつを始末しろ!」
ユポーボッポが高らかに笑い、王都全体に勝利を確信した声が響き渡った。
だが、反対にアイディは打ち震えていた。
「な、な、なんで……なんでおまえが……ど、銅貨十枚で…………」
あまりの慄きに呂律も回っていない。
そして――情報共有もできない。
「返していただけないということですので、こちらも実力行使と参りますね」
「はやくしろ! そろそろアイディや私でもこの隠蔽できるものには限りが……アイディ……?」
ユポーボッポがボルキネスを急かす。
ふと、視線をアイディに向けると異様なまでに汗を流して黒髪の男を見ていた。
「ま、待て、なにかおかし――」
「依頼の邪魔するってんなら地べたに倒れてるこいつらと同じ目に遭うぞ……って、聞いてもいないか」
行動の早い傭兵達が瞬く間に動き出す。
それは誰もが男を排除するため的確な構成だった。全員が全員の特徴と男の死角を狙った最良の戦い方――のはずだった。
傭兵達が囲んで男が大衆の視界から消えた――刹那。
「「ぐぁぁあッ!」」
文字通り、吹き飛んだ。
中には家の外壁にめり込んだ者までいた。
誰一人として次の態勢に移行できた者はいない。全員が戦闘不能となってしまう。
先に地面で倒れ伏している仲間たちと同様に。
「おまえもやるか?」
「……なるほど。これは中々の腕前だ」
黒髪の男に問われてボルキネスがニヤリと不敵に笑う。
そして拳を鳴らしながらウォーミングアップをした。それは戦闘の続行を意味する。
「だが、雑魚共を蹴散らしたからと言って調子に乗る――アブゥッ!」
「それじゃ、行きましょうか」
「はっ、はい」
あっさりとボルキネスを一蹴した黒髪の男が先導し、ウィラがそのあとについていく。
あとすこしで騎士団本部。だが、彼らの後ろから声がかかった。
「待て! ――ジード殿!」
それはアイディだった。
言われてボルキネスとユポーボッポが目を見開く。
あれがジードなのかと。
「銅貨十枚? ならこちらは金貨百枚を支払おう! ウィラをこちらに返していただきたい!」
「うーん。ギルドの規約で信頼がどうたらってことで、そういう依頼の受け方はできない条項がある。悪いな」
でも、とジードが続ける。
「返してもらいたいってどういうことだ?」
「ウィラは私の娘だ。その子はすこし乱心をしていてね。変に虚言でも吐かれると、嘘でも面倒なんだ。クゼーラ王国も大変な時期で騎士団には迷惑をかけられない」
それはアイディがなんとか取り繕った言葉だった。
嘘と本当を織り交ぜた、普通なら見破ることができないもの。
だが、ジードは言う。
「うん。だからそういうのを込みで護衛するんだが?」
「……なっ」
アイディが言葉を失う。
彼はジードの本質を理解できていなかった。
依頼至上主義とも言える、他の脇道には目もくれない姿勢。それがあるからこそ、アイディの誘いにも虚言にも乗らない。
「おい! これは一体なんの騒ぎだ!」
と、そんな中で甲冑を着た集団が現れる。
それは騎士団だった。
王都内で暴れていた傭兵達が一か所に集まったことにより余裕ができて人員が手配できていた。
するとウィラが真っ先に声を発した。
「す、すみません! お話があります……!」
「君は……ウィラ嬢。そして奥にいるのは……アイディ様ですね。なるほど。すこしご同行願いますか?」
騎士団の代表格と思われる男性が敵意ある目線でアイディを見ていた。
「あ……あぁ……」
アイディが膝から崩れ落ちる。
彼は知っている。
騎士団が世代交代したことにより、アイディ派の団員は一人もいなくなったことを。
文官にも、次の世代に交代しないアイディを訝しんでいる者が大勢いることを。
アイディにとってまだ良かったのは、彼が汚職をしている証拠がないことだった。証拠も証言もすべて権限の元で消していたのだ。
だが。
身内から証言が出たとなれば、自らの罪は揺るぎないものとなるだろう。
捜査の許可が出ればアイディの余罪もボロボロと出てくる。
「…………」
「ユポーボッポ様もお願いします」
「っ!」
ソロ~っと赤の他人のふりをしながら抜け出そうとしていた豪商もあえなく捕まってしまう。
「もしかして俺の依頼はこれで終わりか?」
ぼそっとジードが呟いた。
それは自分自身への確認だ。
しかし、その声はウィラにも届いていた。
「そう……みたいですね」
ウィラはどこか口惜し気に言う。
まるでジードと離れたくない、とばかりに。
「まぁ、またなにか依頼があれば呼んでください」
反対に、ジードの態度はあっさりとしていたものだった。
ウィラがなんとか関わりを繋いだままでいようと口を開いた。
「銅貨十枚で返した恩だとは思っていません……! 必ず、必ずお返しに行きますから!」
それはウィラの心からの言葉だった。
本来ならAランクを複数名以上は雇ってこなす依頼だ。
それだけボルキネスと傭兵団は強い。強いのだ。
だが、ジードが異端すぎる。あっさりとしすぎて弱い様に見えてしまう。
「ああ、楽しみにしてる」
もう依頼人ではないから、ジードの敬語口調が解かれる。
しかし、自然な笑みがジードの頬にはあった。
その姿に一層ときめくウィラだった。
――ジードは知らなかった。
その少女が公爵家の一人娘であることを。
捕縛された父に代わって家を取り仕切り――次期宰相となる少女のことを。
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