その男は
「はぁ……はぁ……!」
息を切らしながら、少女ウィラは往来を走っていた。
道行く人に奇怪な目線で見られようが気にも留めず、自らの考えに従って走っていた。
父親と政略結婚させられそうになった男が旧王国世代の破滅に関わっていたことを騎士団に報告するためだった。
(でも、もし騎士団とお父様が関係を持っていたら……?)
ふと、ウィラが思った。
それは新世代に移り変わった騎士団と父であるアイディの癒着だ。
新世代と呼ばれる世代は、両親に代わって新しく文官や武官になった者も少なくない。半面で民衆の中からも選ばれている。
(……少なくとも私の知っている騎士団の知り合いは…………)
ウィラは貴族の娘として各方面と交流があった。
それは当然ながら自国の騎士団ともだ。そしてウィラが思い浮かべる騎士団の団員や団長達は悪に手を染めるようなことはしていない。
少なくとも、先代の団長達に感じていた違和感や嫌悪感はなかった。
(大丈夫。私は信じて進むだけ……!)
ウィラも覚悟を決める。
もうすでに他国との関係も同盟か敵か。そんな状態でどこかへ逃げ込んでもこの国を救うことはできない。
ウィラは生き残ることが目的ではない。父や豪商などの悪を国から振り払うことが目的なのだ。
「見つけたぞ!」
「――っ!」
だが、見つかってしまう。
もうすでに夜も深いが多くの傭兵が構えている。
その行動の早さは傭兵としての質の高さを示していた。
(あと少しだったのに……!)
眼前を塞ぐ傭兵達。
たった数人だが屈強な男たちだ。
貴族の娘として多少の戦闘訓練は施されているが、傭兵が一人だったとしても通ることはできなかっただろう。
ウィラは、自分の力のなさに歯がゆさを覚える。
「ふぁぁ……」
ふと、そんな場に似合わない欠伸声がした。
余裕そうだが警戒心を高めている傭兵達。緊張感のあまり膠着して動けない大衆。そして危機を覚えているウィラ。
そのどれとも当てはまっていない。
さらにその隣には赤髪の美女がいた。その美女が男に声をかけている。
「今日は珍しくお疲れね」
「立て続けに指名依頼が続いて寝られてないんだよ」
「何度も言ってるけど断ればいいじゃない」
「何度も言ってるけど依頼は断りづらい」
「そんな堂々と奴隷宣言されてもね……」
美女が呆れたように苦笑いする。
そんな会話を聞いてウィラは思った。
(この人達……冒険者だ……! しかも赤髪の方はクエナさん!?)
ウィラは美女の方に見覚えがあった。
それは前からクゼーラ王国の王都を拠点として活動しているAランクの女性だった。
残念ながら男性の方はピンっと来なかったが、どこか大事なニュースで顔を見たような覚えがあった。
それがなんのニュースなのか、ハッキリとは覚えていない。
だが、それでも藁にも縋る思いでウィラが口を開く。
「す、すみません! 助けてください……!」
「「ん?」」
声をかけられた二人が同時に返事する。
も、一瞬で美女のほうが男の胸を小突く。
「……だから息を合わせないでよ……!」
「んな無茶言うなよ。できなくはないが神経使う。今は疲れてるし。それより、どうしたんだよ?」
男の方がウィラを見て尋ねてきた。
やれやれ、とクエナが額に手をあてて男に言う。
「そこ、安易に話に乗らない。そこ、私たちは冒険者だから『助けて』じゃなくて『依頼をしたい』と言いなさい」
クエナがビシッビシッと指をさして男とウィラに言う。
ウィラは思う。やっぱり冒険者の人たちだ、と。
「い、依頼がしたいです……!」
クエナに言われた通りに口にする。
「それじゃあギルドに行って正式な依頼書を……ってわけにもいかないわね」
チラリとクエナが周囲を見る。
突然干渉してきた二人の存在に固唾を飲んで佇んでいる傭兵達。一人はいなくなっている。仲間を呼びにいったのだ。
「そもそもお金あるの? あなた」
「……あっ」
ウィラは言われて気づく。
自分が銅貨の一枚も持っていないことに。
すべて家が出してくれて、自らが持つ小銭すらない。
――依頼することはできない。
(いや、でも……)
昔、屋敷内で落ちている銅貨が十枚あった。
なにかの縁だと面白がって今も自室に置いてある。
「ど、銅貨十枚しか……」
「……ならFランクだけど、明らかに適性ランクではないわね」
いくら貴族の生まれだからと言ってウィラも銅貨十枚がどれだけ少ないか理解していた。
彼らを囲む傭兵達の実力的にはクエナに受けてもらう必要があるのだが。
それでも、なんとか彼女に受けてもらうしかないのだ。
「依頼内容は?」
だが、ふと隣にいる男が聞いてきた。
ウィラはすこし逡巡し、答える。
「ご、護衛です。騎士団までの!」
「なら歩いても五分くらいだったよな」
「ちょっと。明らかに銅貨十枚じゃ見合わない……」
「依頼だからな」
「またそうやって安請け合いする……」
「おいおい、最近はしっかり分けてるぞ? これはまあ、すぐ終わるみたいだからさ」
「すぐ終わるだぁ!? ああ、そうだな! すぐに終わらせてやるよ!」
男の言葉にカチンっと頭に来たのか、今まで様子を見ていた傭兵の一人が襲い掛かる。
それに合わせて他の傭兵も動く。
「依頼は口頭約束になるな」
「はぁ。一応、依頼書は持っているわよ。ほら、書きなさい」
「お、さんきゅー」
クエナに渡された紙に男がサインする。――同時に迫る傭兵達を一薙ぎで戦闘不能にさせた。
あまりの早さに誰もが唖然とする。
その光景は、傭兵達が勝手に倒れたと思わせられるほどのもの。
「はい、じゃあ次は貴女よ。依頼書は私がギルドに提出してあげるから、ここに依頼内容と氏名と報奨金が銅貨十枚だってこと書いて」
「え……? あっ、は、はい……!」
呆然としながらも気を取り直してクエナに言われるがまま依頼書を確認して渡されたペンを走らせる。
最後に氏名を書こうとして、依頼引受人の名が目に入る。そして、驚愕する。
「あ、あなたは――」
ウィラが思い出す。
なんのニュースで、どうしてこの男の顔が広まっているのか。
この男は――。