闇について
その晩だった。
ウィラは廊下を歩いていると父親とユポーボッポの会話が聞こえてきた。
それは興味本位だった。
今クゼーラ王国の崩壊を招いた『騎士団』という単語が出てきたから好奇心がくすぐられたのだ。
豪商が言う。
「いやぁ、しかし、せっかく資金提供までした騎士団が潰れてしまうとは。本当にこれではなんのために支援したのか」
ウィラは一瞬、なにを言っているのか理解できなかった。
騎士団には国から相応の支援金が支払われていたはず。
(別のルートで金を受け取っていたってこと? たしかに汚職があったからあり得なくはないけど、じゃあどうしてそんな人が父と……)
そんな疑問を拭うようにアイディが口を開いた。
「仕方ありませんよ。美味しい汁は吸えませんでしたが、国力が弱って世代交代した今だからこそ地位の格上げをするだけです。今からなら宰相だってなれますよ」
「くっくっく……悪いお方だ。国民が困るでしょう?」
「なにを言います。独占市場をいくつも持って法外に値上げしている悪徳商人様が……ふはは」
両者の口から笑みがこぼれる。
それは紛れもない『裏』の話だった。まだ公表も、そしてこれから公表されることさえないであろう――。
そんな話が身内から聞こえてきたことにウィラは背筋を凍らせた。
しばらく呆然と佇んだまま、悲鳴を挙げないように口を両手で抑えながら。
(すぐに報告しなきゃ……っ)
父親は身内だ。
豪商も身内になる者だった。
しかし、それでもウィラは真っ当に生きていた。決して悪に染まるようなことはしなかった。
だから自分は正しい側にいると信じて足を進めようとした――。
ガツンっとドアノブに身体が当たる。
「「っ!」」
開かれた扉から父親と豪商が示し合わせたかのように振り返った姿があった。
しまった、とウィラは思う。
だが反対に二人はウィラを見て安堵した様子を見せた。
「なんだ、ウィラ。まだ寝ていなかったのかい」
「もしかして私がいないと寂しくて寝れなくなってしまったのですかな?」
ユポーボッポに至っては冗談まで言い始める始末だ。
まるでウィラも『仲間』であるかのように振る舞い始めた。
(え、え? なんで。私が……盗み聞いてたのにどうしてそんな態度をとるの? 私は……!)
ユポーボッポが笑顔のまま立ち上がって迫ってくる。
それはまるで悪に染めようとする魔物のようで――。触れられる距離にまで近づかれるとウィラは反射的にユポーボッポを突き飛ばした。
「ぐぁっ!」
「な、なにをしている、ウィラ!」
「私は……私はそんなこと知らなかった……! どうして……! どうしてそんな酷いことができるんですか!?」
「なにを言っている……? 私たちは貴族だ。そして彼は平民でありながら力だけで昇りつめた。力があるから振るう。それだけのことだろう……?」
それは父の、心からの言葉だった。
違和感の塊でありながらも、自然であるからに生まれてきて一度も触れられなかった純然たる悪意に満ち足りた価値観。
ウィラの心が波打った。
「私は……私はそうは思えません……!」
そう言ってウィラが走り去っていく。
アイディがウィラの背を見ながら叫んだ。
「待て!」
しかし、その言葉はウィラに届くことなく、その屋敷からウィラの影はなくなった。