最期
「……で、俺は帰るけど、おまえ達はいつまで呆然と立っているつもりだ?」
俺とルイナの会話を佇みながら、邪魔するでもなく盗み聞いていた者達に聞いた。
王竜、バイリアス、勇者候補、そしてクエナ。
外の竜たちは、王竜が魔力と人には聞こえない音で撤退させている。
それ以外、誰もが口を出すこともなく、またどこかへ行くでもなく、こちらをジッと見ていた。
「ジ、ジード……!」
俺の声にウィーグが反応する。
決して大きくはないが、どこか感情の籠った声だった。
「俺は……おまえをライバルなどと言ってしまっていた。自分の……自分の力を買いかぶりすぎて……!」
「お、おう? どうした、急に」
ウィーグが唐突に語りだす。
こんな性格ではなかったはずだが。
「正直に話そう。俺はあの時……癒しの水の回収を依頼された時……達成していなかったんだ」
ウィーグの握る拳が限界を迎えそうなのか、白く変色している。やるせなさを感じているようだ。
なるほど。変だとは思ったが、やはりウィーグは依頼を達成していなかったようだ。
酷な話だが、ウィーグにあの依頼を達成できるほどの実力はなかった。
「バイリアスに唆されたのだ。『本当は誰も達成するなんて想定されていない。ギルドの野蛮人とは違い、あなたは王子だ。その気高い心を私は見た。達成したことにすればいい』……と」
「なっ……! ウィーグ、貴様なにを言って……!」
王竜に足で背を抑えられているバイリアスが怒声を浴びせる。
この反応を見るに本当のことらしい。
元から高度な依頼をしいて達成させず、身分で選ぶつもりだったのだろう。それが俺やクエナに達成されて、ああやって無視をしたわけだ。
「だが、ずっと胸に突っかかっていた。俺よりも先に達成した人がいたことは……バイリアスに塗りたくられた癒しの水を含む泥を見て……分かっていたから!」
ウィーグの声が荒れる。
それはまるで罪を償うため、自分のすべてを吐き捨てようとしているようだ。
「ずっと気になっていた。それが誰なのか。いいや、本当は分かっていた。失敗した奴の顔つきなんて見れば分かる。……成功した奴の顔も」
ジッとウィーグが俺の顔を見る。
「いや、その泥を作った癒しの水を持ってきたのはクエ……」
「俺は……! 俺はジードのライバルにすらなれない……!」
俺の言葉を遮ってウィーグが続ける。
ダメだこれ。話を聞いてくれる様子じゃない。
「スティルビーツの王子よ。それは我らも同じことだ」
ウィーグの背後から、さらに勇者候補の連中が同意とばかりに頷いたりしている。
「今回の件では手を出すことすらできなかった。真っ先に逃げることばかり考えていた……」
「それなのに、観客席にいたジードさんは真っ先にこちらへ降りてきた」
「その圧倒的な自信と責任感は……憧れますわ」
それぞれの勇者候補が言葉を残していく。
そこまで言われると照れてしまう。
「だれがなんと言おうとも、俺はジードを認める。憧れさえ……する」
ウィーグが言った。
すると地面とくっついているバイリアスが声を張り上げた。
「お、俺も認めなくはない! 今回の非礼も許してやろう! だからこのトカゲを離させろ!」
「いや、それは無理だ」
「な……! じゃ、じゃあ勇者にしてやろう! どうだ!? 私が推薦すれば間違いなく勇者になれるぞ!」
「こんな手段で解決しようとするやつを勇者とは……笑わせる。偶像にもなってる勇者ってのは清廉潔白ってやつなんだろ? 俺なんかには程遠いと思うよ」
自嘲気味に笑う。
だが、これにウィーグが答えた。
「たしかに手段は勇者らしくない。でも、自ら罪を背負って神都を救ったんだ! ここにいる誰もが竦んで動けなかったのに……! 不正で候補に選ばれた俺なんかよりも、あんたの方が遥かに勇者だと思う!」
その熱弁は本気で言っていると分かった。
その熱い目線は俺に勇者になってほしいと言わんばかりだった。
「いいや。ぶっちゃけ勇者には興味ない。俺はギルドのジードだ」
「……! はは。やっぱりすごいよ、ジード」
目を見開いて驚いたのも一瞬。ウィーグは達観のような笑いを残す。
決して勇者とやらを侮蔑しているわけじゃない。
しかし、だからといって憧れているわけじゃない。
興味ない。それが俺の素直な気持ちなのだ。
「それじゃあ帰るから」
「ま、待て……! グぁッ!」
俺が背を向けようとすると、王竜がバイリアスを持ち上げて咥える。もっとも動物なんかの甘噛みじゃない。
鋭い牙がバイリアスの皮膚を貫通している。
今後のことを考えると温いものだろうが。
「お、俺は勇者協会の重鎮だぞ……!? 俺が死んだとなったら……!」
バイリアスが悪あがきをする。
こいつなにを言っているんだろう。まだ状況が理解できていないのだろうか。
返すのも面倒だ、と思っている矢先、ウィーグが優しく答えた。
「神都をここまでの惨状にした失態は言わずもがな。勇者協会に不正が横行していた事実は見逃されない。悪いが協会は一新するか、解散することになるだろう」
「ゆ、勇者協会は人族から莫大な支援を……!」
「だからどうした。ここにいる者達の身分を忘れたか?」
ウィーグに言われてバイリアスが気づかされる。
彼が集めた者達は全員――位が高い家の者の出身であると。
「くそ……くそぉ……! くっそおおおおお!!!!」
バイリアスの絶叫が響き渡った。
王竜がバイリアスを咥えたまま、飛び去って行った。