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引き抜き

 地位に興味ないか。

 そのルイナの言葉は冗談のそれとは大幅に逸れていた。

 顔つきも真剣そのものだ。



 ウェイラ帝国は列強の一つ。軍事力だけで言えば人族最強クラスの国家だろう。

 それは膨大な金を軍事費につぎ込み、傘下の国々と足し合わせた兵力を考慮すれば当然の話だ。



 また一人一人の戦闘力も高い。

 ルイナの側近達も決して弱くはなかった。

 彼らは知らぬ者の方が少ない。そのレベルに名を馳せた者たちだ。

 だが、ジードが異端すぎた。



「地位?」



 ジードが問い返す。

 なんの話だ、と言わんばかりに。



「ああ。ウェイラ帝国に来い。私の部下となれ」

「……部下?」



 ジードが腕を組む。

 眉間に皺を寄せながら考え込んでいる。



「なにを考えている? ウェイラ帝国にはなんでもある。力ある者は私の実権の下で、すぐに将校になれる。側近にもなれる」



 どうだ、と言わんばかりに手を広げる。

 そして続けた。



「金も飯も女も、家も土地も兵も自由にできる! ギルドは依頼が来なければ餓死するだろう! だが帝国は違う! 真の支配国家だ! 迷う余地はない! 共に来い!」



 断ることはない。そう確信した顔だった。

 揺るぎない笑みがあった。



 事実、これまでウェイラ帝国の誘いを断った者はいない。

 その圧倒的な歴史と実力が断る理由を打ち消している。



 いかなる資源も帝国自身が保有している。なければ支配下にある国々から巻き上げることができる。

 ウェイラ帝国の上にいるだけで、あらゆる欲を満たすことができる。



 その上で。

 ジードが片眉を下げながら口を開いた。



「――依頼だったら多分できると思うが、それなら傭兵を雇った方がコスパが良いと思うぞ?」

「は?」



 一瞬。

 ルイナの頭が停止した。



 帝王、女帝。

 生まれてから一度たりとも動きを止めたことはなかった。



 周囲に信用できる者はいなかった。

 だが権力争いに負けることは許されなかった。

 常に命の危険が迫っていた。



 だから、思考回路が動かないなんてことは本能が許可しなかった。

 そのはずが、絶対に断られないと思っていた誘いを…………おそらく断られた。



「……そ、それはどういう意味だ?」

「ん。難しかったか? 俺もうろ覚えでなんとも言えないからなぁ。詳しくは調べてもらったりしたほうが早いんだが、ギルドの依頼で『部下になってもらう』ってのもできた気がするって話だ。ほら、一見、ギルドのルールに抵触するって思うだろ? でもたしか――――」



 ジードが長々とギルドのルールについて語る。

 まるで自分が引き抜かれているとは思っていないように。

 ルイナが目を点にし、ジードの語る姿をしばしば呆然と眺めていた。



(なにを喋っているんだ……? え、依頼……? なに、どういうことだ? いや、ギルドを介して引き抜けってことか? いや……?)



 ルイナの脳裏に疑問が巡る。

 誘いを断った者はいなかった。

 引き抜きだと理解しなかった者はいなかった。



 猛者として周囲に認められたら、ウェイラ帝国に引き抜かれるかもしれない、という淡い期待が誰にでも根っこに存在するからだ。

 それをルイナは知っていた。

 知っていたからこそ、目の前の男が引き抜かれていると気づいていない事態に驚きを隠せなかった。



「待て、ジード。これは依頼ではない。引き抜きだ」

「ああ。引き抜きか!」



 得心したと片手をグーに片手をパーにして叩き合わせる。

 ようやく分かったか、とルイナが頷く。

 そして笑みを浮かべてジードが口にした。



「ならパスだ。ギルドに文句はないからな」

「ああ、そうだとも。帝国の誘いを断るはずが………………なんだって?」

「引き抜かれない。今のギルドの自由な感じが気に入ってるんだ。受けたい依頼は受けて、受けたくない依頼は受けない。……今はほかの組織につこうとは思わない」

「ま、待て、考え直せ。帝国軍人も他より圧倒的に自由だ。それにギルドよりも欲しいものが手に入る。それに私直々の誘いだぞ!?」

「いやだから興味ないって」



 ジードが鬱陶しいとばかりに『しっしっ』と追いやる。



「ありえない! 帝国からの誘いだぞ!?」

「いやいや。神聖共和国がこんなことになってるの、おまえらが仕組んだことだろ? そんな怪しさプンプンのやつらに付いていけるかよ」

「……くぅ」



 ルイナが悔しそうに唇を噛みしめる。

 そこで、ようやく側近の一人がハッと気を取り直した。



「ル、ルイナ様。そろそろ行かねば……」

「……そうだな。分かった。おい、ジード! おまえのことは忘れないからな。もしも考えを改めることがあれば来い!」

「ああ。おっけーおっけー」



 もう行ってくれるならなんでもいいよ、とジードが手を振る。

 そうしてルイナ達は去っていった。

 残ったのは勇者候補とクエナ、そしてジードと王竜とバイリアスだけだった。


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