王竜と女帝
雨雲が空を覆いつくすと暗くなる。
今、それは生物によって行われていた。
人族よりも遥か前に生存されていると言われ、神々と争ったなんて伝説もある古代からの生物。――ドラゴン。
黒、赤、青……色は違えど、すべてが結束して神聖共和国の神都を襲撃していた。
『ガッ――キィィーーーン』
進行役の男が腕の力さえも気にすることができないほどの驚きによってマイクを落とす。高音が発せられているが、それは人の悲鳴によって掻き消されていた。
幾度となく衝撃音が響き渡る。ドラゴンのブレスが建物を壊している音だろう。ブレスは本来なら高温の液体の塊だ。
しかし、あまりの密度とスピードで破壊力も伴っている。
「「きゃあああああああーーーっ!!!」」
「「うわあああぁぁぁぁ!!!」」
コロッセオの観客で、いちはやく状況に気づいた者が出口に向かって逃走を始めた。このまま神都から逃げるつもりだろう。
二番目は反射的に逃げ出した者たち。それに便乗して人の波ができあがる。
「ジード、これなに!?」
クエナが俺に慌ただしく問う。
探知魔法で完璧に把握していた俺とは違い、クエナは耳だけが頼りだった。
「ドラゴンの襲撃だ。それも大量だ。百や二百じゃない。千は越している」
「……千!? そんなのありえない……! どうして……!?」
クエナが信じられないと目を見開きながら会場の外を伺う。
俺も当初は探知魔法が狂ったのかと思った。しかし、実際にコロッセオも暗闇に埋め尽くされていたから疑う余地はないだろう。
「どうしてってか。ここでバイリアスと最初に会った時に、あいつが言っていただろ」
「……?」
ピンと来ていないようだ。
バイリアスの言葉を改めて復唱する。
『バ、バイリアス様! イベント用のドラゴンが脱走してしまいまして……!』
『なっ、なに!? なんでもいい! 適当にそこらへんにいるドラゴンを持ってこい!』
「と、こう言っていた。そのあと別の勇者協会のやつが来て、さらにこう言ったよな」
『せっかく王竜の血統を捕まえてきたというのに……!』
「……と。運良くか、悪くか、近くにいた王竜を捕まえて仲間を引き寄せてしまったんだろ。ここまではすごいけどな」
「なるほどね。ジードの想像が正しいと思うわ。数は、王竜だからでしょうね。竜の中でも王的な存在だから」
「力だけじゃなく地位的なものか?」
「ええ。しかも、あれは王竜の子供。相当怒っているんでしょうね」
「……子供? あれが、か?」
クエナの言葉に衝撃が走る。
フィールドの半分を埋め尽くす巨体だ。それが子供?
魔力だって、がっしりとした肉体だって、どんな魔物の最盛期よりも上にある。それが子供?
禁忌の森底にだって、このレベルで子供なんて言われるやつはいなかった。まだ大人と言われていたら納得できていた。
「……まぁいい。依頼を遂行するぞ」
「遂行って、こんな状況で……ちょっと!」
慌てて逃げ出す観客たちにぶつからないよう、椅子から飛び降りてフィールド下に足を付けた。
後ろからクエナがついてくる。
『グルルルルゥ……!』
黒い王竜が喉を鳴らして威嚇をしている。
その前で、バシナが余裕そうな態度をとっていた。
さらに傍らでは警戒心マックスの状態で勇者候補の連中が各々の武器を構えて戦闘態勢に入っている。
横から割って入る。
「ストップだ。この場は矛を収めてもらう」
「ジ、ジード!」
まず俺のことを知っているウィーグが声をかけた。
そのあとに飄々とした態度でバシナが俺のことを見る。
「矛を収めるって、これじゃあどうにもならんでしょ? ひとまず王竜の息を止めないとさ」
バシナが背負った大剣を抜いて竜に向ける。
「悪いがそれはさせない。俺は依頼を受けた冒険者だ。この『勇者選定の場所』は守らせてもらおう」
「ほう。だが、どうする? 外にも空にも大量の竜だ。守れるのか? 怒り狂っているんだぞ?」
バシナが俺に問い、答えようとしたら、
「おい! なにをやっている貴様ら! さっさとそいつを片して外にいるドラゴンの群れを倒せ!」
バイリアスが汗を流しながらフィールドに入ってきた。
異様な状況に焦っている。
「そ、そうだ! もっとも貢献したやつは勇者にしてやろう! 本当は観客に投票して誰が相応しいか決める予定だったが……今はいい! もう今は一番多くのドラゴンを倒した者が勇者だ!」
この期に及んでも勇者の話をしている。
勇者とやらがどれほどの価値を持っているのか知らないが、こんな状況になってまで拘るものなんてないだろうに。
「お、おい! 冒険者もだ! 捕縛の時はよくも断ってくれたな……! 今回はそんな怠慢は許さない! さっさとやれ!」
「そのつもりだ」
ため息を吐き、俺は王竜の元に向かった。
シャーッと蛇のように威嚇している。ドラゴンというのは高度な知性を持っている。それこそ人よりも賢いやつだっている。
「俺の言葉、分かるか?」
『……グルルルル……!』
「おまえは絶体絶命だ。だが、安心しろ。俺が逃がしてやる。外にいる連中を引き下げてくれ」
『…………今さら怖気づいたか? この私を捕まえたことを後悔したか!』
王竜が頭に直接語り掛けてくる。
よかった。子供だと知性が高い魔物でも言葉が通じない可能性があった。王竜とだけあって賢いようだ。
「ああ。そんな感じだ。だからもう終わりにしてくれないか?」
『ふははははッ! 馬鹿が! これは制裁だ! ずっとずっと閉じ込めてくれたな……! この報いは絶対に返させてもらう!』
……ずっとずっと……閉じ込めて?
おかしいな。
この竜はさっき見つけて、さっき捕縛していたはずだ。それが永遠に感じていたのだろうか。
「――ということだそうだ。ここで引くのはおまえ達の方だ、冒険者諸君?」
王竜と俺の会話の隣から――。
カツンカツンっとハイヒールの高い音を鳴らしながら、長い赤髪を揺らした美女が横から割り込んできた。
ウェイラ帝国、女帝――ルイナ・ウェイラ。